インラインスケートでパトロールする警察官、パキスタンにも 男女混成に込めた意味

インラインスケートで走りながら、相手を撃つ。そんな特殊な訓練を積んだ警察の治安部隊が、パキスタン最大の都市カラチに姿を見せるようになった。
シエダ・アイマン(25)は、その女性隊員。公共の機関や施設、団体では、男性が圧倒的に多いだけに、よく目立つ。任務は二つ。まず、テロ活動に目を光らせる。そして、地域をパトロールすることだ。
南部シンド州の州都カラチは人口1500万超を数え、ガタガタの道路が多い。それだけに、2020年12月に部隊が発足したときは、「転ばないよう、とても気をつけた」とアイマンは振り返る。
市民にとっては、なじみのない警察活動だけにどうなるのか。「心の中では、新しい任務への期待と不安が入り交じった。でも、現場に出ると、不安は消し飛んだ」と話す。
それから半年余り。警察当局は、成功物語として自賛する。逆に、見かけ倒しとの批判もある。でも、ほとんどのカラチっ子は、地元の商店街を駆け抜けるその姿にはびっくりさせられる、という評で一致している。
部隊はシンド州警察に所属し、男女10人ずつで編成されている。
実は、ある意味での隠れた任務も抱えている。市民との関係修復だ。
この国の警察といえば、「最も恐れられている行政機関の一つ。苦情が極めて多く、信頼度は極めて低い」。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2016年にこう報告している。イムラン・カーン首相が18年に政権を掌握できたのも、警察改革を掲げたことが一因になっていた。
それでも、不祥事は後を絶たない。21年6月には、東部ラホールの警察官9人が、停職処分を受けた。ハンバーガーを無料で提供しなかった店の従業員たちを拘束したからだった。この事件は、警察の腐敗が依然として横行している証拠として受け止められた。
カラチでも、警察への恐怖と不信の念は著しい。銃撃戦を装って市民を殺害したとして起訴された警察官が、何人かいるからだ。
中でもよく知られているのは、2年前に発覚した事件だ。モデルになろうとしていた1人を含む4人が、警察官に射殺された。当初は、死んだのは武装した過激派とされたが、でっちあげだったことが内部捜査で判明した。首謀者として警察の幹部だったラオ・アンワルが殺人罪で起訴され、裁判が続いている。
そんなこともあり、シンド州警察の副監察総監マクスード・アフメドは、今回のスケート治安部隊が、警察への批判に応える意味合いも込めて結成されたことを認める。カラチの警察官は、市民の協力を得る方法が分かっていないという厳しい指摘に押されてのことだ。
スケートをはいた警察官が、商店街など家族連れが多く利用する場所に現れると、「雰囲気が明るくなる」とアフメドは話す。「市民の味方であり、みんなを守るためにいるということを感じてもらうことから始めたい」というのだ。
ただ、このスケート部隊は、それだけのために存在するわけではない。
あくまでも、公園やクリケット競技場などの公共の場で、テロが起きないように監視するのが基本任務だとアフメドは強調する。すでに、いくつもの逮捕実績があり、犯罪現場に駆けつける件数も増えている。さらには、カーン首相やアリフ・アルビ大統領ら要人の警護にも出動しているという。
そのスケート部隊は、シンド州警察のテロ対策部門に属している。冒頭のアイマンが2年前にシンド州警察に入ったのも、テロ撲滅の職務にあこがれてのことだった。
カラチで育ち、子供のころからパキスタン北西部の山岳地帯にある部族地域(訳注=アフガニスタンとの国境に広がる地域で、地元部族が独自の統治形態を維持してきた。中央の支配が行き届かず、テロなど反政府活動の温床にもなっていた)で政府軍が繰り広げる掃討作戦には、強い関心があった。カラチで武器の見本市があると、会場のボランティアにもなった。
「テロリストには、死んでもらうしかないと信じている」。自分のアパートで朝食をとりながら、アイマンはこう断言した。「生かしておくだけの価値がない。彼らには、死あるのみだ」とあくまでも手厳しかった。
警察のスケート部隊には、外国では先例がある。ここ数年で、英、仏、オランダなどの各都市にお目見えしてきた。ただし、その成果にはバラツキが出ている。そんな実情を調べながら部隊を訓練した、とシンド州警察の特殊公安部門を率いるムダシル・アリは語る。
スケート部隊は、パトカーと組んで動くことが多い。道路などがスケートには最適といえない状況にあっても、段差を飛び越え、階段を駆け上る訓練を隊員は受けている。
よく出動するのは、商店街や食べ物の屋台が並ぶ通りで、秩序の維持が主な目的となる。ただし、武装しており、犯罪があれば、発砲も辞さない。
「車が時速120キロで逃げようとしても、しがみついていることだってできる」とアリは訓練の一端を明かす。
では、だれもが「すごい」と受け止めているかというと、そうでもない。
「人目を引こうとしているだけでは」。中流階級が多いカラチのグルシャン・イ・イクバル地区に住むジャシム・リズビは、首をかしげる。
つい最近、自宅のすぐ外で金品を強奪されたばかり。それだけに、「他にすることがないから、スケートをはいてみたとしか思えない。隊員を見たのは、超重要人物と呼ばれる人たちに同行しているときだけだし」と冷ややかだ。
市民との関係改善にスケート部隊を活用することは、カラチでは有効かもしれない。でも、武装するなら話は別だ――英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンで世界各都市の警察組織を研究するゾハ・ワシームは、こう助言する。
各都市でのスケート部隊の活動状況を見ると、犯罪の取り締まりに成果をあげたという実績はあまり見られないからだ。カラチの道路が穴だらけだという事情も、武器携行の危険要因になるという。
「だから、カラチのこの部隊に、警察の宣伝以上の意味合いを見いだすことは難しい」とワシームは語る。「継続の見通しははっきりせず、そんな予算があるのなら、他に振り向けたほうがよいのではないかとも思う」
これに対して先のシンド州警察・副監察総監のアフメドは、この部隊が持つ別の社会的な意義をあげて反論する。女性の能力を引き出し、社会進出を促すことへの貢献だ。
女性隊員の10人の多くは、シンド州の貧しい地方の出身。能力主義で選ばれており、分厚い女性差別の壁を打ち破る役割も担っている。「職場では、男女は平等とされながらも、文化的な背景もあり、なかなかそうはならない現実がある」
パキスタンでは、一人で歩く女性には視線が集中する。それだけならまだしも、職場の内外でセクハラにあう。加えて、男女の賃金格差は世界でも有数のひどさだ。
政治の世界でも、立ち遅れが目立つ。カーン首相ですら、強姦(ごうかん)事件が増えたのは女性の服装に問題があるからだと21年4月に発言し、ひんしゅくを買った。
こうした状況から、スケート部隊の女性隊員は特別な訓練を受けている。アイマンによると、部隊の発足に先立ち、いかに威厳を示し、女性だからと見くびられないようにするかを教えられた。
「男性を見る目つきと女性を見る目つきには、違いがある」とアイマン。「女性警察官だととくに違うし、スケートをはいていると、さらに違う」
カラチでも、インラインスケートそのものは、中流階級が多い地区ではやっている。しかし、アイマンは20年に部隊編成の説明を受けるまで、インラインスケートについてはまったく知らなかった。
家族や親類も、何をするのか、首をかしげるだけだった。スケートを覚える訓練では、軽いけがも負った。
それでも、2週間ほどで現場に出た。クリケットの競技場などで、群衆の間を縫って走り、よく観察できるまでになった。腰のベルトには、ホルスターに入れた拳銃があった。
「とてもよい訓練をしてもらったから」とアイマン。「走っていて、バランスを崩すこともなければ、武器を落とすようなこともない」
自分の友人たちには、走り方を教えてと頼まれるようになった。両親ときょうだいも、スケート部隊の隊員が身内にいて何をしているのか、ようやく具体像を描けるようになった。
ある日、スケートをはいたまま、家族の前で階段を上ってみせた。みんな、目を丸くして驚いた。
「『もう一度』ってせがまれた。自分の目を、確かめるのにね」(抄訳)
(Saiyna Bashir, Zia ur-Rehman and Mike Ives)©2021 The New York Times
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