3年間にわたって米国人の余命が短くなっている。働き盛りの人たちの死亡率が高くなっていることが大きな要因だ。その中で、地方に住む白人層の苦境に注目が集まっている。薬物中毒やアルコール依存症、それに自殺といった、いわゆる「絶望死」する人たちだ。
しかし、半世紀以上にわたる全米の死亡データを新たに分析したところ、中年の死亡率の増加は地方の白人層だけではなく、すべてのエスニック(民族的)集団で、また地方に限らず都市部でも増加していた。2019年11月26日のJAMA(訳注=米国医師会が発行している医学誌ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション)で、そんな結果が明らかにされた。自殺、薬物中毒、アルコール依存症が主な原因となっていた。心臓病や慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)を含む病も起因していた、と筆者たちは伝えている。
「他の富裕国に比べ、米国は健康上の損失という危機に直面している」。研究報告の主筆者であるバージニア・コモンウェルス大学のスティーブン・ウォルフ(Steven Woolf)はそう述べ、「我々は人生で最も生産的な時期にいる人びとを失っている。子どもたちは両親を失い、雇用者はより不健康な従業員を抱えている」と述べた。
一部の米国人の寿命が短くなっていることは、すでに明らかにされていた。しかし、詳細レベルの研究は、寿命の下降分布の詳しい分析と同様、今回が初めてだ。健康問題の専門家たちは、今回の分析による全体状況は「衝撃的」と話している。
米国は1人当たりの保健医療費では世界一なのに、中年の死が増加している。このことは、他の富裕国に比べて健康問題への取り組みが遅れているという問題点を浮き彫りにした、と研究報告の論説は力説した。
「20世紀を通じて、死亡率は毎年改善されてきた」とペンシルベニア大学の人口学者サミュエル・プレストンは言った。「21世紀は大きな例外になっている。2010年以降、生産年齢期にいる人々の死亡率が一向に改善されていない」
死亡率が改善していれば発生することのない死者の数を「超過死亡数」という。この超過死亡数は、米国全体では少なく3万3千件だが、より若い世代の死は80代や90代の死よりも余命予測ではるかに大きな影響を及ぼす。
実際、米国では子どもや高齢者の死亡率は改善している、とウォルフは報告の中で記している。その理由はおそらく、子どもや高齢者には労働世代よりもずっと頼りになる医療制度があるからだろう。多くの子どもたちには「メディケイド」(訳注=基本的には低所得者向け医療費補助制度だが、子どもも対象になる)があり、高齢者には「メディケア」がある。
今回の研究によると、25歳から64歳までの米国人で、死因を問わず亡くなった割合は、10年から17年にかけて10万人当たり328・5から348・2に増えた。統計的にみても、白人だけ死亡率が増えたわけでなく、すべての人種やエスニック集団で増えていた。主な死因は薬物の過剰摂取、アルコール依存症、自殺だったことは、14年までにはっきりしていた。
「広範囲で中年の死者が増え、死因も多岐にわたっていたという事実は、この国で何か広範な問題が進行していることを物語っている」。ダートマス大学教授のEllen R. Meara(健康政策)はそう言い、「もはや中年の白人に限ったことではない」と断言した。
若年層と中年の死亡率における相対的増加が最も大きいのはニューハンプシャー、メーン、バーモント、ウェストバージニア、オハイオ、インディアナ、それにケンタッキーの各州だった。
ウォルフは研究で明らかになった一例として、超過死亡数が地理的に偏っており、四つの州で全体の3分の1を占めていたと指摘した。これらの州はオハイオ、ペンシルベニア、ケンタッキー、インディアナだった。
「見逃すことができないのは、これらの州で何が起きているかということだ」とウォルフ。「この傾向が出始めた時期は、製造業の職が失われ、製鉄所や自動車工場が閉鎖して経済的な転換が始まった時期と時を同じくしていたことだ」と説明した。
カリフォルニア大学バークリー校の名誉教授ケネス・ワクター(専門は人口学)にとって、今回の研究結果は驚くべきことではなかった。なぜなら、これまでも似たような研究報告がいくつも出ていたからだ。しかし、それでも彼は「こうした傾向を集大成した貴重な論文だ」と評価した。
だが、今回の研究では「なぜ25歳から64歳の年齢層だけに死亡率の増加が見られるのか?」という問いを含め、不明な点が残された。
ウォルフも「我々は根源的な原因を見定める必要がある」と認めたうえで、「1980年代に何かが変わった。ちょうど我々の人生余命の伸びが、他の富裕国に比べてスローダウンし始めた時期だ」と言った。
薬物の過剰摂取による死亡の増加は、オピオイド(訳注=麻薬系鎮痛剤)中毒比率の上昇を反映していた。しかし、東部と中西部の薬物供給の変化によっても死者数は増えていた。過去10年間、「フェンタニル」として知られる合成ドラッグ(訳注=オピオイドの一種で、モルヒネの50~100倍強力とされる)がヘロインに混ぜられて使われたり、ある地域ではヘロイン代わりに使われたりするようになったのだ。こうしたことで、利用者がどんな薬を飲んでいるのかを知るのは難しくなり、薬物供給はさらに致命的になった。
米国で人生余命が行き詰まったのは、今回が初めてではない。プレストンによると、男性の余命は、たばこを吸うようになった後の60年代に伸びなくなった。男性の余命は再度持ち直し、かなりの伸びだった。
カナダ・モントリオールにあるマギル大学の伝染病学者のサム・ハーパーは注意を喚起した。
「『米国全体で何かとんでもなく悪いことが起きている』という大げさな話が正しいかは分からない」。ハーパーはそう言い、「ヒスパニックとかアジア系といった特定の集団はうまくいっている。一つの国全体が一つの理由ですべて説明できるような社会現象にのみ込まれているわけではない。多くの不確定要因がある」と指摘した。
今回の研究に資金提供した米国立老化研究所の行動・社会研究部長ジョン・ハーガも、研究結果に出た明るい部分を指摘した。すなわち海岸部の都市地域――東海岸部、西海岸部とも――は、カナダとほぼ同じ割合で余命が改善している。
「これは重要なことだ。なぜならこれは、我々の国民的特質や遺伝などにかかわる深い問題ではないことを示しているからだ」とハーガは言い、「我々は、米国でもうまくやっていけることを知っている。このこと(海岸部の都市地域で余命が改善していること)は、それが全米地域で可能であることを証明している」と語った。
懸念されるパターンは地域によって格差が広がることだ、とハーガは指摘した。
「我々はかつて、もっとずっと似たり寄ったりだった。私が大学生だった70年代初めもそうだった。でも、今は分断が進んでいる。何が悪くなっているのか、それに対してどうしたらいいのか、我々は、本当のところ説明できなかった」とハーガは言うのだった。
彼は、この問題に取り組むため、老化研究所が米国科学アカデミーの委員会に資金を提供していると明かした。(抄訳)
(Gina Kolata and Sabrina Tavernise)©2019 The New York Times
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