人類の歴史の記録を探すときに、人が住んでいなかった唯一の大陸を見過ごしてはならない。
そう、南極のことだ。その氷に閉じ込められていた炭素の粒が、ニュージーランドに人間として初めてたどり着いたマオリ族が燃やしてできたものであることを科学が突き止めた。
何千マイル(1マイルは陸で約1.6キロ)も離れたところで起きた大火を裏付ける証拠の発見は、人類が早くから環境に影響を与えていた驚くべき事例と見なされることになりそうだ。
この発見をまとめた研究論文が2021年10月、英科学誌ネイチャーに掲載された。
そのカギは、「氷床コア」(訳注=氷河や氷床から得た円柱試料)だった。科学者は1960年代から南極やグリーンランドなどで氷を深く掘削し、これを取り出してきた。長年降り積もった雪が何層にも重なり、圧縮されて氷になっている。
ただし、単なる氷ではない。そこには、空中に漂っていたさまざまな粒子状の物質が含まれている。すすなどの炭素粒や火山灰だ。
「氷床コアは、空から何が降ってきたかを正直に物語ってくれる」とジョゼフ・マコネルは語る。米ネバダ州リノにある砂漠研究所(訳注=環境研究などに力を入れている)の環境学者だ。
氷床コアにある粒子状物質の研究を通じて、科学は過去のできごとを正確に示せるようになる。大規模な火災や噴火。それに、大がかりな製錬が行われていたことだって分かる。
マコネルの研究チームは、南極で採掘した6本の氷床コアの分析を2008年に始めた。
まず、長い氷の円柱のうち、1回に約3フィート(91センチ強)ずつを溶かした。得られた液体を装置にかけ、中にあった微粒子が浮遊するようにしてから、レーザー光線に当てた。炭素粒があれば、加熱されて光を発した。
「その発光状況を計測している」とマコネルはいう。
研究チームは、この分析方法を使いながら、過去2千年の間にどれぐらいの割合で炭素粒が南極に落ちてきたかをはじいた。
調べた6本の氷床コアのうち4本は南極の大陸部分で、残る2本は南極半島の北端沖にあるジェームズ・ロス島で採取された。その分析結果は、両者の間にはっきりとした違いを示していた。後者では、13世紀の終わりごろから、炭素粒の含有率が前者のほぼ3倍も高くなっていた。
「南極半島北部だと、何が違うのか」。研究チームは、しばし途方に暮れた。
この謎を解くため、大気の流れをモデル化することにした。すると、ジェームズ・ロス島に炭素粒をもたらす発生源は、数カ所に絞られた。「大気の環流状況から、条件を満たすのはニュージーランドか豪タスマニア、南米のパタゴニア南部しかありえなかった」とマコネルは振り返る。
そこからさらに特定するのには、木炭を使った。付近で木質の素材を燃やした証拠であり、その量的推移は氷の中の炭素粒と同様に追跡可能だった。そこで、研究チームは、この3カ所の木炭についての公開記録を調べた。
13世紀の終わりに木炭の量が目立って増えていたのは、ニュージーランドだけだった。南極半島北部の氷床コアの記録と一致していた。
「記録に見られる700年ほど前の大きな量的変化は、初期燃焼活動と呼ばれている」と米モンタナ州立大学の環境学者デイブ・マクウェシーは説明する。ニュージーランドの木炭についての専門家で、今回の論文の共同執筆者でもある。
それにしても、その燃焼の痕跡が、何千マイルも離れた南極で見つかったとは、とマクウェシーは素直に驚く。「こんなに遠くまで運ばれ、氷床コアに実際に取り込まれるなんて、誰も思わなかっただろう」
ニュージーランドで火を使った活動が13世紀の終わりに増えたのは、十中八九マオリ族がやってきたことと関係していると研究チームは見ている。他の多くの先住民と同様に、マオリ族は住みやすい環境を作るために火を用いた。「世界中のどこでも、火は素晴らしい開拓手段だった」とマクウェシーは話す。
マオリ族がニュージーランドに入ってきた当時は、全土の90%が森林だった。その一部を燃やすことで、移動しやすくなったに違いないとマクウェシーはいう。木が生い茂る密林は「歩いて進むのが極めて難しかった」。
火は、土地を開墾するのにも、とても役立った。タロイモやヤムイモ、サツマイモといった作物を植え付けたのだろうとケリー・ティカオ(この論文には関わっていない)は語る。ニュージーランドのカンタベリー大学でマオリ族の伝統文化を研究しており、自らもニュージーランド南島のマオリ族ンガイ・タフなどの血を受け継いでいる。
火を放って開墾することは、副産物ももたらしたと見られている。焼き払った土地には、シダ類などの食べられる植物が育つようになることが多いからだ。
マオリ族は、意図的に火を使った。ただし、その土地を破壊しようとは、決して思っていなかったとティカオは強調する。
「私たち部族の世界観は、地球の諸要素の上に成り立っている。火は、その一つ」とティカオは指摘する。
「諸要素の中でも、土地は自分そのものだと信じている。そうでありながら土地を殺すなんて、できるわけがない」(抄訳)(Katherine Kornei)
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