米マイクロソフトによる米ゲーム大手アクティビジョン・ブリザードの買収計画から、旧フェイスブックによるメタ・プラットフォームズへの社名変更に至るまで、世界のハイテク業界は「インターネットの次世代」になるとの呼び声が高いメタバースの構築を競っている。
専門家によると、中国のメタバース産業は国内巨大ハイテク企業による投資が少なく、米国や韓国に遅れを取っている。メタの仮想現実(VR)ヘッドセット「オキュラス」のような業界を代表する製品も、中国では禁止。国内でも魅力的なVRヘッドセットの開発が遅いため、VRプラットフォームやメタバースはまだ大きな人気とはなっていない。
しかし、関心は高まり始めている。調査会社の天眼査によると、昨年1年間でアリババ・グループや騰訊控股(テンセント・ホールディングス)などの巨大企業を含む1000社以上が、メタバースに関連する合計約1万件の商標登録を申請した。
インターネット検索最大手の百度(バイドゥ)は、中国初のメタバースプラットフォームとされる「希壌(シーラン)」を公開。もっとも、高度の没入体験が得られないと酷評され、同社はまだ開発途上だと説明した。
スタートアップ企業も投資拡大を計画している。昨年11月末までの3カ月間でメタバース関連ベンチャーへの投資額は100億元(16億ドル)を超え、2020年全体のVR関連投資額、21億元を大幅に上回った。シノ・グローバルの調査で明らかになった。
VRソーシャルゲーム・プラットフォームの立ち上げを計画するスタートアップ創業者、パン・ボーハン氏(北京)は「何年間も連絡が途絶えていた投資家やベンチャーキャピタル幹部から突然メッセージが届き、食事に誘われるようになった。メタバースについて話しをしたがっている人ばかりだ」と話す。
■規制された空間に
専門家によると、メタバースは産声を上げたばかりとあって、中国政府の対処の仕方には豊富な選択肢がある。現在のメタバースブームはちょうど、中国が情報技術(IT)産業などに対して空前の取り締まりに乗り出した時期と一致した。
政府系の中国移動通信協会でメタバース産業委員会を率いるドゥ・チェンピン氏は「旧来の中国のインターネット事業は、まず発展し、その後規制されるという順序だった。メタバースのような産業は、発展と規制が同時進行するだろう」と語る。
しかし世界のメタバース産業は、ユーザーが新しい自己表現手段としての魅力を感じることによって発展しつつあり、中国の独裁的な政治姿勢とは相いれないとの指摘もある。
中国で10年間働いた経験を持つVR企業家、エロワ・ジェラール氏(ロサンゼルス)は「メタバースは既に宗教団体やLGBT運動家など、世界中から人々が集まって仮想世界で考え方を共有する場となっている。VRチャットで行われているのはそういうことだ。過激なほど急進的でリベラルだ」と話す。VRチャットとは、サンフランシスコに拠点を置く人気の高いVRプラットフォームだ。
「人が仮想世界の間を行き来するというのがメタバースの思想。これは1つの党、1つの意見、1つの視点しか認めないという思想と真っ向から相反する」とジェラール氏は言う。
中国ではまた、メタバースの入り口とされるゲームが厳しく規制されている。
ゲームの販売には政府の承認が必要で、戦闘ゲームでも残虐なシーンが含まれないものしか認められない。わいせつと見なされるコンテンツは一切禁止だ。中国当局は最近、未成年によるゲームなども制限した。
テンセントやネットイースなどのゲーム大手は直ちに、メタバース開発における法令を順守すると表明した。
■共産党も活用にらむ
多くの中国共産党幹部にとって必読とされるアプリ「学習強国」は昨年11月に出した記事で、メタバースは学校の思想教育授業の質向上に役立てるべきだと論じた。
1月に開かれた北京市の政治諮問機関の会合では、メタバースのコミュニティを登録制とし、幅広い世論に影響を与えたり、経済・金融にショックを引き起こしたりするのを防ぐ案が出されたと、国営メディアが報じている。
また、多くの西側諸国ではメタバースと暗号資産(仮想通貨)が切り離せないものになっているが、中国政府は暗号資産を禁じている。その代わり、中央政府のデジタル人民元など、既に利用されている主要なデジタル決済手段が使われそうだ。
このように多くの壁が想定されていても、一部の企業家は中国でメタバースが花開くと期待を寄せている。理由は単純で、中国の消費者は新たなオンライン娯楽を貪欲に試す傾向があるからだ。
中国の物語を基にしたメタバースプロジェクトを検討している企業経営者のニック・ミッチェル氏も、そう信じる1人。中国国産のVRグラスやコンテンツは進歩していると指摘し、国内消費者がこうした技術を試し始めれば「西側ではあり得ないようなスピードで大勢の人々に広がるだろう」と語った。
(Eduardo Baptista記者)