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牽引役がいなくなったWHO 年次総会で見えた「Gゼロの時代」

World Now 更新日: 公開日:
武見敬三参院議員

WHO親善大使・武見敬三参院議員に聞く 新型コロナウイルス問題が世界を席巻するなか、世界保健機関(WHO)の年次総会(WHA)がオンライン会議の形式で18、19の両日開かれた。各国がコロナ問題に高い関心を示すなか、米中の対立も改めて浮き彫りになった。WHAが世界に投げかけたものは何だったのか。さまざまな分野の専門家の視点で読み解くインタビューシリーズ。第1回は、WHO親善大使を務める武見敬三参院議員に聞いた。(聞き手=朝日新聞編集委員・牧野愛博)

――今回のWHAの特徴を語ってください。

WHOがGゼロ(主導する国の不在)時代に入ったことを明確に示した。

過去のWHOはG7(主要7カ国)や欧米諸国の影響力が強かった。

ところが、米国がWHOへの強い批判を始めたことで、米国のリーダーとしての役割が大きく後退した。欧州各国も、米中対立から一定の距離を置こうとしたことで、明確な強いメッセージを出せずに終わった。

中国は20億ドルの拠出表明や新型コロナとの戦いに各国の協力を呼び掛けるなど、新しいリーダーとしての役割を強調した。だが、拠出の内容が不明確だし、武漢での初動対応の不透明性もあって、中国を信じ切れない国が依然多数を占めている。

どの国もWHOを牽引(けんいん)できなくなった現実を、今回のWHAは明確に示している。

――WHOの職員らは今回の米中の対応をどう評価しているのですか。

WHO関係者の間で著しく評価を下げたのは米国だろう。新型コロナとの戦いの最中にWHOを批判し、拠出金の引き揚げや脱退まで言及したからだ。

米国は元々、WHOと距離を置き、批判も加えてきた。ただ、それは、西アフリカでエボラ出血熱が広がった際の危機管理対応が遅かったとか、ジュネーブの本部に人材が集中して非効率な官僚主義に陥っているといった、体制や組織のあり方への不満だった。

ところが、今回は政治的中立性への批判にまで広がった。WHO関係者の本音は「米国は、もっと現実に即した批判をしてほしい。中国を不必要に孤立させても、新型コロナ問題の解決への助けにならない」というものだ。

WHO関係者は、中国を激しく非難するトランプ米大統領の対応について「今秋の米大統領選に向け、新型コロナ問題の初期対応のまずさを隠すため、中国とWHOをスケープゴートにしようとしている」と感じている。

WHOのウェブサイト

――WHOは中国についてはどう考えているのでしょうか。

WHOは武漢で新型コロナの感染が明らかになった際、すぐに調査団を派遣できなかった。職員たちはじくじたる思いを持っていたと思う。

ただ、WHOには関係国に対する強制力がない。中国を納得させて調査に協力させるという方法しかとれない。中国の政治体制の特徴とその自立した影響力を考えれば、批判するだけでは事態は改善しない。不必要に対立せず、相手を説得するしかない。

――テドロスWHO事務局長の対応についてどう評価しますか。

WHO内には総会の前に2つの意見があった。

一つは、不必要な政治対立をあおる場面を作らず、人事と新型コロナ問題への決議程度にして簡単、かつ穏便に済ませようという意見。そしてもう一つが、大勢の世界の指導者に演説してもらい、WHOの下での団結を印象づけて、WHOの立場を強化すべきだという意見。テドロス氏は後者の考えだったと思う。

そして、実際、各国の指導者は「新型コロナ問題で協力しよう」という発言を連発していた。これはWHOのみならずテドロス氏自身の立場も強くする効果があった。テドロス氏は非常に巧みに立ち回り、自分に対する批判から逃げ切ろうとしている印象だ。

スイス・ジュネーブのWHO本部で記者会見するテドロス・アダノム事務局長=5月20日、国連のインターネット放送UNWebTVの映像から

――テドロス氏は、新型コロナ問題に対する独立的な調査を適切な時期に始めるとも表明しました。

テドロス氏は「既存の枠組みのなかで検討する」と用心深く発言している。これは、特別な組織をつくらず、IOACのような既存のWHOの外部監査組織を使うという意味だろう。国際政治の影響をできる限り排除する考えだ。テドロス氏の発言について異論を唱えた国もなかった。

台湾のWHAへのオブザーバー参加問題は先送りになったが、WHOの能力ではこれが精いっぱいの結論だったと言える。

――日本政府の対応をどう評価しますか。

日本が現在置かれている地政学的な立場を忠実に反映した対応だった。「感染症対策では空白地帯を作らない」とう公衆衛生の基本を守りながら、米国の主張に同調する一方、中国への直接的批判は一切しなかった。

加藤勝信厚労相もWHA演説で「台湾のような公衆衛生上の成果を上げた地域を参考にすべきだという指摘もある」と述べたが、「台湾のオブザーバー参加を求める」という直接的な表現は避けていた。

日本の国内には、厳しい対中批判や、逆に台湾への親近感を示す世論がある。中国への批判を避けはしたが、台湾の対応を評価することで、こうした世論にも配慮した。

ただ、米中対立の間でバランスの取れた対応をすれば、強いメッセージを発信することは難しくなる。今回のWHAで、日本の対応が目立たないのもやむを得なかった。

――日本は今後、WHOや感染症対策で大きな役割を担っていけるのでしょうか。

トランプ大統領はWHOに対して拠出金引き揚げなどを示唆しながら、1カ月以内に改善策などを返答するよう求めている。

ただ、トランプ氏もWHO改革への明確なビジョンがあるわけではなく、米国にとって好ましい形でWHOを改革するのは難しいだろう。日本も今回のWHAのような対応を続けていくしかない。

武見敬三参院議員

日本は過去、G7サミットやG20(主要20カ国・地域)のホスト国の立場などを活用して保健システム強化やUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ=すべての人が負担可能な保健医療を受けられる状態)達成を推進してきた。

世界銀行とWHOの連携を促し、G20で初めての財務大臣・保健大臣合同会議を開催するなど大きな成果も挙げてきた。

ただ、WHOでG7の役割が低下すれば、日本の影響力も小さくなる。中国や発展途上国などから協力を取り付けないと、従来のような活躍は難しい。

今回のWHAで、WHO関係者の評価が高かったのが、文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の演説だった。韓国は、新型コロナ対策の成功を背景に、感染症対策など公衆衛生の分野でアジアのリーダーを目指し始めたように思える。

韓国がすぐ、日本と同じような役割を果たすことはできないだろうが、日本のグローバルヘルス戦略もポスト・コロナの時代に合わせた再構築が求められている。

たけみ・けいぞう 1951年生まれ。武見太郎元日本医師会長の三男。東海大教授などを経て参院議員(自民)。保健医療や国際援助などの政策に携わり、外務政務次官、厚労副大臣などを務めた。現在、自民党新型コロナウイルス関連肺炎対策本部顧問も務める。