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世界一ムスリムが多いインドネシアで開かれた「豚まつり」 その狙いは 

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Marida Siboya sells cuts of pork at a stall in Balige, in the indigenous Batak area of Indonesia's province of North Sumatra, October 26, 2019. Many Batak families, who are Christian, raise pigs, an anomaly in a country where the government is promoting a conservative version of Islam. (Ulet Ifansasti/The New York Times)
豚肉を売る北スマトラの少数民族バタックの女性。ここの人たちは大半がキリスト教徒だ=Ulet Ifansasti/©2019 The New York Times

世界で最もイスラム教徒の人口が多いインドネシアは、豚づくしのパーティーにはふさわしくない場所だろう。

だが、スマトラ島のトバ湖のほとりで10月に開かれた豚の競走、豚との自撮り、豚の呼び出しや豚の絵を描くコンテストには1千人を超す人びとが集まった。地元のごちそう、豚肉のバーベキューを食べるためでもあった。

このお祭りは、単なる豚の祭典以上の催しだった。それは同地のキリスト教徒の大きなコミュニティーが、イスラム教の保守的な側面を同地も含めて全国で推し進めようというインドネシア政府お墨付きの取り組みに対抗する手段でもあった。

最近のインドネシアは、宗教的な保守主義に向かう傾向がみられる。婚前交渉を禁止する国内法の提案やサンタクロースの帽子着用に反対するファトワー(訳注=イスラム指導者が発する法令や見解)を出したことのある副大統領の選出などだ。この傾向は、イスラム法の下で許される活動や食事に基づいた「ハラール観光」を促進するよう政府を駆り立ててきた。

「観光というのは幸福に関するものだ。観光は楽しいものだ。観光は宗教に関するものではない」。豚祭りを思いついた生物学者で農民でもあるトグ・シモランギールは言う。

シモランギールのそうした思いは、トバ湖にもっと人びとの注目を集めようとした際、政府当局者やイスラム教徒の隣人たちの反目を招いた。

世界最大の火山湖であるトバ湖はインドネシアの先住民バタック――大半がキリスト教徒で、最大の少数民族の一つ――の歴史的な中心地である。だが、政府はその地域を次の観光スポットの一つに指定している。

Batak houses, which are built on stilts so that pigs can be raised underneath, in Muara, in Indonesia
高床式、長く先がとがった屋根が特徴のバタックの人たちの伝統家屋。高床の下で豚を飼育している=Ulet Ifansasti/©2019 The New York Times

政府は、観光地としてのバリ島の成功をよそでももくろむ「10 Balis(10カ所のバリ)」を創出することで全国的な観光開発を推進する計画だ。

トバ湖はその計画の最優先地域の一つだが、2018年の外国人訪問者は23万1千人と、その道のりは遠い。政府は17年に新たな地域空港を建設したが、18年、過積載のフェリーがトバ湖で転覆し、188人が死亡する事故が起き、訪問客の誘致には役立たなかった。

インドネシア全体でみると、18年の外国人観光客は記録的な数に達した。計1580万人のうち、最大はやはりイスラム教徒が人口の多数派を占めるマレーシアからだった。2番目は豚肉を好む中国からの人たちだ。中国ではイスラム教徒は少数派である。

シモランギールらバタックのキリスト教徒たちは、イスラム教徒の観光客を呼び込むために豚肉食など地元の伝統を軽んじる政府の計画に憤慨していると言っている。

キリスト教徒の住民たちによると、トバ湖のイスラム指導者たちは差別的な政策を推し進めるためにハラール観光という幕を張っている。イスラム指導者の一人は、指定された場所以外の公共の場で豚肉を食べたり西洋の水着――とりわけ女性の水着――を着たりするのを禁じるよう求めている。

「豚肉を食べたい人には特定の場所が用意されるだろう」。トバ湖畔のバリジの町にあるアルハドナ・モスクの代表ハラサン・シマングンソンは、そう言っている。「外国人観光客がやりたいことをするには、特別なゾーンを設けろ」と言う。

Batak women walk to a church in Siborongborong, in Indonesia
北スマトラの教会に向かうキリスト教徒の地元民。政府が推進するハラール観光などイスラム保守主義に反発している=Ulet Ifansasti/©2019 The New York Times

偶然かもしれないが、彼はブルブルビーチの近くでハラールレストランを経営している。 バタックの人たちの中には、そうした食べものや着るものについての制限が外国人観光客だけでなく地元のキリスト教徒にも適用されるのを恐れる人もいる。

豚は、イスラム教徒にとってもキリスト教徒にとっても象徴的な意味を担っている動物であり、双方がそれぞれの伝統を擁護するために豚を利用しているのだ。

インドネシアの人口の90%近くを占めるイスラム教徒にとって、豚は食べることも触れることさえもハラーム、つまり忌避すべきものとみなされる。だが、バタックのキリスト教徒にとっては、豚は日常生活の一部であり、豚を供することは誕生から死まであらゆる大切な儀式に不可欠のことなのだ。

「豚はバタック人にとっての誇りの象徴だ」とオンジ・シレガーは言う。バリジにあるバタック博物館の観光ガイドで、自宅で20匹の豚を飼育している。「どんな儀式でも、豚肉は必ず献納品に含まれる」

A pig roasts on a spit by Lake Toba during a Pig Festival in the indigenous Batak town of Murara, in Indonesia
トバ湖畔で今年10月に開かれた豚祭りでは、豚の丸焼き料理も売られていた=Ulet Ifansasti/©2019 The New York Times

今日でも、多くの村人たちは床下部分に豚の飼育スペースを備えた伝統的な木造の高床式家屋に住んでいる。

「私たちの暮らしは豚とつながっている」とマートンゴ・シティンジャクは言う。インドネシア最大の宗教団体の一つ、バタック・プロテスタント教会のリーダーである。「それは信仰やキリスト教の教義によるものではない。文化に基づくものだ」

特に隣国のマレーシアとブルネイから、より多くのイスラム教徒の観光客を呼び込む計画が8月に浮上した。北スマトラの知事でイスラム教徒のエディ・ラーマヤディが、もっとたくさんのモスクをトバ湖の近くに建設することや公共の場での豚の屠畜を終わらせることを提案した時だ。

「モスクを建てなければ、(イスラム教徒の)客は来ない」とも知事は語った。「屋外で豚を屠畜すれば、翌日は来るかもしれないが、その後は二度と来ないだろう」

北スマトラのキリスト教徒から知事の発言に対する非難の声がネットで広がると、彼は決してハラール観光を呼びかけているわけではないと言い張った。(抄訳)

(Richard C. Paddock)©2019 The New York Times

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