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大地震、貧困…大統領暗殺のハイチは混乱の歴史 ニュースを「消費」で終わらせない

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暗殺されたハイチのジョブネル・モイーズ大統領=2017年12月、ロイター
暗殺されたハイチのジョブネル・モイーズ大統領=2017年12月、ロイター

大統領が暗殺される事件が起きたカリブ海の島国ハイチは、人口1100万人。南北アメリカを含む西半球の最貧国と言われる。

長い独裁政権、軍事クーデターと政情は長年不安定だったが、そこに2010年1月、首都を直撃するマグニチュード7.0の大地震が起き、壊滅的な被害を受けた。死者数は22万とも30万とも言われている。このとき国際社会は、これまで続けてきたハイチ支援の大きな反省を迫られることになった。

1月の大地震後、支援物資の配給を待つ女性。食料をめぐる性暴力を防ぐため、受け取り手を女性に限定する取り組みが行われていた=2010年2月、ポルトープランス

当時、ハイチを含むカリブ地域を担当するロサンゼルス特派員をしていた私は、地震発生直後からハイチでの現地取材を繰り返していた。当時書いた記事の中に、こんな一節がある。

「国連のハイチPKO(平和維持活動)トップを務めるエドモンド・ミュレ国連事務総長特別代表は(2010年)3月の記者会見で、『ハイチの政府機能の弱さは、国際社会にも共同責任がある。政府は腐敗しすぎている、という言い訳をして、我々は常にハイチ政府を通さない援助をしてきた』と語った」

1991年に軍事クーデターが起きた後の経済制裁で、国際社会はハイチ政府を通さないNGOを通じた支援を続けてきた。国民の当座の生活は支えられたかもしれないが、長い目で見た開発計画は乏しく、政府も弱いままだった。

フランス植民地時代のプランテーション開発で豊かな森が乱伐され、1990年代には国際社会から関税引き下げを迫られて安い米国米の大量流入を招き、ハイチの農業は大きな打撃を受けた。農村から大都市に人々が殺到し、首都ポルトープランスの山肌に張り付くようにスラムが広がった。

山肌にへばりつくように立つ首都ポルトープランスのスラム=2010年2月

今回起きたジョブネル・モイーズ大統領の暗殺事件をめぐっては、直前まで大統領側と野党側との対立が続いていたとされる。襲撃版がスペイン語と英語を話していたとの情報もあるが、事件の真相は明らかになっていない。ただ、事件の背景にあるハイチの不安定さとそこに対する国際社会の責任を振り返ると、この大統領暗殺事件を遠い国で起きた私たちと無関係なニュース、として消費してしまっていいのか、という気がしてならない。