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10万人が働く中国・水着の街、新型コロナで需要が消えた

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Swimwear patters at a showroom in Xingcheng, China, on July 10, 2020. When the pandemic shut down pools and resorts around the globe, life slid to a halt in the seaside town of Xingcheng, a major producer of bikinis and trunks. (Giulia Marchi/The New York Times)
中国・興城の水着パターンのショールーム=Giulia Marchi/©2020 The New York Times。興城は世界の水着生産の4分の1を担っている

中国の興城ほど夏の到来を楽しみにしていた場所はなかっただろう。興城は、ところどころに高層ビルが点在するのんびりした海辺の町だ。

灼熱(しゃくねつ)の太陽、冷たい飲み物、浜辺での、長く物憂い日々。

もちろん、一番肝心なのは水着(訳注=中国語で泳装)である。

中国北東部の沿岸にある辺ぴな工場の町、興城は米国やドイツ、オーストラリアなど数十カ国に輸出する水着を生産している。世界の水着の4分の1がここでつくられているのだ。しかし今年、中国は新型コロナウイルスの感染を阻止するために人びとに家に留まるよう強制し、興城のトランクスやビキニ、ワンピース型の水着生産は止まった。

その後、中国は経済活動を再開し始めたが、(新型コロナの)エピデミック(流行)はパンデミック(世界的な大流行)になり、世界の他の国々は操業を停止するようになっていく。興城産の水着需要は干上がってしまった。工場や作業場は、マスクや消毒剤、体温チェックなどを用意して再開したものの、ほとんど仕事がなかった。

代わりに、伸縮性のある商品を製造することを考えた人もいる。ヨガ用のウェア、スキューバダイビング用のウェットスーツ、レスリング用のウェアだ。だが、それには新材料を買い入れ、供給先を見つけ、おそらく新しい機械への投資が必要になる。要するに、最初からやり直すようなものだ。

「誰も働いていない。誰も稼いでいないのだ」とヤオ・ハイフー(42)は言う。興城の水着工場で10年余にわたって働いてきた。「一言で? 厳しい」

ヤオは、素早く慣れた手つきでネオンカラーの布をミシンにかける。モーターがうなる。縫い糸はスプール(糸立て)から解かれてミシンに吸い込まれ、揺れ動く。工場の同僚たちは一列に並んで座り、それぞれ脇に半完成品の水着の山を置いていく。

世界規模での経済の縮小は中国の巨大な輸出部門のすべてに打撃を与えている。経済全体は堅調に立ち直ったが、中国の6月の輸出は前年比でわずか0.5%しか増えていない。中国の工業都市は回復しているが、興城が立ち直るにはもっと長い期間を要するかもしれない。

Yao Haifu at work sewing swimsuits in a small factory in Xingcheng, China, on July 10, 2020. When the pandemic shut down pools and resorts around the globe, life slid to a halt in the seaside town of Xingcheng, a major producer of bikinis and trunks. (Giulia Marchi/The New York Times)
興城の小さな工場で水着を縫うヤオ・ハイフー=Giulia Marchi/©2020 The New York Times

世界各地で、プールや海、水上公園は慎重に再開されつつある。旅行や観光は、ほとんどがまだ再開の見込みが立っていない。たぶん、近年の歴史で人類がこれほど新調の水着を必要としない時はなかったのではないか。

興城は、中国でも特によく知られている町というわけではない。だが、中国国営の新華社通信によると、興城は2018年、20億ドル相当の水着を生産した。水着会社が1200社あり、10万人が雇用されている。住民の5人に1人の勘定だ。

興城の水着産業は、中国の私企業が黎明(れいめい)期にあった1980年代に始まった。

地元ジャーナリスト、ハン・ウェンシンの著書によると、近くの北関村の住民が自宅で水着を縫って興城のビーチで売り始めた。やがて工場が建設され、業者が遠く離れた場所へと販売網を広げていった。北京、ロシア、南アフリカなどである。

ビジネスが成長するにつれ、興城は水着の博覧会を主催したり、ファッションショーを開いてクラブミュージックで盛り上げたりしてきた。昨年、ニューヨークのタイムズスクエアにいた人は、興城の水着産業に関する短編の宣伝映像をチラッと見たかもしれない。

興城の水着は、中国南東部の卸売り拠点、義烏の貿易商などを通じて外国に売られていく。

チー・レイは広々とした興城の工場で約10人の従業員を雇っており、工場の部屋いっぱいのテーブルで、生地を機械で裁断し縫い合わせて水着をつくっている。工場には、あたり一面に、巨大な反物や大きなポリ袋に詰めた布、山形模様にターコイズやスネークスキン、トロピカルな花柄など多彩な色彩やパターンが刷りこまれた布が置かれている。

仕事がチーに舞い込み、たくさんのビキニを裁断していると言っている。だが、興城の工場の多くはそれほどラッキーではないことも彼にはわかっている。一部の労働者はまだ家で無為に過ごしているのだ。

「今年は流行病のため、商売をしている人は、たいがい赤字を出している」と彼は言う。

Swimsuits on display at a showroom in Xingcheng, China, on July 11, 2020. When the pandemic shut down pools and resorts around the globe, life slid to a halt in the seaside town of Xingcheng, a major producer of bikinis and trunks. (Giulia Marchi/The New York Times)
水着を展示している興城のショールーム=Giulia Marchi/©2020 The New York Times

チーは世界の水着生産で興城が一役買っていることに誇りを持っている。しかし、この産業の将来を心配する。若い人たちはもはや水着づくりをしたがらない、と彼は言う。

彼らは、昔の人たちのように歯を食いしばって一生懸命に働く気がないのだ。つまり、中国流に言えば「吃苦(チークー=苦しみに耐える)」の気持ちがない。

「この業界で働いている人のほとんどが、20年前は少女だった」とチー。「今や年をとった」

中国の製造業は、過去40年間、迅速に行動し適応する人びとの能力をもとに築かれてきた。田舎から都市部に流入した人たちは、何であれ機会があれば自分のスキルをつぎ込む用意があった。世界のマーケットの需要はあまりにも急速に変化するので、それが特定の仕事や産業に縛られ過ぎないようにさせてきた。

現在、中国各地の工場地帯は、パンデミックによってその復元力が改めて試されている。

「この先もう1年、仕事がないとしたら、爪に火をともしてでもやりくりしなければならないだろうと思う」とチーは言う。「他に良い考えはない」(抄訳)

(Raymond Zhong)(C)2020 The New York Times

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