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障がい者が宇宙に行く道を探る欧州宇宙機関 

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
FILE -- A photo provided by NASA of Samantha Cristoforetti, an Italian astronaut, on the International Space Station in 2015. In a rare opportunity for Europeans dreaming of leaving the mundane duties of life on Earth, the European Space Agency is recruiting new astronauts for the first time in over a decade, with more diversity as the goal. (NASA via The New York Times)  -- FOR EDITORIAL USE ONLY. --
イタリア人の女性宇宙飛行士サマンサ・クリストフォレッティは2015年、国際宇宙ステーションに滞在した=NASA via The New York Times©2021 The New York Times

地球上のありきたりの日常生活から抜け出したい。そう思っているヨーロッパ人にとって、めったにない機会になる。欧州宇宙機関(ESA)が、宇宙飛行士のより一層の多様性を目標にして、十数年ぶりに新規募集しているのだ。

目下、ESAが国際宇宙ステーションへ送り込む準備をしている宇宙飛行士7人のうち、女性はイタリア人で43歳のサマンサ・クリストフォレッティ1人だけである。

ESAは現在、20人余りの新たな募集枠に女性の志願を勧めている。さらに、障がい者も宇宙に行ける取り組みにも着手した。Parastronaut Feasibility Project(パラストロノート=実現可能性計画)と呼ばれるプログラムだ。

「スーパーマンやスーパーウーマンである必要はない」とルーシー・ファン・デル・タスは言う。ESAの人材採用責任者で、インタビューに応えてくれた。「できるだけ多くの人に応募してもらいたい。ただし最終的には、きわめて特定の候補者を求めている」

目標は、4人から6人の宇宙飛行士と、比較的短期の宇宙飛行に参加できる20人ほどの予備飛行士を選ぶこと。障がい者の新人は、まず予備飛行士のグループに加わり、障がい者が宇宙に行くにはどんな点が改善されるべきかをESAと一緒に見つけ出すことに取り組む。

逆説的だが、人間にとって宇宙に暮らすことの困難さが、障がい者に宇宙飛行士への道を開く理由になっている、とクリストフォレッティは話す。「宇宙旅行では、誰もが障がいを抱えることになる」と彼女は指摘する。その解決策が「まさにテクノロジー」だ。

どのタイプの障がい者が宇宙飛行との相性がいいのかを判定するため、欧州の22カ国を代表するESAは国際パラリンピック委員会に助言を求め、区分のシステムを考案した。赤色が「不適合」、緑色は「適合」、黄色は「宇宙飛行に必要ないくつかの技術的改良を加えれば適合」という三つである。

現在、下肢切断の障がいがある人や、足の長さに左右で大きな違いがある人、特別背が低い人にも門戸を開いている。しかし、プログラムの幅をもっと広げることが望まれる。

「いま始めなければ、何も始まらない。私たちは、そう強く思っている」とファン・デル・タスは言う。「私たちは社会の特定領域に扉を開けているから、障がい者も宇宙飛行士になる夢をもてる」

現段階では、障がい者の宇宙飛行士だからといって宇宙に行ける保証はない。首尾よく選ばれた候補者が「たまたま障がいを持つ宇宙飛行士だった」ということにはならない、とESAのロボット工学および宇宙飛行プログラムの責任者で博士のデービッド・パーカーは言う。さらに、採用された宇宙飛行士は緊急時に他人に頼らず動き、宇宙ステーションから離脱できるだけの運動技能が求められる、とファン・デル・タスは付け加えた。

宇宙ステーションでの生活はずっと閉じ込められた状態に置かれるため、見たり聞いたりできる必要もある。「ひとたびみんなが狭い空間に一緒に閉じ込められたら、意思の疎通はスクリーン上でしか取れなくなる」とファン・デル・タスは言う。

宇宙飛行士の選考は18カ月を要し、その手順には心理テストや医学的なスクリーニング(ふるい分け)、心理測定によるスクリーニング、面接試験などが含まれる。

最終的に、選ばれた幸運な少数者は国際宇宙ステーションか、将来的には月や火星に送り込まれることになろう。だが、まず数年間は厳しい訓練を受けなければならない。サバイバルスキル(生き抜くための技能)を学び、宇宙船の運航術やロシア語の習得、無重力を想定した水中での8時間にわたる滞在などだ。ESAによると、志願者はいくつか最小限の要件を備えている必要がある。自然科学、医学、工学、数学、コンピューター科学といった分野の修士号や、テストパイロットのライセンスを取得していること、そして最低3年の関連実務の経験などだ。

志願者は、宇宙飛行のさまざまな問題に対処できる能力を示す必要がある。宇宙ステーションではシャワーの代わりにぬれたタオルで体をふき、非常につらい肉体作業や乾燥加工食品の食事、無重力状態の継続といった日常生活が展開される。そうしたことは睡眠や排尿など日々の活動に変化をもたらす。

宇宙飛行士はまた、生命科学の実験に積極的に参加しなければならない。その主要な任務の一つは、宇宙が人体にどんな影響をおよぼすかを調べることだ。「宇宙は、実際のところ、人間にはとても過酷な環境だ」とESAの研究および観測機器プログラムの調整担当ジェニファー・ゴアンは指摘する。「高レベルの放射線があり、乗組員は狭く閉ざされた宇宙船内で自律的に生活し、無重力状態に置かれる。それは劇的な肉体的順応を強いられる」と言う。筋肉量・骨量・筋力の低下や血液量の減少などは、宇宙での長期滞在に伴う一時的な肉体への影響である。

「万能性が求められる」とファン・デル・タスは言う。「何でも最高である必要はないけど、多くのことにたけていなければならない」

これまで、宇宙飛行士の90%は男性だった。ESAが宇宙に送り込んだ女性はクリストフォレッティと、1996年と2001年の計2回宇宙に行ったクローディ・エニュレの2人だけだ。

前回の募集は2008年で、応募者8千人のうち女性はわずか16%だった。ファン・デル・タスは、もっと多くの女性を採用することには科学的な利点があると言っている。「宇宙は、年齢や性別、民族によって受ける影響が大きく異なる」と彼女は指摘する。「世界の宇宙飛行士集団はとても限られているから、できるだけ多様化する必要があるのだ」

若い女性の科学分野でのキャリアを促進する試みとして、2019年にはクリストフォレッティをモデルにしたバービー人形が登場したことがある。

クリストフォレッティは昨年のインタビューで、自分が女性であることに何らかの問題を感じたのは男性用サイズの宇宙服を着なければならなかった時だけだと話していた。

しかし、昨夏に英語で出版された彼女の著書Diary of an Apprentice Astronaut(見習い宇宙飛行士日記)の中で、「何となくだけど微妙な差別」を体験したことを認めている。

クリストフォレッティは次の任務のための訓練を開始したばかりだが、それは通常約2年かかる。宇宙に旅立つとなると、現在4歳の娘を残して行くことになる。

その場合、彼女は最近の映画Proxima(訳注=邦題「約束の宇宙(そら)」)で描かれている困難のいくつかに向き合うことになるかもしれない。この映画は、幼い娘を持つシングルマザーのフランス人天体物理学者が1年間のミッションに向けた準備に取り組む物語である。

クリストフォレッティは、主演女優のエヴァ・グリーンと映画監督のアリス・ウィンクールに会ったが、その時、映画を「できるだけ現実に近づけたかった」と監督が言っていたという。

「映画で、母親でありスーパーヒロインでもある女性が描かれることはあまりない」とウィンクール。彼女は「いまや、女性が宇宙飛行士で母親でもありうると想定すべき時代なのだ」と語った。(抄訳)

(Monika Pronczuk)©2021 The New York Times

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