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グーグルからパナへ 松岡陽子氏が強調する、徹底した「ユーザーファースト」

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■テニス選手志望から人工知能の研究者へ

1971年、東京生まれの松岡氏は、プロテニスプレイヤーをめざして16歳の時に渡米した異色の経歴の持ち主だ。大学時代にケガでプロをあきらめざるをえなくなったときに、目が向いたのがロボット工学だった。当初は「テニスができるロボットをつくりたい」と考えていたという。そこで進学したマサチューセッツ工科大学の大学院では、人工知能の研究も進めて博士号を取得した。

――当時のAIには満足がいかなくて、「テニスの相手はできない」と思ったので、「リアルのインテリジェンスが分かればAIも分かる」と、脳の研究に入りました。ヘルスケアも学ばないといけないところだったので、分野を急に変えた感じで、それもおもしろくて、それでPhD(博士号)を取ってしまって。でも、テニスできるロボットは今でもできてないですよね。そのとき気づいたのは、脳やヘルスケアを勉強してみたら、ロボットやAIを使ってやっていたことで、ほかのひとの生活を助けるものをつくることができること。だからセルフィッシュに考えないで、ひとのことも考えるほうがおもしろいことに気づいて、人生が変わって。

松岡陽子氏と、パナソニック参与の馬場渉氏=西村宏治撮影

■人が「愛されている気になる」AI

ハーバード大学の研究員として「自分を鍛え直した」後、カーネギー・メロン大学やワシントン大学で教鞭を執りながら、脳からの信号を踏まえて身体障害者をアシストする機器の開発に取り組み、この分野のパイオニアとなった。

2009年には、グーグルが次世代技術の開発のために設けた研究機関「グーグルX」に、セバスチャン・スラン氏、アストロ・テラー氏に並ぶ共同創設者として加わった。その後、「研究より、製品をつくりたい」とスマート家電を手がけるスタートアップ「Nest」に参画。Nestは2014年にグーグルが買収した(その後グーグルは、スマートスピーカーといった家電系の自社製品を「Nest」ブランドに切り替えた)。このNest時代の体験が、パナソニックでも生かせるという。

――Nestは日本ではプロダクトを出していないので知られていませんが、最初のプロダクトはサーモスタットです。サーモスタットが面白いからというより、暮らしを変えていく家をつくるのに、ここ(サーモスタット)から入るよ、という会社でした。

なんでそれが、身体障害者向けのロボットと関係しているのかというと、ロボットや機械と人間は、協力しないと人間が気持ち良くならない。それと同じように家のものでも、ぜんぶやっちゃうとダメ。人間が「知ってもらえている」「大切にされている」と感じるものでないと。Nestは、そこをすごいがんばったんです。

一番最初、エネルギーをどんどん節約するAIを入れたら、それはみんなに嫌われた。嫌いだと人間って反抗するから、結果をみると、もっとエネルギーを使うようになっていたというおもしろいことが分かって。それが商品を店に出す2カ月前の話なので、みんなで焦って、夜も寝ず、私は妊娠してたんですけど、子どもが産まれたとたんにまた仕事をし出しました。

結局、プロダクトになったものは、お客さんがエネルギーを節約するということで買った場合は、エネルギーを節約してあげるもの。快適ならよくてエネルギーの節約に興味がなさそうなら、そのようにするという、ひとりひとりに合わせられるものをつくりました。それをつくったら、みんなそれで自分が愛されているような気がして、どんどん売れちゃった。そこで全員分をまとめると、エネルギーが節約できていた。そういう感じの気持ちを、今後も持っていきたいというのはありますね。

■変えたいもの、まず「私の生活」から考えた

Nestをいったん離れた後は、アップルのヘルスケア事業などを手がけた松岡氏。その後、グーグル傘下になっていたNestのためにグーグルに戻ってバイス・プレジデントを務めた。まさにシリコンバレーの「ロックスターのような存在」(馬場渉・パナソニック参与)だが、なぜパナソニックに移り、なにをめざすのか。

――私は大学院を卒業したころから、ほかのみんなの暮らしをよくしたいというのがミッションなんですね。では、私の生活を本当によくしてくれるのは、どういうものか。私は子どもが4人いて、仕事もしていて、親も日本にいる。アメリカではサンドイッチジェネレーションって言うんですが、親もケアしなくちゃいけないし、子どものケアもしなくちゃいけないし、夫もいて、仕事もあって、ホビーもしたくて、自分の健康も気をつけたくて、全部やるのはほとんど無理。自分の会社でつくっているものを見るとすごい進んだことをやってるくせに、毎日の自分の生活は全然よくなってきてない。なんで、そんなに違うんだろうと思った時に、ああ、これは絶対これから変えていかなくちゃなと思って。

それで自分の家のあたりをぐるっと見て。ここにセンサーをつけたりして自分の生活を分かってくれるような環境をつくっていくとすると、それだけのことができる会社って、世界中みてもそれほどないんです。パナソニックは家の中のものもあるし、家の外のものもある。夢のように言っているけれども、それがぜんぶちゃんと私たちの生活を分かってくれて、(生活を)よくできるものを絶対つくりたいな、と思っています。

(家電)一個一個をよくするんじゃなくて、それを何個かつなげることで、人間の住み方、生き方が分かってくる。冷蔵庫が何回開いて、やかんを使うのが何回で、ドアの開け閉めが何回でとか、集めてくると、「このひとは、家から出なくなってしまったけど、食べてる」とか。「食べるのを忘れている」とか。きょうはやかんも使っていないとなると「きょうは起きてない」とか。そういうのをちゃんと使って、ちゃんと健康のことを分かるようにとか、介護をしやすいようにとか、考えられますよね。

シリコンバレーにあるパナソニックのオフィス。松岡氏がCEOを務める商品開発チーム「パナソニックβ(ベータ)」もここに入る=2018年1月、米カリフォルニア州クパチーノ、岩沢志気撮影

■UXとデザインを起点に考える

家電の世界では、韓国企業や中国企業の勢いが強い。実際、松岡氏自身、アメリカではパナソニックの製品に触れることが少なかったという。松岡氏は「ユーザーファースト」の視点が欠けていた、と指摘する。

――たとえば電子レンジ。すごい上手にいろんなものがつくれる機械なんだけど、ユーザーファーストを考えないでやったから、300個の料理ができても、1個でも使うひとが少ない。使い方が分かりにくいとか、どこを押したらどうなるか分からないとか、いろいろありますよね。

いろいろ見て思ったのは、こんなに深いものをちゃんとつくっているのに、外から見ると、そんな機能が入っているって分からなかったんです。マーケティングの仕方もあるけど、ユーザーがこれを使ったらどうなるのか。使えないなら、そんなファンクション入れなければいいじゃないという感じです。そのあたりをちゃんとつなげていけば、もう少し、使ってもらえるものがつくれると思います。

ユーザーからの目でちゃんと見るプロダクトとかソリューションをつくっていくというのが、なんと言っても大切。パナソニックも、ちゃんとそこから始まっている。松下幸之助の話とか聞いていると、確実にそこから始まっている。そこのところに戻っていく。それをしゃべるだけじゃなくて、プロダクトでそれを感じるものをつくる。

それをするには、なにが具体的に必要かというと、ひとつはUX(ユーザー体験)とデザイン。たとえばNestでは、一番最初にプロダクトを考えるときにデザイナーと一緒につくったものを、エンジニアがつくります。いろんな会社で、その反対がけっこう起こってます。パナソニックもその傾向がある。

もうひとつは、ソフトウェアですね。機械と機械がやりとりしやすいようなソフトウェアのアーキテクチャーとか、そういうものをつくっていくと、ユーザーが使いやすいし、使いたいし、自分のことをよくしてくれるようなものができてくる。

■巨大テック企業の攻勢、恐れずに

家電などのものづくりから始まったパナソニックがソフトウェア部分を強化しようとしている一方で、アメリカの巨大テック企業はハードウェアに乗り出している。日本勢の脅威にもなりかねない。

――日本のものづくりの会社がいま一生懸命ソフトウェアに入ろうとしていることの、反対側が起こっているんです。ソフトウェアばっかりだった会社が焦ってハードウェアに入ろうとしている最中。フェイスブックだってハードウェアを売り出している。マイクロソフトは結構ビデオとか売ってましたけど、アマゾンだって、ハードウェアをつくる。みんなハードウェアをつくりだしてるんです。それの卵としてNestはグーグルに入ってきてますね。

でも、パナソニックは100年かかってここまで来た。いまからやったらここまで来るには時間かかるから、グーグルですら、パートナーとちゃんとやっていくことを考えてます。だから、それほど恐れなくていい。少し恐れて競争するのはすごくいいと思うんですけど、本当に恐れてやらないというのはダメ。全然、大丈夫ですよ。日本の会社でも、ちゃんとパートナーを探して組みながら、いい生活ができるものを一緒につくっていくということがすごい楽しみですね。 

パナソニックは2018年に創業100年を迎えた=2018年3月、大阪府門真市、細川卓撮影

■巨大企業のカルチャーを変えるには

だが、1918年創業のパナソニックは、27万人の従業員を抱える大企業。縦割りの弊害も出てきているという。そうした文化を変えていくには「時間がかかる」とも話す。

――私、ヒューレット・パッカード(1939年創業)のボードにも入っているんです。そういうのを見ていると、どこでも起こっちゃう問題はパナソニックにもある。長くやっていると、すっごい上手になったところもあるし、いいかげんになっているところもある。27万人もいると全員に伝わるのも難しいとか、いろいろあります。みんなから言われていて、私も感じるのは、バーティカル・サイロ(縦割り)。分けた方がいいものができるということで分けたというのは素晴らしいと思うんですけど、それが極端なほうにいっちゃってる。それをもうちょっと近づけるよう手伝いたいと思います。

グーグルですら、サイロ(縦割り)になっちゃうんです。ひとつひとつのグループが予算をもらっていて、グーグルはとくに、ひとを何人入れるかがすごい厳しい。みんな隣どうしで「ずるいな」とか「けんかしちゃうな」とか思いながらやっている感じは、パナソニックでも、グーグルでも、アップルでも、やっている感じだから。残念ながら人間だから、そうなっちゃうんですよね。そのへんは思ったほど違わないです。

カルチャーを変えながら、プロダクトを変えながら、こういうのを考えてないひとたちも一緒にやりながら、そしてシリコンバレーの新しい血も入れながら、ってなると時間かかると思うんですよね。だから、たぶんいまから2年以内には必ずプロダクトが出ると思うんですけど、それだけでジャッジされない方がいいなって。Nestなんかも、単に家の中の温度を変えるための会社じゃないんですよね。人生を変えるのにそこがいちばんいい入り口だからそこから入った、ということで。だから、いまから5年とかしたときに、どれぐらいのインパクトがあったかなと見てもらいたいです。 

■女性へのメッセージ

シリコンバレーの第一線を走りながら、4人の子育てをしてきた松岡氏。その苦労に話が及ぶと「みんなをモチベートしたい」と力を込めた。

――(仕事との子育ての両立を)どうやってるんですかって聞かれても、「やれてません」っていうのが、大抵返事なんですけど。だけど、やれないけど、やっちゃう。タイミングも、絶えず悪いんです。「子どもを次に産むの、いつがいい」って言ったら、絶対そんな時は来ない。だから産むしかないんですよね。

人生に、何を追いたいか。本当に子どもが産みたいなら、産んだ方がいい。産まないで本当に仕事でがんばりたいなら、産まない方がいい。両方やりたいなら、すごい難しいけど、できる。そのときに「できない」と思って仕事をやめてほしくない。

仕事をやめたいと思った時には「なんでやめなくちゃいけないのか」をちゃんと考えて。やっぱり「子どもに私が必要だから、どうしてもやめなきゃいけない」なら、辞めるほうがいい。(両立が)できないから、というので辞めようとしたときには、ちょっと考えてもらいたい。そこで「できないものは、なにか」をちゃんと考えて、そこのところを変えていく。そういうふうにみんな、女性にはやってもらいたいと思っています。