人間のような哺乳類にとって、老化は避けられない。どれだけビタミンを摂取しようが、時の経過とともに皮膚はたるみ、骨はもろくなり、関節はこわばる。ところが、ミズガメやリクガメはもっと優雅に老ける。ガラパゴスゾウガメのような種は、皮膚には皺(しわ)が寄り歯茎に歯が無くても、加齢による退化とは無縁にみえる。中には、100歳を超えても衰える気配をほとんどみせないものもいる。
こうした不老長寿にみえる不思議を何が後押ししているのかを見極めるため、2組の研究者グループがミズガメやリクガメなど変温動物の仲間について研究し、学術誌「Science(サイエンス)」に6月23日、論文を発表した。これまでの老化研究は、主に哺乳類や鳥類のような温血動物を対象にしてきた。だが、長寿の記録を支配しているのは魚類や爬虫類、両生類などの変温動物だ。たとえば、「olm(ホライモリ)」とよばれるサンショウウオは100年近くの間、地下の洞窟をくねくねとはい回っている。ゾウガメはその2倍も長く生きられる。今年初め、ジョナサンという名をつけられたアルダブラゾウガメは190歳を祝った。
新しい研究の一つでは、研究者たちがコモドオオトカゲやガータースネーク(訳注=北米大陸で一般的にみられるヘビの一種)、アマガエルなど計77種類の野生の爬虫類と両生類に関する標本データをまとめた。この研究チームは、何十年間にもわたる観察データを活用して代謝などの特性を分析し、老化や寿命への影響を調べた。
「私たちは老化の進み具合という問題に、以前は行われてこなかった形で取り組むための優れた標本データを得た」とベス・レインキは言う。米ノースイースタン・イリノイ大学の進化生物学者で、この新しい研究の論文筆者の一人である。「老化がどのように進むかという問題の核心に迫るには、広範な分類学的アプローチだけが有効だ」と指摘する。
長生きをするには、ゆるやかな老化曲線を描く必要がある。ほとんどの動物は、性的な成熟期に達した後は老化する組織の修復を犠牲にして、そのエネルギーの多くを生殖に注ぐ。この身体的な劣化、つまり細胞の老化は、年老いた動物が捕食動物の餌食になったり病気にかかったりするように、命にかかわるリスクを高めることがよくあるのだ。しかし、いくつかの変温動物は年齢を重ねてもほとんど細胞老化が進まない。
一つの理論は、温血動物は代謝でエネルギーを消耗するが、変温動物は体温調整を生息環境に委ねているため、老化による消耗に対処しやすいというもの。だが、レインキと彼女の同僚たちが突き止めたことはもっと複雑だった。変温動物の中には、似たような大きさの内温動物と比べてはるかに速く老けるものもいるが、老化がもっと遅いものもいる。トカゲやヘビの老化速度はまちまちだが、ある種のワニやサンショウウオ、不可解なムカシトカゲの老化速度は非常に遅かった。ところが、ほとんど老化しない唯一のグループはミズガメとリクガメだった。
別の新たな研究は、時を超越したカメの老化問題を深く掘り下げた。研究者たちは動物園や水族館に飼われている52種類のミズガメとリクガメの加齢に伴う衰えについて調べた。その結果、アルダブラゾウガメとパンケーキガメなど研究対象種の75%は細胞の老化速度がゆっくりであるか、とるに足らないことが判明した。ギリシャリクガメやホオジロクロガメなどいくつかの種は、マイナスの細胞老化速度を示した。つまり、加齢とともに死亡リスクが低下するということだ。研究対象種の約80%は、老化速度が現代人よりも遅かった。
カメをアンチエイジング(抗老化)の基準にするのは、代謝の緩慢さを考え合わせると理にかなっている。研究者たちはまた、カメの頑丈な甲羅も長寿に結び付けた。草食性のミズガメやリクガメは野菜類をむしゃむしゃ食べて生きながらえており、身体にぴったりした甲羅が風変わりな存在の防具になっている。
このようにゆっくりした老化の速度は、飼育下にあるカメの満たされた生活を考慮すれば驚くべきことではない。だが、超低温保存の夢物語はともかく、老化する人間とは違って、飼育下のカメは動物園という理想的な環境が老化を遅らせることができるという証拠を示した。そこでは、爬虫類は理想的な気温のもとでぶらぶら過ごし、果物や野菜のバランスがいいエサを食べるからである。
「動物園の個体群と野生の個体群とを比較した結果、保護された条件下の個体群が細胞の老化を止められることを突き止めた」とリタ・ダシルバは言う。南デンマーク大学の個体群生物学者で、リクガメ研究の論文筆者の一人だ。「人間にとっての環境はどんどん良くなってはいるものの、依然として老化を止めることはできていない」
人間の老化を研究している南カリフォルニア大学の老年学者ケレイブ・フィンチによれば、長寿のミズガメやリクガメの死亡リスクは過去何十年間にもわたって変わっていないが、永遠の若さを獲得したわけではない。カメも、人間の高齢者同様、究極的には視力も心臓も弱まっていく。
「一部は白内障になるし、人から手でエサを与えてもらわなくてはならないほど衰える」とフィンチは言う。今回の新研究には関わっていないフィンチだが、「カメたちも現実の世界では生き残れないのだから、老化するのは間違いない」と付け加えた。
こうした鈍重な爬虫類は死を免れることはできないけれど、寿命を延ばし、加齢に伴う退化を減らす見識を私たちに提示してくれるかもしれない。
「カメの老化の進化について研究を続ければ、ある時点で、カメと人間との健康や老化に関する明確な関連性が見つかるだろう」。そうダシルバは言っている。(抄訳)
(Jack Tamisiea)©2022 The New York Times
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