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「北朝鮮に日本を核攻撃する能力あり」踏み込んだ防衛白書 読み解く3つのポイント

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北朝鮮が2019年10月に発射した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3」型=労働新聞ホームページから

毎年刊行される防衛白書は、この1年間の安全保障にかかわる周辺諸国の情勢や防衛政策の方向性をまとめたものだ。2020年版の白書は「北朝鮮は、わが国を射程に収めるノドンやスカッドERといった弾道ミサイルについては、実用化に必要な大気圏再突入技術を獲得しており、これらの弾道ミサイルに核兵器を搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる」と説明した。白書は昨年までも、大気圏再突入能力の保持などに言及していたが、日本を攻撃する能力について明確に指摘したのは初めてだ。

北朝鮮はこれまで様々な種類のミサイルを開発し、同時に6回に及ぶ核実験を繰り返してきた。こうした実験の結果、専門家らは、北朝鮮のミサイルが米本土のほぼすべてに到達できる能力を持ったと分析。そのうえで弾道ミサイルによる核攻撃の可能性について、①ミサイルに搭載できる程度に核兵器を小型・軽量化できたのか②一度、大気圏外に出たミサイルが超音速で大気圏に再突入しても正常に搭載した核爆弾を作動させられる技術を得たのかどうか、といった点から分析を続けている。

■ポイント①核ミサイルの技術、どこまで

白書が触れた中距離弾道ミサイル「ノドン」の射程は、日本のほぼ全域に到達できる約1300キロ。17年3月に発射された「スカッドER」は約1千キロ飛行している。北朝鮮北東部から発射した場合、日本の約半分を射程に収める。米ランド研究所上級アナリストのブルース・ベネット氏は、「両ミサイルには大気圏再突入能力がある」との見方を示した。 

では、北朝鮮は核兵器を「ノドン」などに搭載することができるのだろうか。

米軍で北米を担当する米北方軍のウィリアム・ゴートニー司令官は16年3月、米上院軍事委員会の聴聞会で「北朝鮮が核弾頭をICBM(大陸間弾道弾)に搭載できるほど小型化する能力があると仮定して備える」必要性に言及した。それから4年が経過している。

ベネット氏は、「ノドン」などにも核弾頭を搭載できる可能性があるとみる。米国防情報局(DIA)分析官だったブルース・ベクトル氏も、北朝鮮は2000年代初めには、パキスタンなどと核・ミサイル技術を共有することで核ミサイル攻撃能力の保持に成功したと分析する。

これに対し、元防衛省情報本部情報官で、金沢工業大学虎ノ門大学院教授を務める伊藤俊幸氏(元海将)は、「ノドン」の弾頭搭載能力を700キロ程度と分析する一方、北朝鮮の核爆弾の小型化は1トン程度ではないかとの見方を示した。伊藤氏は「ノドンに1トンの核爆弾を搭載した場合、射程は900キロぐらいにとどまるだろう」と話す。

一方、韓国国防研究院で北朝鮮軍事を研究した金振武(キム・ジン・ム)韓国淑明女子大国際関係大学院教授は北朝鮮が最近開発した「火星12」(射程3千~4千キロ)や固体燃料を使った地対地ミサイル「北極星2」(同2千キロ)を使うのではないかとの見方を示した。「ノドン」や「スカッドER」が旧式で信頼性に欠ける、という理由だからだ。

核兵器の小型化について金氏は、北朝鮮は700キロ程度までの小型化に成功したと分析。ただ、射程2千キロの場合、高度が700~800キロになり、大気圏再突入速度がマッハ10~15になるとし、「核爆弾が正確に作動するかどうかはわからない」とした。射程が長いミサイルほど最高高度は高くなり、大気圏再突入の速度があがるため、技術的なハードルは高くなる。

■ポイント②日本を核攻撃するシナリオは

次に、防衛白書の記述通り北朝鮮に核ミサイル能力があるとして、どんな場合に日本を攻撃するのだろうか。

北朝鮮の金正恩(キム・ジョン・ウン)朝鮮労働党委員長が17年8月、弾道ミサイルを担当する戦略軍司令部を視察した。朝鮮中央通信が公開した金正恩氏の写真の背景には「日本作戦地帯」と書かれた日本列島の地図が掲げられていた。

ベネット氏は「北朝鮮が日本を標的にする核搭載弾道ミサイルを10発程度備えているとみるべきだろう」と語る。ベクトル氏も「東京も攻撃できるノドンミサイルに核を搭載した攻撃が、最も可能性の高い核攻撃オプションだろう」と話す。

ベネット氏もベクトル氏も、北朝鮮が日本を攻撃する前提として、北朝鮮と韓国が交戦状態に陥り、米軍が介入する場合を挙げる。ベネット氏は「米軍はすぐ韓国に戦力を送ろうとするだろうが、韓国には十分な空港や港湾がない。数多くの米軍機などは、韓国の受け入れが整うまで日本での待機を求めるだろう」と指摘。北朝鮮は、日本が米軍を受け入れないよう、核ミサイルで脅すだろうと予測する。

金氏は「むしろ、北朝鮮は日本への核攻撃を優先するだろう」と語る。韓国を攻撃すれば、朝鮮戦争の休戦協定が無効になってしまう。そのため、米軍の介入を避けるための圧力として日本を攻撃するという分析だ。

■ポイント③日本が取るべき対応は

では、日本はこの脅威にどのように対応すべきだろうか。

日本政府は6月、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備を断念した。河野太郎防衛相は国会答弁で、攻撃を受ける前に敵のミサイル基地などをたたく「敵基地攻撃能力」の保有について「あらゆる選択肢を議論するのは当然だ」と語り、政府として検討する考えを示している。

日本政府関係者などによれば、防衛省はすでに5月の段階で、北朝鮮の核ミサイル能力について防衛白書で踏み込んだ記述をする方針を決めており、イージス・アショアの断念を受けたものではないという。関係者の一人は「北朝鮮のミサイルの脅威が続いているため、よりわかりやすい表現に変えた」と語る。

これについて伊藤氏は「10年、20年先を見すえて防衛力整備をしなければならないという思惑が背景にあったのだろう」と語る。そのうえで「単純に敵基地攻撃能力を導入するだけでは、途中でまた頓挫する可能性がある。まず、北朝鮮に弾道ミサイルを発射させない抑止をどうするか戦略を練るのが先決だ」とし、米軍インド太平洋司令部などとの協議を早急に始めるべきだとの考えを示した。

ベネット氏は、北朝鮮がイージスシステムでは撃墜できない攻撃を目指しているほか、中国も巡航ミサイルに核弾頭を搭載できると指摘。低高度で迎撃する地対空誘導弾パトリオット(PAC3)で日本全土をカバーするためには、30セット以上が必要になり、莫大な費用がかかるとも指摘した。敵基地攻撃能力について「防衛と攻撃をミックスしたアプローチが必要で、コストも効果的だ」とした。

ベクトル氏も「敵基地攻撃には、米国との事前協議が必ず必要になる。日本は北朝鮮の脅威を抑止するために賢明な手段を検討すべきだろう」と助言した。

朝鮮中央通信によると、北朝鮮外務省報道官は15日、防衛白書を「言いがかり」と非難した。敵基地攻撃能力にも触れて「安倍政権の無分別で危険極まりない軍事的動きは、地域の平和と安定を破壊する導火線になる」と警告した。中国もすでに日本の敵基地攻撃能力を巡る議論を牽制する動きを示している。

ベネット氏は、北朝鮮が日本の敵基地攻撃能力の保有を妨害しようと全力を挙げるだろうとし、「事態が不安定化するかもしれない」とも語った。金氏は「韓国も、日本が専守防衛の原則を放棄するかもしれないと考え、激しく反発するだろう」と語る。日本が韓国の理解を得るためには「時間をかけ、専守防衛を捨てるわけではないと説明すべきだ。敵基地攻撃能力を行使できる根拠のあるシナリオを示す必要がある」と語った。