米アイダホ州ボイシにある図書館の一つから誰かが「レベッカの青春(原題:New Chronicles of Rebecca)」を借りたのは、1911年のことだった。
それから110年。この都市の図書館網は、さまざまな困難をくぐり抜けてきた。
スペイン風邪のような病の世界的な大流行。各国の経済を危機に陥れた大恐慌。二つの世界大戦。ただ、全278ページのこの本はずっと図書館になく、運命をともにはしなかった。作家ケイト・ダグラス・ウィギンの児童文学「レベッカ」シリーズの一冊。想像力豊かな少女レベッカが、主人公になっている。
その本が2021年11月、ボイシ公立図書館の本館で見つかった。どうやって戻ってきたのか――「何の情報もなく、まったくの謎」と公立図書館網の広報担当リンジー・ドリーバーゲンは肩をすくめる。
分かっているのは、10月の終わりか11月の初めに、ボイシ都市圏の町ガーデンシティーの分館に返却されていたことだけだ。本の中に貼ってあるラベルから、現在は閉館されている図書館の貸し出しと分かり、司書が本館に送ってきたのだった。
誰が借りたのか。誰が返したのか。それまでは、どこにあったのか。いずれも、分かっていない。
一つ推測されるのは、20世紀中は屋根裏のようなところにあったのではないかということだ。「とてもよく保存されていたから」とドリーバーゲン。「汚れ一つなかった」
そして、こう続けた。「表紙の状態は、申し分なかった。すべてのページは、手の切れそうな紙質のままだった。挿絵もすべてそろっており、欠けているものは一つもなかった」
図書の返却遅れには、いくつかの事例がある。
2021年には、米ウィスコンシン州の女性が、63年後にニューヨーク・クイーンズ区の公立図書館に本を郵送してきた。その5年前には、ニューヨーク・マンハッタン区の女性(72)が57年遅れで本を返している。
それにしても、今回の110年は群を抜いている。
借り主は永眠しているはずだが、安らかな眠りを乱されることはなさそうだ。ボイシ公立図書館は、返却遅れの罰金を2019年に廃止しているからだ。それまでは、1日遅れるごとに2セントの請求が加算されたので、800ドルほども払わねばならなかった計算になる、と図書館のFacebookは伝えている。
ただし、20世紀の初めでも、その本の販売価格以上の延滞金を求めることはなかった、と司書補のアン・マリー・マーティンは補足する(この本の値段は、1907年の刊行時は1.5ドルだったという)。
本のラベルの一つには、「とくに表示がない限り貸出期間は2週間」とあり、この本の貸出記録の返却期限は「1911年11月」(2021年ではない!)となっている。図書館では、すでに1912年に「所在不明」の処理をしていたとマーティンは語る。
ちなみに、全米の図書館網のいくつかは、この数年で延滞金の取り立てをやめている。利用者の足を遠ざけないようにするためだ。
「レベッカの青春」は、米メーン州の村で暮らす少女の物語の続編だった(初回は1903年に出た「少女レベッカ〈原題:Rebecca of Sunnybrook Farm〉」)。著者のウィギンは、教師であり、作曲家でもあった。
この物語シリーズは、2人の叔母のもとに送られた陽気な子、レベッカ・ロウェナ・ランドールの成長を描いている。1938年には初回と同じ原題名で映画化され(邦題「農園の寵児〈ちょうじ〉」)、あのシャーリー・テンプル(訳注=1928年生まれ)が主役になった。
今回返ってきた本は、とくに希少ということではなさそうだ。ウィギンの夫の遠縁で、レベッカ・シリーズの3作目を書いているエリック・E・ウィギン(82)は、「レベッカの青春」の早い版は数多く出回っており、自分も何冊も持っている、と話す。「なんとか処分しようと思っているぐらいね」
ただし、一つだけ珍しい特徴がある。本の装丁にある著者名が、ウィギン(Wiggin)ではなく、「ウィギンズ(Wiggins)」となっていることだ。
「多分、製本したPioneer Library Binderyのミスだと思う」と司書補のマーティンは見る。「図書館の本は、よくきつめに仕上げて製本されるので、校閲が入る前の早い装丁が納められたのかもしれない」
ともあれ、本は返ってきた。いきさつがいきさつだけに、本館の特別室で展示することにしている、と先のドリーバーゲンは語る。
残念ながら、1911年の借り主の名前は残っていない。1世紀余も前の文書は、もう保存されていないからだ。
それでも、図書館としては、この本がどこにあったかを知る人がいつか出てくるのを待つことにしている。
「これは、私のおばあちゃんが借りた本だったの」ということでもよいので、とドリーバーゲンは期待する。「この本の歴史が少しでも分かれば、とてもうれしい」
その上で、こういい切るのだった。
「もちろん、罰金なんてない。何かさせられるということも、絶対にないから」と。(抄訳)
(Alyssa Lukpat)©2021 The New York Times
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