「こちらのお席を担当させていただきます」「『さくちゃん』って呼んでください」
オープン初日の1月16日に開かれた内覧会。記者がテーブルにつくと、広島で暮らす「さくちゃん」こと大下桜さんがテーブルの上のロボットを通じて自己紹介してくれた。
「コーヒーとアイスティーでお間違えなかったでしょうか?」。大下さんが注文を通してしばらくすると、今度は大阪で暮らす坂本絵美さんが動かすロボットが、商品を運んできてくれた。
大下さんが動かす「OriHime」は高さ23センチ。カメラ、マイク、スピーカーが搭載され、インターネットを通して操作できる。坂本さんが操作する全長120センチの「OriHime-D」は、前後に動いたり旋回したりすることができ、物を運べる。
ロボットを動かすのは、「パイロット」と呼ばれる32人。手足の筋肉や呼吸に必要な筋肉がやせて力がなくなっていく「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」といった難病を抱える人、重い障害があって普段から寝たきりや車いすで生活する人、オーストラリアで3人の子育てをしており「社会につながりたい」と参加した人もいる。
分身ロボットカフェの開催は、今回で3回目。過去2回は会場を貸し切ったイベントで、もともと関心のある人たちが訪れていたが、今回は一般のお客さんにも接客する。
■ 「病気のこと、忘れられる時間に」
注文を取ってくれた大下さんは、2015年に重い疲労感が長期間続く慢性疲労症候群を発症。その3年後には全身に強い痛みをともなう線維筋痛症も発症した。以前は保育士として7年間働き、宮大工やバーテンダーの経験もある。発症後は仕事ができなくなった。ツイッターでロボットのパイロットを募集していることを知り、応募したという。
この日は、広島にある自宅のこたつから、タブレットを使い、マウスを動かしてロボットを操作。会話に合わせて手足を動かしたり、話している人の方に顔を向けたりしてくれた。
外出先で人と接する際、車いすに座る大下さんは、相手から「見下ろされた位置」にいると感じることがあるという。しかし、テーブル上のOriHimeと、客の目線はそこまで大きく変わらない。大下さんは「フラットな感じがして、病気のことを忘れられる時間になっている」と話す。
「OriHime-D」でコーヒーを運んできてくれた坂本さんは、「拘束型心筋症」を患い、入院先の病院から操作した。過去2回の実証実験でも、パイロットとして働いた。「どんなことが楽しいか」と尋ねると、自分で働いてお給料を得て、実家に飛驒牛を、夫の両親にカニを贈ることができたエピソードを話してくれた。
「生きがいですね。これまで社会とつながる機会がなかった。ここでは色んな人とつながれる」と話した。
■「つながって、世界を広げて」
「孤独の解消」は、吉藤さん自身の体験をもとにしている。幼い頃から病気がちで小学5年で入院をしたことをきっかけに、3年半、不登校を経験した。天井ばかりを見つめ、時計の針の音を聞き続ける毎日を過ごす中、「日本語を忘れてしまうほど」の強い孤独感に苦しんだという。2010年に「対孤独用分身ロボット」の構想と「OriHime」のプロトタイプを発表。以来、開発を進めている。
吉藤さんは取り組みの狙いについて、「病気や障害で体を動かせない、外出が困難な人はたくさんいます。ロボットを通してそうした人たちと出会うことで、こういう病気がある、こういう事情で外出できなくなる、ということを知ってもらいたい。そして、ツイッターやフェイスブックでつながって仲間になってもらって、お互いの世界を広げていきたい」と話した。
同研究所では今後、分身ロボットカフェの常設化を目指している。
カフェの詳細はサイトへ。事前予約席は満席となり、当日午前10時からカフェ受付で整理券を配布しているという。