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目が不自由。それでもバイクで難所に挑み続ける、怖いもの知らずの65歳

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Kris Nordberg, who has been rendered legally blind by a rare vascular condition, on her e-bike at Forsberg Iron Springs Park in Lakewood, Colo., Feb. 18, 2022.  Nordberg, 65, known as Sister Shred, mountain bikes with her head turned to the side, using her peripheral vision to make out people ahead of her on the trail, and shapes and colors. (James Stukenberg/The New York Times)
電動アシストバイクにまたがるクリス・ノードバーグ=2022年2月18日、米コロラド州デンバー西方のレイクウッド James Stukenberg/©2022 The New York Times

物心がついたときから、自転車が大好きなおてんば娘だった。大人になって、マウンテンバイクやスノーボードに夢中になった。ふざけて、ハロウィンの修道女の仮装服でゲレンデを滑り、アイスホッケーもした。スノボーで雪をかき分ける様子から、いつしか「シスター・シュレッド(Sister Shred)」と呼ばれるようになった。

そのシスター、米コロラド州デンバーに住むクリス・ノードバーグ(65)は、今も果敢にバイクで挑戦を続けている。

あの仮装は、もうしていない。「恐れを知らない走り屋」という感じもない。

大きな石がゴロゴロしているところを、マウンテンバイクでどんどん下る。急な斜面や深い新雪にシュプールを刻みながら、スキーバイクで駆け抜ける――そんな向こう見ずな連中のことだ。

しかし、機会あるごとに、まさに同じことに挑もうとしている。珍しい血管の病で、法的には「盲目」と認定されていてもだ。

バイクに乗るときは、顔を横に向ける。視野の真ん中が欠け、その周りしか見えないからだ。そうすることで、自分の先に誰かいるのか分かる。物の形や色もだ。ほとんどの場合は、それさえ分かれば十分。あとは、アドレナリンに満ちた冒険を、ひたすら追い求めるだけになる。

そんなバイクトレイルは、住まいにほど近いデンバー西方の山のふもとにある。車はもう運転していないので、ペダルをこいでいく。

トレイルではたまに助けてもらうこともあり、とてもありがたく思っている。難所中の難所に出くわしたようなときだ。例えば、とがった岩が階段のように続くところ。大きな石のギザギザに前輪を引っかけてつんのめれば、体がハンドルを越えてすっ飛んでしまう。

そんなときは、居合わせた見知らぬ人に丁重に助けを求める。常に明るいオレンジ色のひもを持っており、最も走りやすそうなルートをそのひもで示してもらう。

難所での指南役によくなってくれるのが、最も親しい友人のバイク仲間スコット・エーレスマン(42)だ。一緒に走るときは、撮影役にもなる。怖いもの知らずのノードバーグが、岩の階段を下り、落差や大きな石の障害を越えていく。そんなシーンを見守りながら、いつもハラハラしている。

転んでけがをすることもある。それでも、やめようとはしない。

狭い橋をマウンテンバイクで渡る。刃先のように突き出した断崖のへりすら恐れない。動作を一つ間違えば、2千フィート(600メートル超)もの奈落が待っている。コロラド州の冬の山奥では、粉雪が深く積もり、雪崩もよく起きるような地形をものともせずにスキーバイクで滑り降りる――そんな場面を、エーレスマンは何度見てきたことか。

Kris Nordberg, who has been rendered legally blind by a rare vascular condition, on her e-bike at Forsberg Iron Springs Park in Lakewood, Colo., Feb. 18, 2022.  Nordberg, 65, known as Sister Shred, mountain bikes with her head turned to the side, using her peripheral vision to make out people ahead of her on the trail, and shapes and colors. (James Stukenberg/The New York Times)
「シスター・シュレッド」と呼ばれるノードバーグ。2022年2月18日、米コロラド州レイクウッド James Stukenberg/©2022 The New York Times

エーレスマンは、1990年代にノードバーグと知り合った。米貨物大手UPSの職場の上司が、彼女だった。相乗り通勤をするようになり、趣味の話になった。

エーレスマンは登山に熱心で、登山競技の米代表メンバーになったこともあるほどだ。でも、マウンテンバイクも素晴らしい、とノードバーグはそんな山男を口説き落とした。

「最初はとにかくこわかった」とエーレスマン。「なにしろ、舗装もされていないすごい坂を駆け下りてみせるんだから」

すぐに週3、4回も2人で楽しむようになった。エーレスマンの上達は早く、立場が逆転するまでになった。

「面白いように、どんどんうまく走れるようになった。ある時点で、逆に教え始めた」とエーレスマンは振り返る。「彼女が走ったこともないような険しい坂を下りられようになってきた」

それでも、ノードバーグの怖いもの知らずは変わらなかった。「負けじと狂ったような乗り方をして、ひどく転んだことも何回かあった」

ノードバーグは、ミネソタ州バファローで育った。自転車とともに大きくなったといってもよい。

最初に自転車を自前で買ったのは、12歳のとき。バイトの新聞配達をするのに、毎日使った。

「シュウィン社製の5段変速タイプの一つ。サドルがバナナのような形をしていた」とノードバーグ。「12歳から17歳まで1年365日、新聞を配った。ミネソタの冬はしょっちゅうカ氏0度(セ氏-17.8度)を下回るけど、子供は風の子だから」

バイトで得たお金で、15歳のときにスノーモービルを購入。17歳になると、シュウィン社製の10段変速を買った。自分の時間ができると、いつも外で過ごした。

「自転車で湖に行き、泳いだり、木の上に家をこさえたり、BB弾を撃ったり。男の子たちとたむろするのが好きなおてんばだった」とノードバーグは語る。

大学は、ミネソタ州立セントクラウド大に進んだ。高校の先生になりたかった。しかし、卒業しても教職の空きがなかった。

友人の一人の誘いでコロラド州西部のロッキー山脈にあるスキーリゾート地スノーマスに移り、数年間、ホテルの客室担当として働いた。そこで、マウンテンバイクとスノボーに出会った。

ある日、まったくの思いつきで、以前にハロウィーンで使った修道女服を着てゲレンデを滑った。

「おふざけでしてみただけ」とノードバーグ。「アイスホッケーでも着たところ、『聖なるゴールキーパー』といわれた。スノボーでは、この衣装はとくに目につきやすい。そのうちに『シスター・シュレッド』と呼ばれるようになった」

そのあだ名が、定着した。

やがて、州都デンバーに引っ越した。そこで、視力の異常に気づいた。

40歳の誕生日だった。「まだ年寄りなんかじゃないよ」というお祝い走行に出たときのこと。目に入る交通標識が、少しぼやけていた。目に出血があり、ものが二重に見えた。

1年半後に皮膚科の専門医に診てもらった。診断は、弾性線維性仮性黄色腫(訳注=皮膚や血管の弾力性を生み出すごく細い糸状の線維に異常が生じる難病。目に症状が出ると、網膜に亀裂が入り、出血や視力低下、視野欠損が起きる)だった。

進行性がある遺伝性疾患。ノードバーグの場合は視野が欠け、足に痛みや脱力感が出るようになった。2012年には、大腿動脈の手術を3カ月の間に3回も受けねばならなかった。

視力も徐々に悪くなり、09年には車の運転をやめた。足の手術が何度も続いたため、数年前には電動アシスト式のマウンテンバイクを買った。

もうかつてのようにひんぱんに難度のすごく高いトレイルには出向かない。でも、今でも「ギザギザ岩のお庭」をバイクで走り、新雪をスキーバイクでかき分けるのは大好きだ。

60歳の誕生会には、あの修道女衣装をまとって出た(特別な機会なので)。会場のバイク専用公園では、初めてテーブルトップ(訳注=頂上が平らなジャンプ台)をバイクで飛び越えてみせた。

エーレスマンかバイク仲間(みな男性で、ほとんどは20歳以上も年下)の誰かが連れていってくれさえすれば、どんなに起伏に富んだバイクの単線コースにも、万年雪と接する山奥のスキーコースにも挑んでみるつもりだ。

後継の育成もしている。自分のバイクを使わせて、エーレスマンの10代の娘たちに乗り方を教えている。その子たちにとっては、物心ついたころからの「シスター・シュレッド」おばさんなのだ。

「みんなを励ますのが大好き」とエーレスマンはつくづく感心する。「できるとは思ってもみなかったようなことに挑戦させるのが、生きがいなんだ」

仮装服が派手にはためくことは、確かに減った。それでも、一つ一つの小さな成功を大事にする姿勢には、変わりはない。

「『やった』というあの勝利感って分かる?」とノードバーグは問いかける。「今も、私はそれに飢えている」

そして、こう続けるのだった。

「できることはやり抜く。でも、できなかったからといって、腹を立ててはいけない。そうして私は、ほとんどの人より多くの冒険を、この人生で重ねることができたのだから」(抄訳)

(Shauna Farnell)©2022 The New York Times

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