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孫たちに応援され、68歳で始めて泳ぎを覚えた女性

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Vijaya Srivastava swims in Albany, Calif., June 28, 2021. Srivastava, who lives in the San Francisco Bay Area, took her first swimming lesson at age 68 — she's now a daily swimmer. (Aubrey Trinnaman/The New York Times)
米サンフランシスコ近郊に住むビジャヤ・スリバスタバは毎日のようにプールで泳ぐようになった=2021年6月28日、カリフォルニア州オルバニー、Aubrey Trinnaman/©2021 The New York Times。68歳で泳ぎを覚え、今は毎回20往復を日課としている

米サンフランシスコ一帯のベイエリアに住むビジャヤ・スリバスタバ(72)は、生まれてからずっと「陸の人間」だった。海の眺めが素晴らしいバークリーヒルズの丘を散策し、小さな孫たちの相手をし、図書館のボランティアも買ってでた。

どれも、水につかる必要はなく、自分の性に合っていると思った。水に入るのは、溺れる不安が先に立ち、あまりにも怖かった。

インドで育ち、プールとは無縁だった。米国に移り住んだときも、背泳ぎでプールを行ったり来たりするなんて、想像することすらできなかった。

ところが、ある日、かかりつけの医者に「よい健康法」を勧められた。プールを往復する習慣を身につけることだった。

「でも、泳げない」と打ち明けた。水に顔をつけたことは、一度もなかった。

「レッスンがあるのを知らないの」というので、「私の年でも?」と問い返した。

すると、「いいんじゃない」という言葉が返ってきた。68歳のときのことだった。

普通なら、あれこれ考えあぐねることだろう。ところが、違った。以下は、スリバスタバとの一問一答だ。

Vijaya Srivastava swims in Albany, Calif., June 28, 2021. Srivastava, who lives in the San Francisco Bay Area, took her first swimming lesson at age 68 — she's now a daily swimmer. (Aubrey Trinnaman/The New York Times)
水の中で笑うスリバスタバ=2021年6月28日、カリフォルニア州オルバニー、Aubrey Trinnaman/©2021 The New York Times。泳ぎを習い始めるまでは、水にどっぷりつかることは一度もなかった

――で、最初にどうしたのか。

まず、隣人の女性に聞いてみた。「一緒にレッスンをやってみない?」って。「いい」ということだったので、地元のオルバニー高校の女子生徒に指導を頼むことにした。水難救助の訓練を受けていた。そこが気に入った。

「シニアに水泳を教えたことは」と聞くと、「ない」とのことだった。それでも、こちらは構わなかった。

週3回のレッスンが始まった。

一度、覚えようと決めたら、あとからくよくよしないのが、私の主義。レッスンのない日も、プールに通うことにした。

泳げるようになることを夢見るまでになった。目が覚めると、すぐにウキウキし始めた。眠れないときは、ベッドで泳いだ。「何してるんだい。ここはプールじゃないよ」と夫はぼやいた。

それに、水着を何着も買った。そのうちの1着が、お気に入りになるかもしれないと思ったから。あとで考えると、10着も買うことはなかった。だから、かなりの数を寄付することにした。

――泳ぎについて、自分自身でも勉強してみたのか。

最初のレッスンが終わると、すぐにグーグルで検索を始めた。まず、何でもいいから、YouTubeで泳ぎ方の教材を見て、学習することにした。ところが、頭にすっきり入らず、混乱するばかりだった。

しばらくして、きちんとした泳ぎを覚える成人向けの水泳メソッド「Total Immersion Swimming」のビデオシリーズがあることを娘が教えてくれた。男性講師が実技指導をしており、これが自分には大変役に立った。

孫たちの応援もあった。プールに潜って、自分の平泳ぎをチェックしてくれた。あるいは、プールサイドの温水浴槽につかりながら、親指を立てたり下に向けたりして、うまく泳げているかどうか伝えてくれた。

Vijaya Srivastava swims in Albany, Calif., June 28, 2021. Srivastava, who lives in the San Francisco Bay Area, took her first swimming lesson at age 68 — she's now a daily swimmer. (Aubrey Trinnaman/The New York Times)
泳ぐスリバスタバ=2021年6月28日、カリフォルニア州オルバニー、Aubrey Trinnaman/©2021 The New York Times

――一番大変だったことは。

化石のように、体が動かなくなってしまうことだ。それまでは、怖いものなんてなかった。でも、溺れてしまうかもと思っただけで、もうダメだった。プールの浅い方の端っこ(深さ4フィート〈約122センチ〉)から、長いこと動けなかった。レッスンが始まる前には、お祈りをした。

それと、スタミナ不足。腕や足の筋肉が、できていなかった。30分もすると、クタクタになった。

――すべてがうまく回り始めたのは、いつだったのか。

数カ月たつと、「そろそろ反対側の端っこに行ってみよう」と指導を頼んだ高校生にいわれた。「まだ、そこまでは」と首を振ると、「もう大丈夫」と促された。

「やってみなければ、いつまでたってもできはしない」。最後は、そう腹をくくった。

「ずっと、そばに付いているから」と励まされた。

「でも、あなたはとても小さい方だし」と口ごもると、「絶対に溺れることがないようにする」と約束してくれた。

ということで、泳ぎ始めた。深さ6フィート(約183センチ)の印まできた。自分の背丈は5フィート4インチ(約163センチ)。もう、行くだけ。引き返せないことは、自分にもよく分かっていた。といっても、向きの変え方をまだ知らなかったが……。

ようやくのことで、反対側の端に着いた。

その様子を、同じマンションに住む隣人たちが、温水浴槽から眺めていた。この数カ月間、私が水と格闘するのを見てきた人たちが、今度は一斉に立ち上がり、拍手をしてくれたのだった。

手を振って応えようにも、息が乱れてできなかった。しかも、深い方の端は、水深が8フィート(約244センチ)もある。プールの壁から手を離すなんて、絶対にできなかった。

そして、帰路。ついに、浅い方の端にたどり着いた。ようやく、みんなに手を振ることができた。

Vijaya Srivastava swims in Albany, Calif., June 28, 2021. Srivastava, who lives in the San Francisco Bay Area, took her first swimming lesson at age 68 — she's now a daily swimmer. (Aubrey Trinnaman/The New York Times)
体を浮かせるスリバスタバ=2021年6月28日、カリフォルニア州オルバニー、Aubrey Trinnaman/©2021 The New York Times。最初はプールに入ると、溺れるのが怖くて体が化石のように動かなかった

――始めてから泳げるようになるまで、もっと違うやり方はあったのだろうか。

あまりなかったと思う。まあ、もっと早く始めていれば、ということはあるかもしれないが。

――泳げるようになって、人生はどう変わったのか。

自分の子供たちやおいたちとも話すけれど、私のことをみなとても誇りに思ってくれている。この年で泳ぐ人はあまりいない。私の身内にもね。ここまでやり遂げられて、とてもスッキリした気持ちでいられる。インドにいる家族とも電話で話すが、私の兄弟は信じられないでいるみたい。

――で、次の目標は。

友人の一人とは、ダンスを習うのはどうだろうと話している。一緒に始められるかな。

――暮らしに行き詰まりを感じていて、なんとかしたいと思っている人へのアドバイスは。

隣人が一緒に水泳レッスンを始めてくれたから、よかった。互いに励まし合うこともできたし。その日は疲れていて乗り気でなくても、「じゃあ、20分だけでも行こう」って誘ってくれた。それが、すぐに30分になった。

――今回の体験で、自分が変わったと思うことは。

プールの端から端まで68歳で初めて泳ぎ切ったときのことは、生涯忘れられないだろう。先週は、72歳で20往復もした。タイムは52分。もっとも、何往復かすると、休憩が少し必要になるけどね。目標は、休みを入れずに達成すること。ぜひ、やってみせたい。

――満足感を味わうのに、もっと早く知っておけばと思うことは何かあるか。

親友の一人が、とてもいいことを教えてくれた。「自分の体を知るには、自分自身を知れ」と。どんなことが自分を幸せにし、健康にし、怒らせるのか。ずっと気をつけたし、それがとても助けになった。

ただ、自分の人生で「ここは変えたい」と思うものはあまりない。ゆったりした気分で、幸せだと思うことができたら、心身ともに健康になれる。人生、それほど多くのことは、いらないのではないだろうか。

――自分の体験から学んでもらいたいことは。

諦めるという退路を断つこと。今回も、やめようと思ったことは、一度もなかった。これはやろうと心に決めたら、私はやめないことにしている。(抄訳)

(Chris Colin)©2021 The New York Times

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