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トランプ大統領の猛烈なWHOと中国たたき 元トップ外交官が探る、その真意

World Now 更新日: 公開日:
スイス・ジュネーブのWHO本部=ロイター

――米国が中国やWHOを批判した背景に何があるのでしょうか。

まず、悪化している米中関係がある。貿易摩擦にとどまらず、中国がテクノロジーや安全保障面で米国を脅かしている。共和党のみならず民主党を含め、米国の指導層全体に中国に対する警戒感が強まってきている。

第2に、トランプ米大統領の米国ファースト主義に代表されるポピュリズム(大衆迎合主義)と孤立主義の影響がある。これまで以上に国連などの国際機関に冷淡になり、国際協調に背を向けている。

3番目として、新型コロナ問題が、過去の感染症と異なる構図を見せた現実がある。米国など医療インフラが進んだ先進国は従来、感染症と戦う途上国を支援してきた。ところが、今回は米欧自身が最大の被害者になってしまった。特に、米国の感染者や死者の数は国際社会で最も深刻な状況に陥っている。トランプ政権の対応ぶりに対する米国民の不満をそらすため、中国やWHOを批判しているという事情もある。

西田恒夫氏〔本人提供)

――特に、トランプ大統領のWHOや中国に対する過激な発言が目立ちます。

そもそも、米大統領就任直後、海外首脳らに対して傍若無人の振る舞いをしたように、トランプ氏の言動は、国際社会の伝統的な礼讓や慣習と大きく外れるものだった。

そして新型コロナ問題で、大恐慌と比較されるほど米国内で失業者があふれ、トランプ政権唯一の成果とされた経済も大きく色あせてしまった。11月の大統領選が近づく中、対抗馬と目される民主党のバイデン前副大統領に後れをとっている状況にあり、焦りがさらに過激な発言につながっていると思う。

「中国からの渡航を早期に制限したことで自分は素晴らしい評価を得ている」と口を尖らせて語り、「全てがきちんとコントロールされているから心配ない」と繰り返すトランプ氏=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

――WHAでは、米国とも中国とも距離を置く国が多かったようです。

トランプ氏はWHO改革が実現しなければ、拠出金の支払い停止や加盟についても再考せざるを得ないと主張したが、報道で見る限り、WHAで米国の主張に追随した国はなかったようだ。メルケル独首相の演説も非常に簡単だった。多くの国が「米中二国間の問題に巻き込まれたくない」と考え、「しょせん、米大統領選がある11月までの動きだ」と見切っているのではないか。

――トランプ氏が求めるWHOの改革は成就するのでしょうか。

分担金を引き上げるというやり方が過去、うまくいった例はほとんどない。日本も「世界の記憶」(世界記憶遺産)の扱いをめぐって国連教育科学文化機関(ユネスコ)への分担金の支払いを留保したことがある。旧日本軍の従軍慰安婦関連資料の登録が見送られ、登録制度の変更も決まったとして支払いに応じたが、ユネスコの抜本的な改革につながったのかどうかについては異論もある。

そもそも国際機関は各国の意見の集合体である以上、制度の変更などには時間がかかる。これに対し、国内政治は短期間に成果を求めるため、結局最後まで国際機関に対する要求を貫くことが国内的に難しくなり、逆に説明責任を背負ってしまうというジレンマに陥ち入りかねない。

トランプ氏は拳は振り上げたが、どのように改革するのかビジョンがないため、自縄自縛の状態になるのではないか。

WHOは今回、公平で独立した検証を行うことを認めたが、「適切な早い時期」ともした。これは11月の米大統領選が終わるまで待とうという意味だろう。実際、今秋にも予想される第2波の新型コロナ流行などが終息しない限り、まともな調査に着手できない。

国連大使時代、国連本部で記者団に話す西田恒夫氏(本人提供)

――今回のWHAは、国際政治にどのような影響を与えるでしょうか。

最近の国際政治の大きな潮流は、グローバリゼーションへの反動だった。米国やロシア、トルコ、ブラジルなどがそうだ。こうした国々の指導者には、自国ファースト主義、ポピュリズム、ストロングマンスタイルといった共通点がある。

しかし、WHAをみると、いくら国際機関をたたいても、グローバリゼーションの流れは止められないし、自国単独で疫病と戦えるわけもないことが改めて確認された。米国が唱えた国際機関たたきに同調する国はほとんどなかった。

新型コロナはゲームチェンジャーだと言われるが、WHAを見ていて、新型コロナは、アンチグローバリゼーションの流れを止めるかもしれないと思った。

――日本のWHAでの対応をどう評価しますか。

米国と中国の間に立って難しい中、非常にバランスの取れた対応だった。おそらく、欧州各国が米国に同調しないという情報を事前に入手していたのだろう。

安倍晋三首相はトランプ大統領と個人的に良好な関係を維持してきた。それは重要で評価されるべきである。しかしその良好な個人的関係を駆使して、TPP(環太平洋経済連携協定)やCOP(国連気候変動枠組み条約締約国会議)などに米国を引き戻すことはできなかったし、政権の最重要課題である日本人拉致問題について米国の協力を得て解決に導くことはできていない。

「トランプ氏という相手が悪かった」ということに尽きるのではないか。トランプ外交の特徴はどこまで本気なのか誰にもわからないということで、イランやベネズエラ、北朝鮮などに関心を示し、軍事行動すらちらつかせてみたものの、成果が出ないとすぐに、他の問題に関心が移ってしまう。もう一つの特徴は同盟国軽視である。各国の指導者はトランプ氏と組んで重要政策を進めようとは思わないだろう。

――日本は今後、国際社会でどう生きて行くべきでしょうか。

冷戦後、国際社会で一人勝ちだった米国の指導力や地位が下がりつつあるのは間違いない。中国は貿易や経済に限らず、政治、科学技術など広い分野で米国と拮抗する地位を占めつつある。「共産党政権だから付き合わない」とは言っていられない。中国の力に対する冷静かつ正確な判断が必要だ。

そして何よりも、日本自身が国のあり方をしっかり見つめ直す必要がある。

新型コロナ問題で、多くの日本人が、「日本は先進国、科学技術大国、インフラの整った国と言えるだろうか」と疑い始めている。冷徹な自己評価があって初めて展望が開けてくる。国内政治的に見ると、都道府県が主体になったコロナ問題への対応を身近に体験し、地方自治の本当の意味と重要性を初めて実感した人が多いのではないか。

残念ながら、WHAでの日本の動向は国際社会の注目を集めなかった。存在感が薄れている。日本が、EUやASEANのような地域グループに属さないまれな国の一つである現実も、影響力の低下に拍車をかけている。WHAや新型コロナ問題への対応を教訓にして、日本がきちんとした自己認識と国際社会における存在意義を再確認して国際社会にアピールできなければ、米国からも中国からも軽んじられる時代が待っているだけだ。

にしだ・つねお 1947年生まれ。70年に外務省に入り、総合外交政策局長、外務審議官、カナダ大使、国連大使などを歴任した。広島大学平和センター名誉センター長、国際連合大学理事、神奈川大学学長特別顧問などを務める。