■「にっこり笑って耐えなさい」と言われてきた
「フェイスブックに書き込むのは6年ぶり。アジア系住民へのヘイトクライムに何か言わなきゃと思って」
米東部ニュージャージー州に暮らす中国人アナ・ワン(王梦月、32)がフェイスブックにメッセージを書き込んだのは23日のことだ。すぐに連絡を取った。アナとは10年前のニューヨーク留学中、同じ政治学のゼミに在籍して知り合った。南京出身の聡明(そうめい)な女性だった。その後、米国に移り住み、結婚し、現地の民間企業で働きながら4歳の娘と1歳になる息子を育てている。
アナによれば、米国で暮らしたこの10年、人種差別は日常の一コマだった。路上でいきなり中国人を指す蔑称で「やいチンク、地獄へ落ちろ」と声を上げられたこともあれば、レストランで非アジア系の客たちから離れた席に案内されたこともあった。それでも、アナは「身体的な危害はないのだから問題ない。外国人である自分には仕方がないこと」と自分に言い聞かせ、目をつぶってきた。
「多くのアジア人は、幼い頃から自身の成功に集中するよう教わって育つ。物静かで従順に、対立を招くようなことはしないで、何か良くないことが起きたら、にっこり笑って耐えなさい、と。特にアジア系米国人は米国という『他人の家』に間借りしている感覚があって、その傾向が強かった」。そのため昨年、米国で巻き起こった黒人差別に反対する「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」運動のデモにも、アナは参加しなかった。「私は極力トラブルを避けたがる、典型的なアジア系住民だった」とアナは振り返る。
世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスの「パンデミック(世界的大流行)」を認定したのは1年前の3月のこと。最初に報告された大規模感染地はアナの故郷、中国だった。それを埋め合わせるように、アナたち中国系住民は米国社会にできる限りのことをしようとした。地元の病院にマスクやゴーグルを差し入れ、学校や警察署にお金を寄付した。
全米では約140万人のアジア系の医療従事者が日夜、新型コロナの治療に当たっていた。それでもトランプ前大統領が新型コロナの大流行を中国のせいだと主張したり、格差が広がり人々の不満が高まったりすると、米社会で比較的裕福な生活を送るアジア系住民への風当たりは強まっていった。
今年2月の春節、アナは自宅を伝統の正月飾りで飾るのをやめた。移住して初めてのことだった。庭や自家用車からも「持ち主は中国人」と気づかれそうなものを取り除いた。無差別襲撃を恐れて、毎週出かけていた中華系スーパーへ買い物に行くのをやめ、出歩くときはフードをかぶったり、サングラスをかけたりした。
■沈黙は差別を助長する。行動を起こした
だが、3月中旬に南部ジョージア州でアジア系女性が多数殺された事件が起きて、考えを改めた。「私の振るまいは間違いだった。人種差別や外国人差別を避けても差別はなくならない。むしろ我慢したり大目に見たりすることが、差別を助長すると気づいた」
一番気になったのは2人の子どもたちだ。「子どもたちには差別におびえながら成長してほしくないし、アジア系の出自を恥じてほしくもない」。米国で生まれた育った子どもたちにとって、米国はふるさとだ。ふるさとは誰にとっても安全な場所であってほしい。そのためには、差別をやり過ごすのではなく、立ち向かうことが解決につながると気づいた。
アナは行動を起こした。「アジア人であることを誇りに思う」と書かれた差別反対運動のTシャツを買い、#StopAsianHate(アジア人への憎悪を止めよう)と書かれたプラカードを庭に立てた。週末に州内で行われた反差別集会に参加して、道行く車にプラカードを掲げた。集会には4歳の長女も連れて行った。人種差別にどう立ち向かうべきか、「シャイで、もの静かで従順なアジア人」をやめた母親として、娘に示したかったからだという。
アジア系住民らの動きにBLM運動やユダヤ系の反差別団体も呼応し、企業や団体も続々と支援の声明を出した。アナは言う。「これこそ多様性や平等、包含という米国の基本的理念の表れであり、私がこの国にこれからも暮らし続けていきたい理由だ」
米メディアによると、新型コロナが猛威を振るう中、全米各地でアジア系住民に対するヘイトクライムの増加が報告されている。差別監視団体によると多くは言葉による嫌がらせだが、突き飛ばしたり刃物で切りつけたりするなど暴行事案も多く、けががもとで亡くなる人も出ている。今年3月中旬にジョージア州で起きた銃撃事件をきっかけにアジア系住民への差別に抗議する集会が各地で開かれ、SNS上では#StopAsianHateや#IAmNotAVirus(私はウイルスじゃない)というハッシュタグが多く発信され、アジア系のルーツを持つ著名人やナイキやアディダスなどのファッションブランド、化粧品会社、メディア企業なども相次いで差別反対の声明を出している。