――WHAで中国は何を目指したのでしょうか。
3つの目標があったと思う。まず、台湾のオブザーバー参加を絶対に阻止する。2番目に、コロナの流行を巡る中国責任論を回避する。3番目には、感染被害の出ている国々への医療支援などを行った中国に対する感謝を引き出すという狙いだ。
――台湾参加問題は継続協議になりました。
中国が反対する限り、台湾の参加は無理だろう。中国は、台湾の参加が「一つの中国」の原則に反する行為だとしており、認めることはありえない。ただ、今回、コロナ問題で評価の高い台湾の排除を強行すれば、中国批判がより高まる可能性があったため、結論を先送りして乗り切った。
ただ、台湾も参加不可能という現実は理解している。それでも、今回のWHAは台湾にとって悪くない結果だった。国際社会での台湾の評価を上げ、「台湾の参加を拒み続ける中国が悪い」という構図を作ることに成功したからだ。台湾内部でも、「参加できないのは民進党政権が悪いからだ」という批判は小さくなった。
――米国を除き、中国を強く批判した国はありませんでしたが、中国への感謝を表明した国もなかったようです。
習近平中国国家主席が演説で20億ドルの拠出を表明し、独立した調査もWHOが「適切な早い時期に行う」として先送りに成功した。今回のWHAを何とか乗り切ったという印象だ。
WHAで、習主席は自画自賛のスピーチをした。中国メディアは中国寄りの保健衛生専門家にインタビューして中国を絶賛するコメントを引き出し、国内の宣伝報道で流し、取り繕っていた。
――新型コロナは、中国の国際戦略に影響を与えるでしょうか。
シルクロード経済圏を目指す「一帯一路」構想は大きく変わらざるを得ないだろう。これまで、構想の地域にある途上国に有償資金援助を行い、中国の労働者や技術を使ってインフラ建設を進めてきた。ただ、以前から中国の有償資金援助は、条件が悪く資金回収がうまくいかない傾向があり、「債務のわな」との批判を浴びていた。
更にコロナで、関係諸国の財政が悪化している。関係国は債務放棄などを求めている。今回のWHAで、アフリカ諸国が独立した調査を求める決議の共同提案国になった背景には、中国との取引材料にしたい思惑もあったとみている。
中国は対応に苦慮している。中国国内でも、「一帯一路」は習近平氏の政治的な権威のために無駄金を使っているという潜在的な不満がある。
――中台関係はどうなっていくのでしょうか。
厳しくなる。コロナ対応で評価された台湾の蔡英文政権は盤石で、「一つの中国」を認めない民進党政権が長期化する可能性も出てきた。
そうなれば、いずれ中国は武力に頼るしかなくなる。中国が台湾に行使できる経済制裁の大半は実施済みで、これ以上締め付ける手段が残されていないからだ。しかし、台湾に武力行使すれば、中国は世界から袋だたきに遭うだろう。中国経済も更に悪化する。
中国はおそらく、厳しい言葉で台湾批判を繰り広げる。台湾の動向を見極め、台湾と正式な外交関係を持つ15カ国に、台湾との断交を迫る。そして、台湾周辺での軍事挑発行動を増やすだろう。実際、米中は最近、この海域に多数の軍艦や軍用機を投入しており、徐々に緊張が高まっている。
――中国の国際機関への影響力は強まりますか。
中国は今、米国の退潮を利用して国際社会に進出しようとしている。今回、米国がWHOへの拠出金支払い停止を示唆し、中国がWHAで20億ドルの拠出を表明したのもその一つだ。
米国の自国ファースト主義は、中国の影響力を増やすだけの結果を招いている。米国はWHOを激しく非難したが、コロナという火事が燃えさかっているのに、「初期対応が悪い」と言って消防士たちをののしっているようなものだ。
ただ、中国が簡単に国際機関で影響力を強めているとばかりも言えない。人権侵害や情報隠蔽が目立つ中国に反発する国は多い。今回のコロナの感染拡大で、ファイブアイズ諸国(米、英、加、豪、NZ)やEU主要国の間で、中国への警戒心が相当浸透した。コロナは、米国に取って代わろうとする中国の勢いにブレーキをかけたとも言える。
――最近、尖閣諸島や南シナ海などで、中国による挑発行動が目立ちます。
確かに、南シナ海でのベトナム漁船の沈没や新たな行政区の設置、中印国境での小競り合い、尖閣諸島の日本領海での中国公船による日本漁船追跡などをみると、中国が主権に関わる問題で半歩強い態度に出る方針を決めた可能性がある。
その背景には、コロナによって中国内で高まった習近平体制への不満をそらす狙いがあるかもしれない。米国との激しい対立に至っては、意図的に挑発しているのではないかとさえ思える。
――日本はWHAであまり目立ちませんでした。
日本らしい、政治的な強いアピールを控えた常識的な対応だった。米国を前面に立て、後ろからついていくやり方に徹した。米国の国際社会での地位が低下しているなか、中国との関係を不安定化させるのはまずいという判断があったのだろう。
――日本は米国とどう付き合えばいいのですか。
米国の国際社会での影響力低下は、日米同盟に明らかにマイナスだ。
でも、日本が米国から離れた瞬間、バランスが崩れて中国や北朝鮮は日本の安全保障を脅かすだろう。国力が低下している日本は、ますます米国に頼らざるを得ない。
――日本では習近平氏の秋の訪日に反対する声も強いようです。
昨秋、日本人の学者が中国で拘束された事件が起きた頃から、日本の対中世論は悪化し始めていた。コロナで更に悪くなった。習近平氏が訪日して、天皇陛下の前でWHAと同じような自己賛美をすれば、日本の内閣支持率にさえ影響するかもしれない。
だが、日本はホスト国であり、「訪日をやめてください」などと言わないのが外交儀礼の常識だ。日中関係の不安定化は、日本の経済にも安全保障にもマイナスだ。コロナの収束と国内世論を見極め、最もダメージの少ない時期に訪日してもらうのがよい。
安倍政権が日中関係の改善を目指したのは、戦略的には正しい。だが、コロナの感染拡大が日中関係にマイナスの影響を与えた。習近平氏訪日にこだわり、中国からの入国制限が遅れたと見られているからだ。
日中関係もそうだが、ポストコロナでは国際社会の風景が全く変わることになる。日本は一刻も早く、新しい国際秩序に備えた戦略を練り直すべきだ。
まつだ・やすひろ 1997年、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。防衛省防衛研究所主任研究官等を経て2011年より現職。専攻は東アジアの国際政治、中台関係論。