アメリカで売れているアクセサリーの白い石、その正体は母乳だった

アルマ・パルティーダ(29)は、娘のアレッサに1年半もおっぱいをあげてきた。米国でいえば、ほとんどの母親が母乳を飲ませている期間よりも長いだろう。
2021年6月、それが終わろうとしていた。娘を授かってからの歩みは、決して楽ではなかった。長い旅路のようにすら思えた。
そもそも、20年2月の出産からして緊急の帝王切開が必要となった。術後は母乳がなかなか出なかった。退院してからも、母乳の出は順調とはいえなかった。
「ここまで来るのは、本当に大変だった」。音声やその認知などの障害に携わる言語聴覚士として働くパルティーダは、米カリフォルニア州中部ワトソンビルの自宅でしみじみと振り返った。
離乳しようというときになって、母乳で育てたことを示す何かを残したくなった。フェイスブックにある子育て中の親の会のページをスクロールしてみた。すると、あまり見たこともない記念の品が目にとまり、引き込まれた。
白い石のペンダント。その主な成分は……母乳だった。すぐに欲しくなった。
読者のあなたが「母乳ジュエリー」という言葉を耳にするのは、初めてかもしれない。確かに記念の品々を扱う市場では、ニッチな存在だろう。でも、有機物から作った小さなアクセサリーや装身具には、多くの先例がある。
英ビクトリア朝(訳注=ビクトリア女王が統治した1837~1901年の時代)では、人間の髪の毛でできたイヤリングやブローチがはやった。もっと最近では、遺灰を含んだ合成ダイヤがある。親がへその緒や乳歯をとっておくのも、よくあることだ。
パルティーダは自分用の品を作ってもらうために、母乳を10ミリリットルほど送った。あて先は「Keepsakes by Grace」社。1カ月ほどして、乳白色のハートの形をしたペンダントが郵送されてきた。
「いわば『最後の一滴』だった」とパルティーダ。「それだけに、この旅路を記念する究極の品になった」
ニューヨーク市の授乳コンサルタント、フレダ・ローゼンフェルドには、母乳で育てた思い出をなんとか形にして残そうという気持ちがよくわかる。
「多くの人にとっては、授乳期は人生の中でも本当に特別で、重要な意味を持っている。思いがこもるだけに、離乳期を迎えると、しばしば悲しくもなる」
アリゾナ州トゥーソンに住むKeepsakes by Grace社のオーナー、サラ・カスティージョ(25)によると、顧客には母乳を出すのが難しかった人が目立つ。「注文の多くは、厳しい授乳期を過ごしたり、離乳期になったけれど、心のけじめがつかなかったりしている人から入ってくる」
とくに後者には「なんとか授乳は続けたいと願う一方で、続けられなくなった人や、意を決して離乳することにした人がかなりいる」という。
カスティージョがこの仕事を始めたのは、21年3月だった。インスタグラムで同じような作品を見たことが、きっかけになった。自分の母乳で何カ月も試し、やっと一つの製法にたどり着いた。母乳を乾燥させて粉末にし、樹脂と混ぜ合わせて石を作るというやり方だ。価格は、だいたい一つ当たり60~150ドルになる。
「そもそもジュエリーには、強い思いが込められているもの」とカスティージョは指摘する。母乳ジュエリーとなると、「文字通り思いのかたまりのような記念の品になる」
やはり母乳ジュエリーを作っている「Mamma's Liquid Love」社の創業者アンマリー・シャローピム(34)も、顧客の購入の動機は同じようなものだと語る。薬学博士で、ニュージャージー州ラザフォードに住んでいる。
母乳から作った石をあしらったイヤリングやネックレス、ブレスレット、指輪を販売。こちらの価格は90ドルから1500ドルと幅広く、21年には4千個近くも売れた。
「今や明白な意味を持つことが、ジュエリーには求められるようになった」というのだ。
母乳石は、真珠と同じように丁寧に扱うことを勧めている。湿気を避け、化学物質との接触も控えた方がよい。
自社のサイトを通じて注文があると、半オンス(約14グラム)の母乳を郵送する最善の方法を返信することからまず始めている。
一部の親にとって母乳ジュエリーは、「喪失」を弔う意味合いも持つ。
ソフトウェアの開発を学ぶテキサス州サンアントニオのレベッカ・ズイック(31)。自分の母乳でできた指輪を17年2月に買い求めたのには、二つの理由があった。
一つは、息子アッシャーの離乳の思い出に。もう一つは、15年7月の死産と向き合うために。
「私にとっては、母乳ジュエリーを見つめることは、おっぱいをあげられなかった子への思いを温め直す意味もあった」とズイック。「生きていれば、この石に含まれている母乳を飲んでくれたはずなのだから」
米国小児科学会と国連の世界保健機関は、いずれも生後半年間、母乳で育てることを推奨している。しかし、仕事を持つ多くの母親にとっては、かなわぬ夢にも等しいことだ。米国は、国政として有給出産休暇が十分に確立されていない数少ない国の一つだからだ(訳注=基本的に産前休暇がなく、産後から職場復帰までの平均的な期間は10週間とされる)。
赤ちゃんに何カ月も母乳を与えられるのは、有給出産休暇を取ることができるか、働く時間を自分で決められるフレックスタイム制の職場の女性にほとんど限られる――オハイオ大学の教授(医学史)ジャクリーン・ウルフは、この国の現状をそう説明する。
19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、(訳注=乳幼児用ミルクなどによって)母乳による育児が減ったことを2001年に本にまとめているウルフは、「そんな職に就いている女性は、そうはいない」とした上で、こう続けるのだった。
「母乳ジュエリーは、私には社会のひずみをどこか象徴しているようにも思えてならない」(抄訳)
(Emma Grillo)©2022 The New York Times
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