1. HOME
  2. World Now
  3. ニューヨークの歴史はネズミとの戦いの歴史 投入された「最新のわな」の威力

ニューヨークの歴史はネズミとの戦いの歴史 投入された「最新のわな」の威力

ニューヨークタイムズ 世界の話題
A rat's head rests as it is constricted in an opening in the bottom of a garbage can in the Brooklyn borough of New York, U.S., October 18, 2016.  REUTERS/Lucas Jackson/File Photo
ニューヨーク・ブルックリン区にあるゴミ箱の底の穴から頭が抜けなくなったネズミ=2016年10月18日、ロイター。丸々と太っていることが災いした

ワナや毒、不妊化。それに、ドライアイスもあった。

今度は、最新技術を使った溺死(できし)作戦が登場した。

この街が、ニューヨークと名乗るようになって(訳注=1664年)から355年。その歴史は、ネズミ(rat)との戦史でもある。

これに終止符を打とうと、2019年9月、ブルックリン区(訳注=ニューヨーク市内5区の一つ)の区長エリック・アダムスが鳴り物入りで記者会見し、新兵器を披露した。

Brooklyn Borough President Eric Adams, right, shows off a new rat trap that lures the rodents and sends them plunging to their deaths in a mysterious vinegary concoction, at Brooklyn Borough Hall in New York, Sept. 5, 2019. Though New York
「バケツ型」のネズミ捕り新兵器を披露するブルックリン区長のエリック・アダムス(中央右)=2019年9月5日、ブルックリン区役所、John Taggart/©2019 The New York Times。1664年のニューヨーク市誕生から続くネズミ戦争。時代とともにさまざまな兵器が登場したが、これで終止符を打てるか

要するに、バケツを思い浮かべてほしい。この容器に(訳注=エサで)おびき出されたネズミは、酢のような謎の混合液の中に落ちて最期を迎える。

製造元の「Rat Trap(ネズミ捕り器)」社によると、死体があまりに早く腐敗し、悪臭を放つようになることを防ぐ毒性の薬剤もこの溶液には含まれている。

会見場にいた十数人の記者に、区長は面白がるようにプラスチック製の容器の中を見せた。ねずみ色のシチューのような液には、何匹ものネズミの死骸が浮かんでいた。

いまわしい光景。胃がむかつく臭気。「たまには、自分でネズミ捕りの大変さを感じて」という区長に、「本気?」「悪趣味!」という声が上がり、顔をそむける記者もいた。

試験運用は、すでに始まっている。早速、思わぬ問題が起きた。まず、ブルックリン区役所の内外5カ所に設置したところ、すぐに1カ所で作動しなくなった。区長の広報担当ジョナ・アロンによると、かかったネズミが大き過ぎて、(訳注=中の液に落とすための)容器のバネ仕掛けが壊れてしまっていた。

1台300~400ドルのこの新兵器を、区長はさらに区内の数カ所に設置し、うまくいけば全市に広げていく方針だ。

A worker removes the lid of a newfangled rat trap that lures the rodents and sends them plunging to their deaths in a mysterious vinegary concoction, at Brooklyn Borough Hall in Brooklyn, Sept. 5, 2019. Though New York
新型ネズミ捕り器のふたをはずして中を見せるブルックリン区役所の担当者=2019年9月5日、ブルックリン区役所、John Taggart/©2019 The New York Times。アルコールや酢を混ぜた溶液が入っており、エサでおびき寄せられたネズミはバネ仕掛けで中に落とされ、確実に溺れ死ぬ

市創立以来の「ネズミ戦争」では、時代とともに戦法も変わった。

まず、ワナ。「どれ一つとして効きはしない」と業を煮やしたニューヨーク・タイムズ紙(以下、本紙)の記者は1865年、紙面で怒りを爆発させている。そして、「この害獣を根絶するには、あの伝説の笛吹き男に頼むしかない」と嘆いている。

最近では、ジュリアーニ市政(訳注=1994~2001年)の敗北がある。3種類の毒を使って、撲滅キャンペーンをエスカレートさせた。

ところが、マンハッタンとブルックリンの両区を受け持つ駆除担当者の一人は、ネズミの数は「この2年間で天文学的な数字になった」と本紙に証言している。「みんな、これまでにないほど健康状態がよく、丸々と太っている。肥満か妊娠中かのどちらかだね」

2011年には、繁殖を抑える方法が初めて試された。17年には、市保健局が試験運用を始め、市内の一部では今もこの手法が使われている。

市内の地下鉄やバスなどを運営しているニューヨーク都市圏交通公社(MTA)は13年、100万ドルをかけて地下鉄内のネズミの繁殖を抑制する薬入りのエサを6カ月間、一部の駅で仕掛けてみた。「なかなかの効果があった」とし、17年にはもっと駅を増やして戦線を広げることにした。しかし、専門家によると、繁殖力を少しは弱めたかもしれないが、数値でハッキリ示せるほどの結果は生んでいない。

現在のデブラシオ市政(訳注=2014年~)は17年、3200万ドルを投入して新たな撲滅作戦を始めた。その中で、ドライアイスという新兵器も登場した(米環境保護庁が認可している)。巣穴をこれで攻め、二酸化炭素を充満させて窒息死させるというやり方だ(マンハッタン南部のチャイナタウンのある公園では1200匹を駆除し、60カ所あった巣穴は2カ所に減ったと当局者はいう)。

この手法の基本的な効果については、市内のネズミに詳しいフォーダム大学の生物学教授ジェイソン・ムンシサウスも認める。ただし、人手と手間がかかることが問題だと指摘する。何千カ所もの巣穴を、一つずつドライアイスで埋め尽くさないといけない。効果を監視する必要もある。

では、最新のバケツ型兵器はどうか。ブルックリン区長のアダムスは、18年に「ネズミ対策サミット」を開いたほどこの問題に熱心だ。

会見でも、現市政が17年に始めた撲滅作戦を長々と批判。ネズミを寄せ付けないはずのミントの匂いがするゴミ袋は効果がないとやり玉にあげ、ネズミが中に入り込むビデオを見せた。

「このゴミ袋は一つとして成果をあげていない」とムンシサウスも同意する。中のゴミをネズミが食べているのを見ているからだ。「ネズミ問題は悪化するばかりというのが、市民の日々の実感だろう」

Bill leads his dog Paco, a Feist Terrier, though a vacant lot near trash dumpsters during an organized rat hunt on New York City
ニューヨーク・マンハッタン区の南部では、夜間のネズミ退治に犬の動員も=2014年7月25日、ロイター。ボランティアによる駆除活動の一つだ

アダムスの新兵器についても、ゴミ捨てマナーという基本的な問題が解決されない限り、無益な試みに帰するとムンシサウスは予告する。しかも、「穀物を収穫するようにネズミを仕留め」、市内の90%のネズミを駆除したとしても、生存競争が減ったことで、残るネズミが爆発的に増えるという新たなリスクも待ち受けている。

市内にすみついたネズミを減らすには、住んでいる人間に多くの責任があるとアダムスも認める。

「解決には、自分自身も役割の一端を担わなければならないことを市民は理解すべきだ」とアダムスは強調する。ゴミの現状が問題悪化の温床になっているのは確かで、「適切なゴミ捨て文化はまだできていない」と唇をかむ。

一方で、アダムスには焦りもあるようだ。この会見の発表文には「新手法で捕まえたネズミ90匹を見せる」とありながら、実際は容器の中には20匹ほどしか入っていなかった。

行政の無駄遣いを監視する非営利団体OpenTheBooks.comと本紙の分析によると、市の専用通報電話311番にかかってくるネズミの目撃件数は、2014年の1万2617件が18年には1万7353件と38%も増えた。この期間内に市の担当者が見つけたネズミの活動痕跡は、倍近くに急増している。

市内のネズミの生息数と体のサイズが大きくなり続ける中で、ペスト予防(訳注=ネズミの駆除はその一環)のビジネスも成長している。

「ぞっとする現象かもしれないが、社会の役には立っている」。今回の新兵器の内情をよく知るピーター・ゴリアはこういいながら、死んだネズミが入った袋を高く持ち上げた。「毒を食べて死んだネズミをそのままゴミに入れて出すと、毒素が分解して地面にしみ出し、土を汚染してしまうことになりかねない」と注意が必要なことを説明する。

では、新兵器はどうやってネズミを死に至らしめるのか。その溶液の成分については「(訳注=腐敗防止と防臭の薬剤以外は)すべて天然の材料を使っている」というだけで、詳細を語ろうとはしなかった。

「アルコールと油、酢をベースにした溶液」と説明はあくまで大まかだった。「そう、オーガニックだ」と付け加え、こう語った。

「飲もうと思えば、できる。死ぬこともないだろう。気分は少し悪くなるかもね」(抄訳)

(Kimiko de Freytas-Tamura)©2019 The New York Times

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから