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新聞配達でつながったベトナムと日本の絆 いま新型コロナで正念場

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東京都内のASA池袋で新聞配達の準備をするベトナム新聞奨学生ら=福澤真吾さん提供

ベトナムなど外国からの奨学生が利用しているのが、朝日新聞販売所(ASA)で新聞配達などの仕事をしながら首都圏の大学や専門学校などで学ぼうとする人に奨学金を提供する「朝日奨学制度」だ。この制度を運営する朝日奨学会で、ベトナム業務を担当する日川弘さん(74)がベトナムからの新聞奨学生受け入れの道筋を作った。

日川さんがベトナムを初めて訪れたのが1994年だった。南部の大都市、ホーチミンにはストリートチルドレンがあふれていた。日川さんは当時、神奈川県で朝日新聞の販売所長をしていた。ベトナムの子どもたちの力になりたくて、当時、中国から大勢の奨学生を受け入れていた朝日奨学制度の利用を思いついた。

初めてベトナム奨学生3人が来日したのが96年。徐々に増えて、新型コロナの感染拡大前には年間約300人が来日するようになった。都内で働く外国奨学生の6割を占める。日本語学校に通いながら、1週間28時間までに制限された労働時間の範囲で新聞を配る。2年間の奨学期間を終えた後、多くが日本の大学や専門学校に進学する。宇都宮大学で准教授になった人やハノイで従業員数百人を抱えるIT企業の経営者になった人もいる。

2018年7月、ベトナム・ホーチミンにある明越日本語学校の入学式に出席した日川弘さん(前列右端)と、福澤真吾さん(後列左から4人目)=福澤さん提供

昨年、北関東で家畜や果物の窃盗事件が続き、その関連で、技能実習生として日本で働くベトナム人の苦境に関心が集まった。日川さんは「来日前、多額の借金を負っている」と語る。ベトナムのブローカーは、日本語学校への入学金や半年分の授業料、数カ月分の家賃などを前払いさせるとして、約150万円を要求する。日本の物価で考えると、1千万円ほどの負担になるという。

朝日奨学制度の場合、入学金や授業料は奨学金でまかなえる。新聞配達の月給は13万円ほどだが、寮費は無料のため、奨学生の多くが給料の半分を貯金や本国への仕送りに充てられるという。日川さんは「朝日奨学会だと偽って、来日を希望するベトナム人をだますブローカーもいる」と語る。

奨学生たちの仕事ぶりは堅実だ。朝日奨学制度を利用するベトナム奨学生は来日前の数カ月間で原付き免許を取得し、日本人の名字を約100種類覚える。配達先の道筋と順番を記した「順路帳」で使われる記号の読み方も学ぶ。

東京都心にあるASA池袋では今、新聞配達要員20人のうち、ベトナム奨学生が8人を占める。福澤真吾所長(58)は「ベトナム人らしく、バイクの扱いはお手のもの。2年間で無断欠勤した人はまず記憶にない」と語る。

5年ほど前、大雪が降った。当時24歳だったベトナム奨学生の女性が明け方になっても戻ってこなかった。心配して探すと、路上にうずくまっていた。シャーベット状になった雪が足もとから入り込み、低体温症になっていた。福澤さんは「南国育ちで寒さに弱いことも忘れ、最後まで配ろうとしていた。慌てて病院に担ぎ込んだ」と話す。

東京都内のASA池袋で新聞配達の準備をするベトナム新聞奨学生、ホアン・ゴック・ヴィンさん=福澤さん提供

日本とベトナムの関係を結ぶ成功例の一つだったベトナム新聞奨学生だが、最近は2つの影に脅かされている。

一つは新型コロナの感染拡大だ。感染拡大の直前だった2020年、滑り込みで来日できたベトナム奨学生は約200人。今年も1月まで、ベトナムを含む11カ国・地域から一定の条件下で、短期の出張者や留学生らを受け入れる仕組みが機能していたため、80人ほどが来日できた。それでも、200人近くが来日できずにいる。

ハノイで奨学生を希望するベトナム人に日本語を教えている、一心日本語教育センターのズン・トアン・アンさんは「先が見えないなか、学生らは日本への入国をずっと待ち続けている。学生も家族もみな不安を感じている」と語る。

ASA池袋も今年、ベトナム奨学生20人の採用を予定していたが、1人も来日しなかった。慌てて、留学ビザを持つ在日ベトナム人を募集した。一度でも日本で生活した経験があると、よりよい条件を求める人が多く、人がなかなか集まらないという。福澤所長は「池袋は都心なので、寮のシャワーは共同になる。郊外の広い部屋で暮らした経験があるベトナムの人を採用したが、寮に足を踏み入れた瞬間、断られたこともあった」と話す。

ASA池袋で働くベトナム奨学生のトラン・スアン・ヒエウさんは「今は、コロナで困っていることはない」と語る一方、「現在、予備校に通っている。来春の大学受験を目指しているため、受験勉強で頭の中がいっぱいだ」と話す。別の奨学生、ホアン・ゴック・ヴィンさんは「マスク必須のような生活にも慣れた」と話す。同時に「今の生活リズムが前に働いていた販売店とかなり異なり、最近までは慣れるだけで精いっぱいだった」とも語った。

そしてもうひとつ、新聞販売部数の長期低落傾向が暗い影を落としている。各新聞社は効率的な販売網の構築に腐心している。奨学生は1週間に28時間しか働けないうえ、奨学金などの負担がある。奨学生よりもパートタイマーなどに魅力を感じるとする声もあるという。

ある販売店の経営者は「コロナの感染拡大で、自分たちがベトナム奨学生にいかに助けられていたか、改めてわかった」と話す。「厳しい労働環境にもかかわらず、欠勤もなく安定して働いてくれるベトナム奨学生は貴重な戦力だ。コストだけに目を奪われると、戸別配達で許されない遅配や欠配を招くのではないか」と語る。

日川さんは「せっかく育てたベトナムと日本の絆だ。皆で知恵を出し合って続けていきたい」と語った。