ガサガサの長い首。やや黄ばんだ顔。それにビーズのようにキラキラした目。ディエゴには、どこか風格が漂う。
100歳を超えるオスのリクガメだが、メスとの関係に困ったことはほとんどない。
ガラパゴス諸島(エクアドル領)のエスパニョラ島に固有の巨大なエスパニョラ・ゾウガメ種に属する長老だ。この種は、一時は絶滅が危惧されたため、(訳注=諸島内で2番目に大きい)サンタ・クルス島にあるファウスト・ジェレナ・リクガメセンターで1970年に飼育繁殖の事業が始まった。
ディエゴは、その母体集団となった15頭のうちの一頭として、種の保存に尽くしてきた。精力絶倫で、絶滅の危機を救うのに大きく貢献したと評価されるようになった。
そして、ついにディエゴの引退のときがやってきた。
ガラパゴス国立公園は2020年1月、エスパニョラ・ゾウガメの繁殖事業の終了を発表した。(訳注=自然な繁殖で)この種を維持するための目標が達成されたことが確認されたからだ。
ガラパゴス諸島のリクガメ繁殖事業は、1965年に始まった。最初はピンソン島のカメが対象となり、70年にはエスパニョラ・ゾウガメが加わった。
米非営利団体「ガラパゴス保護委員会」によると、エスパニョラ島には当時、メス12頭、オス2頭の計14頭が生息していた。そこに、3頭目のオスとして76年に加わったのが、米サンディエゴの動物園で30年も飼われていたディエゴだった。
繁殖事業は、ガラパゴス保護委員会とガラパゴス国立公園当局が共同で携わる「ゾウガメ復活戦略」の取り組みの一つ。おかげでエスパニョラ・ゾウガメは、今では2千頭にまで増えた(公園当局)。このうち約40%がディエゴの子孫にあたる、と現地に詳しい米ニューヨーク州立大学教授(環境・森林生物学)のジェームズ・P・ギブズは、検査結果をもとに推計する。
「ディエゴのようには目立たぬもう一頭のオス『E5』が、約60%の子孫を残した」とギブズ。「3頭目のオス『E3』は、ほとんどダメだった。だから、ディエゴの存在は大きかった」
繁殖力がもっと強いオスがいたとなると、ディエゴがあれほど多くのメスにもてて、国際的にも注目を集めたのはなぜか。
「そこは、ディエゴ特有の性格によるところが大きい」とギブズは説明する。「交尾には、極めて積極的かつ攻撃的で、うるさいほどの音も出す。だから、一番目立ったということだろう」
「でも、もっと大きな結果を残したのは、もう一頭のより静かなオスだった。もしかしたら、こちらは夜型だったのかもしれない」
ただし、すべてはメスが誰を選ぶかにかかっているとギブズは指摘する。
「意外かもしれないが、リクガメは(訳注=オスが一方的にメスを支配するのではなく)いわゆる『関係性』を持っている。具体的にどんな上下関係があり、関わり合いの規則があるかはよく分かっていないが、それが存在するのは確かだ」
ガラパゴス国立公園当局の局長ホルヘ・キャリオンは、「ディエゴにはなかなかの個性があり、その存在を際立たせていたことは間違いない」とより端的に語る。
ギブズによると、このゾウガメが絶滅の危機に陥ったのは、島への上陸が簡単で、捕鯨などの漁業者や海賊が食材として主に19世紀に乱獲したからだ。
加えて、野生化したヤギも脅威だった。島中に繁殖し、エサを奪い合うようになっただけでなく、生息地の多くを破壊してしまった。
そんな中で、ディエゴはエスパニョラ島から1930年代に島外に運び出されたのではないかとキャリオンは見ている。
こうした状況に対して、自然保護の活動家たちは、エスパニョラ島の自然環境の回復に取り組んだ。中でもゾウガメのエサとなるサボテンの育成を促したことが、絶滅の危機を回避する大きな手助けになったとキャリオンは語る。
このゾウガメの甲羅には独特な構造があり、エサにありつくために、体をかなり伸ばせるようになっている。ディエゴが思い切り背伸びをすると、体長は約5フィート(1・5メートル強)になる。ちなみに、体重は176ポンド(約80キロ)ある。
サンタ・クルス島のリクガメセンターは、1965年にチャールズ・ダーウィン研究所(訳注=ダーウィンはガラパゴス諸島で進化論を着想したとされる)によって設立された。現在は、諸島内の3カ所にリクガメセンターがあり、すべて国立公園当局が運営している。
エスパニョラ・ゾウガメの今後はどうなるのか。専門家がこのほど、エスパニョラ島に関するデータを重ね合わせてみた。センター開設の少し前の60年に始まる入手可能な資料に、2019年のゾウガメ分布調査も交えて、いくつもの数値モデルをはじいて100年後を予測した。
「結果は、この島にはゾウガメの生息数を維持できるだけの十分な条件があるというものだった。子ガメをこれまでのように島外から持ってこなくても、通常の条件があれば、その数は増えていく見通しだ」と先のゾウガメ復活戦略の責任者ワシントン・タピアは、繁殖事業終了の発表文で述べている。
ディエゴは、20年3月にエスパニョラ島に戻される。離れてから、ほぼ80年ぶりのことになる。
島は、極めて乾燥している。不毛の地といった方がいいかもしれない、とキャリオンは話す。
でも、ディエゴにとっては、そこが古里なのだ。(抄訳)
(Aimee Ortiz)©2020 The New York Times
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