Emilio Parodi Angelo Amante
[ミラノ 28日 ロイター] - これまでのところ、欧州で新型コロナウイルスの感染拡大が最悪の状況を迎えているのはイタリアだ。そこでは、日常生活は不気味で行き場のない静寂にとらわれている。夜を迎えればいっそう不安は募る。
ダビデ・ベネッリさんは自宅で、「救急車が行き交う音が聞える。新型ウイルスとは無関係の病人のもとに向かっているのかもしれないが、不安になることには変わりない」と話す。彼が暮らすのは、イタリア国内で封鎖状態にある「レッドゾーン」に位置する人口約1万5000人の街、カサルプステルレンゴだ。感染が拡大したのは1週間前である。
ある朝、目を覚ますと、カフェやレストラン、学校は休業状態だった。作付けの時期が迫る農家は気を揉んでいる。親たちは、子どもの退屈を紛らわせようと家の近くでゲームやお手伝いをさせたり、ときには自転車や自動車で遠出している。
イタリア北部の工業中心地がこのような麻痺状態に陥ったことをきっかけに経済の動揺は欧州全体に波及している。だがイタリアは、散発的に見える感染拡大が数日中にも拡大する可能性をどうやって抑え込むのか手探りの状態で、ユーロ圏第3位のイタリア経済はリセッションの瀬戸際に立たされている。
イタリア当局は同国で最も生産性の高い地域を封鎖し、主要な観光向けイベントの1つであるベネチアのカーニバルを中止し、ミラノのデザインの祭典「ミラノサローネ」も延期された。
イタリア金融界の中心地であるミラノを取り巻くロンバルディア州は、スイスとの国境に位置し、欧州でも最も豊かで生産性の高い地域の1つである。隣接するベネト州など、やはり新型ウイルスの感染拡大による打撃を受けている他の主要地域と合わせて、この地域はイタリアの経済生産の約3分の1を担っている。
エコノミストらの予測では、ただでさえ不振に悩んでいるイタリア経済は、この危機によって第1四半期末までにリセッションに陥り、波及的な影響は数カ月にわたって続くという。
ベネト州のルカ・ツァイア知事は、「ベネトには60万社の企業があり、年間GDPは1500億ユーロ(約18兆円)だ。もしこの州がリセッションに陥ったら、イタリア経済も沈む」と語る。
2月23日に始まった封鎖措置はロンバルディア州で10カ所、ベネト州で1カ所の街を対象としており、約5万人の住民が外の世界と隔絶されている。最低限の必需品を積んだトラックは出入り可能だが、警察が設置した障害物により、それ以外の人々は閉じ込められている。
イタリアの事例は、西側諸国の経済が予想外の外的事象に対していかに脆弱かを示している。封鎖された「レッドゾーン」とその周辺地域は、イタリア経済の縮図である。この地域では、企業の倉庫や物流センターから、チーズ・酪農加工センターに至るまで、あらゆる事業活動が見られる。
地元のエンジニアリング産業労働組合によれば、主として「レッドゾーン」で生活する約6000人の製造業労働者が自宅待機もしくは短縮勤務になっているという。
FIM-CISL労組の地元支部で事務局長を務めるアンドレア・ドネガ氏は、「非常に憂慮している。雇用への影響について信頼性の高い推計が得られるには数カ月かかるだろう。だが、当面の兆候は警戒を要する」と話す。
銀行は、住民による現金の引き出しを確保する措置をとっている。この地域の主要銀行のひとつ、バンコBPMは、他銀行の顧客が同行ATMを利用する場合、暫定的に手数料を徴収しないことにした。
ウイルスの感染がほとんど及んでいない地域にも影響が生じつつある。イタリアの観光業連盟であるアッソツーリズモによれば、3月のホテル・旅行代理店の予約キャンセルは、ローマで最大90%、シチリアで最大80%に達するという。学校の旅行や国内での会議が中止され、外国人観光客も慎重になっているためだ。
「近年、イタリアの観光業がこれほどの規模の危機に瀕したことは一度もない。最悪の時期を迎えている。9.11のときでさえ、これほどの打撃はなかった」と語るのは、アッソツーリズモを率いるビットリオ・メッシーナ氏。
■感染拡大の理由
イタリア国民は、自国がなぜ「欧州の武漢」になってしまったのか、理由を知りたがっている。イタリアで最初の症例が発見されたのは1月末である。死に至る場合もある感染症の震源地となった武漢からの中国人観光客2人がイタリア旅行中に発症したのだ。
この夫妻は直ちに隔離され、接触のあった人は全員ウイルス検査を受けた。イタリア政府はさらなる感染を防止するため、他の欧州諸国に先駆けて、中国との直行便を発着ともすべて禁止した。上述の2人の中国人が他の誰かにウイルスを感染させたとは考えられていない。
ジュゼッペ・コンテ首相は1月31日、記者団に対し、「イタリアが実施した感染予防体制は、欧州で最も厳しいものだ」と自信ありげに語った。
だがその自信は裏切られた。
2月21日、ロンバルディア州は、ミラノ南東60キロにあるコドニョ出身の38歳のイタリア人男性が新型ウイルス陽性と診断されたと発表した(「マッティア」という名だけが発表されている)。それから1週間以内に888人の感染が確認され、そのうち21人が死亡した。
複数の新型ウイルス肺炎患者の治療に当たっているミラノのサッコ病院で感染症担当部門を率いるマッシモ・ガッリ氏は、「我が国は、最も思い切った迅速な予防措置を採った国だと考えられていた」と話す。だが同氏は、「国内感染者1号」とされるコドニョ出身の「マッティア」氏が発症するよりだいぶ前から始まっていたのではないか、と言う。
■「患者ゼロ号」
地元当局によれば、この感染症は100人に2人の割合で肺炎など生命に関わる合併症にかかるが、無症状のまま終る人もいるため、自覚のないまま多数の人に感染させる可能性のある「ステルス・キラー」を生んでしまう。
現地当局者によれば、「マッティア」氏が2月18日にコドニョの病院を訪れた時点では、中国への渡航歴がなかったため、その症状については何の警戒もしなかった、という。
だが、その結果は深刻だった。
地元の保健当局によれば、来院した日を救急処置室で他の患者に囲まれて過ごした後、自宅に戻ることを決めた。だが症状は悪化し、翌日、何の感染予防措置も施さないまま病院に戻った。
ウイルス感染を診断されたのは2月20日夜。そのときまでに5人の医療従事者と、少なくとも1人の同室患者、そして妊娠中の妻と友人1人が感染した。彼らもまた、隔離される前にウイルスを拡散させた。
同病院の看護師は27日、ロイターに対し、同氏が来院する何日も前から新型ウイルス肺炎は広まっていたのではないかと思う、と語った。
この看護師は匿名で「最初の症例が確認される少なくとも1週間前から、肺炎の症例が異常に増えていた。こうした患者は治療を受けて帰宅している」と語った。
同氏がウイルス陽性だったというニュースが報じられてから数時間は、混乱を極めていたと彼は言う。
「当初、病院経営陣は我々を30時間院内に留め置いた。それから自宅に戻って自己隔離に入るよう命じられた。そして結局、勤務に戻るよう言ってきた」と言う。「結果的に、コドニョ病院では患者よりも医療従事者の感染の方が増えてしまった」
病院も、地元の保健サービスを監督するロンバルディア州当局も、こうした状況を認めている。ロンバルディア州当局は、イタリア政府が1月末の時点で新型ウイルス感染が疑われる患者に対する検査ガイドラインを変更したという。新たなルールでは、検体を採取しなければならないのは、中国との関連のある患者に限定されていた。だが、同氏はこの条件に該当しなかった。
コンテ首相の不満に促されて、検察当局はコドニョ病院が従った手続についての捜査を開始した。だが、何らかの結論が出るには何週間もかかる可能性がある。
イタリアの富裕な北部に誰が新型ウイルス肺炎を持ち込んだのかは誰にも分からない。科学者らは当初、最近中国からの出張から戻ってきた同氏の同僚が自覚なき「患者ゼロ号」ではないかと考えた。だが、この同僚の検査は陰性であり、他にはこれといった候補が残っていない。
マリノ・ファッチーニ博士率いるミラノの専門家チームが、感染拡大の出発点を突き止める任務を与えられている。だが、数日間にわたって想定しうる感染経路を追跡したものの、成果は得られなかった。
「現時点では感染拡大の抑制に努めており、患者ゼロ号を探すことにはあまり力を入れていない。患者ゼロ号が感染したのはかなり前であり、突き止めるのは困難だ」とファッチーニ氏はロイターに語った。(翻訳:エァクレーレン)