リンゼイ・コルフォードは午後10時ごろ、(俳優)マシュー・マコノヒーのゆったりとした心地良い語りを聴きながらベッドに沈む。マコノヒーは、彼女が眠りに就くまでオーディオで宇宙の旅に誘うのだ。ある晩は、寝付くための詩をそっと朗読する(ミュージシャン・俳優)ハリー・スタイルズの声が壁にこだまする。またある晩には、(俳優)レゲ=ジャン・ペイジが英国の王子のストーリーを静かに物語る。
(こんなふうにして眠りに就くのは)ニュージャージー州ティントンフォールズで秘書の仕事をしている39歳のコルフォードだけではない。多くの大人たちが、有名無名にかかわらずストーリーテラー(語り部)とともに眠りに就く。果てしなく熟睡を求める中で、ベッドタイムストーリー(寝入りばなのお話)は、いわば武器庫にある最新兵器なのだ。
ベッドタイムストーリーは、子どもたちだけのものではない。それは、パンデミック(感染症の大流行)を通じて人気が沸騰したマインドフルネス(訳注=「今」という瞬間に意識を向けて大切にする精神状態)や瞑想(めいそう)の多くのアプリの重要な一部を成している。それだけではない。インターネットには成人のためのベッドタイムストーリーがあふれており、「Get Sleep」や「Sleep With Me」といった好みに合わせたベッドタイムストーリーのポッドキャストが数多くある。成人がベッドタイムストーリーにはまるにはそれなりの理由があるが、気まぐれだとか、懐古の情からではない。
「ベッドタイムストーリーは、自己破壊的な考えや心配から気持ちをそらす効果がある。体のアドレナリンが低下し、脳が眠る状態へと移行するのだ」とクリスティン・ウォンは指摘する。米イエール大学医学部の准教授で同大睡眠医学センターの所長だ。ウォンは「音楽やバックグラウンドノイズよりも、ベッドサイドストーリーの方がかたくなな思いを感情的苦痛の要因から遠ざける可能性が高い」と言っている。
「ベッドタイムストーリーは、意識が途切れるのを後押ししてくれる。いつ寝入ったかさえも覚えていない時がある」とコルフォードは言う。彼女はナレーターの声や親しみやすさを判断基準に、アプリ「Calm」からベッドタイムストーリーを選んでいる。
デンバーでコンサルタントをしているポール・バレット(59)は、パンデミックが始まったころ新しいことを試してみようとベッドタイムストーリーを聞き始めた。仕事で出張することが多いので、時差が異なる地域でリラックスするためにアプリ「Breethe」を使った。新しいベッドタイムストーリーがアプリのライブラリーでポップアップするのを見て、興味がわいたのだ。
「古典から始めた。高校生の時、ジェーン・エア(訳注=英作家シャーロット・ブロンテの長編小説)が睡眠薬のようだったことを思い出す」とバレットは冗談を言った。「長い間、出張しなかった後で、目的地関連の物語に耳を傾けた」とも彼は言っていた。
一般的に旅行の話が最も好まれる傾向がある。とりわけ、列車の旅の物語だ。多くのリスナーにとって、詳細な描写、その場所に対する特別な思い、現時点のあり方、そしてたまにはお勉強的な要素が現実を忘れさせてくれる。パンデミックが始まって以来、旅のベッドタイムストーリーは一部の人たちのFOMO(fear of missing out=何か楽しみを失うことへの不安)をなだめてきた。
Calmは、同社によると、「Sleep Stories」と呼ばれるものが200話以上あり、再生回数は4億5千万を超えた。Breetheのカタログには100話以上のストーリーがあるが、需要に対応するために週に1話、新しいストーリーを導入している。アプリを備えたカスタマイズ可能な催眠システム「Hatch」だと、ベッドタイムストーリーはガイド付きの瞑想やサウンドスケープ(訳注=サウンド<音>とスケープ<風景>を組み合わせた造語で、この場合は波や風など眠気を誘う音)のような典型的な催眠コンテンツをしのぎつつある。
しかし、それが誰にでも効果があるというわけではない。
「寝入るためのストーリーに耳を傾けるのは、私にとって気持ちが落ち着くより、とても気が散ることに気づいた」。ニュージャージー州ロングバレー出身のマリアン・アヤラ(39)は言う。今は、ホワイトノイズ(訳注=様々な周波数の音を同じ強さで再生するノイズ)か、ガイド付きの瞑想の方を好んでいる。
カリフォルニア州エルセグンドのケリー・ゴールドマンは、息子と一緒に毎晩の習慣になったベッドタイムストーリーを聴いていると、疲れが増すことに気づいた。ついには、ベッドタイムストーリーは自分にも効果があるのか疑問がわいた。
「パンデミックが始まった当初、仕事をしていた時の私には本当にストレスが多かった。私は放射線腫瘍学センターの医師で、センターには新型コロナに感染すると重体になるリスクが高いがん患者がいる」とゴールドマンは言う。「実際には何も起きないよ」という心地よい言葉が盛られた静かなベッドタイムストーリーは、ある程度の平安をもたらしてくれることがわかった。
「そうしたストーリーでくつろげる」と彼女は言う。「ちょっとばかり子どもに戻ったような気分になる」と付け加えた。
これらのアプリやポッドキャストは多様なベッドタイムストーリーを提供している。良いことだ。なぜなら、専門家によると、睡眠に関しては一つのことですべての人のニーズにかなうわけではないからだ。自律感覚絶頂反応(ASMR)を求める人向けには、ささやきかけるストーリーがある。古典の改作、旅の物語、休日などのテーマをめぐるオリジナルストーリー、パン作りの技といったありふれた話で、「退屈な」と形容されるあらゆる類いの朗読、叙情詩、有名人とわかる声で語られるストーリーなどだ。
簡単に思えるかもしれないが、大人たちのための申し分のないベッドタイムストーリーを創作するには高度な技巧が必要だ。
まず、それは興味をそそるものでなければならないが、刺激が強すぎてもいけない。Calmでメアリー・ベリーが語る「A Very Proper Tea Party」の山場は、ティーパーティー後に英国式庭園で居眠りするネコの話だ。登場人物が複雑すぎてはいけない。リスナーを情景に包み込み、気が散らないようにするディテール(しばしば、それは非常に説明的であること)が必要だ。ストーリーの理想的な長さは15分から30分。さらに、最適な睡眠用BGMも肝心である。
そしてもちろん、声も大切だ。ナレーターは、物語を盛り上げることも台無しにしてしまうこともある。リズム、トーン、勢いは重要である。リスナーはベッドタイムストーリーを繰り返し聴きたがるので、話のつながりが理解でき、途中でわからなくなっても修復できる要素がなければならない。ただし、その数値化は難しい。だから、古典の多くが効果的なのだ。Breetheが「シンデレラ」物語の改作を取り入れたら、昨年10月には最高の再生回数を記録したと同社は言っている。Hatchは、ライブラリーに郷愁を誘う作品を優先して、「The Velveteen Rabbit」や「Peter Pan」のようなストーリーを発注した。
ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の睡眠障害および概日リズム睡眠障害科の准科学者(訳注=准教授相当)でハーバード大学医学部専任講師のレベッカ・ロビンスは、成人のためのベッドタイムストーリーはとても理にかなっていると指摘する。
「子どもたちは、この社会で最もうまく休息をとっている存在だ」とロビンス。「私たち大人は、そうした習慣に何らかの免疫ができている、あるいは成熟していてその必要がないと考えがちだ。でも、本当は、私たちが子どもに使っているテクニックを応用することで、みんなが恩恵を得られる」と言っている。(抄訳)
(Hillary Richard)©2022 The New York Times
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