5歳の誕生日まで生きられなかった子どもは、20年前は1千万人近くいた。2017年には、世界の人口は10億人以上増えたが、5歳まで生きられない子どもの数はほぼ半減し、ざっと16人に1人の割合になった。
子どもの死亡率の急激な低下は、各国政府や国際的な援助団体の努力を反映している。それは、子どもの貧困や貧しい子どもにとって最も致命的な病気――新生児障害、肺炎、下痢、マラリア――に対処する取り組みだ。しかし、ある研究報告書は、その結果もきわめてバランスを欠くことを示唆している。子どもの健康状態が劇的に改善された地域もあれば、一方には依然として多くの子が非常に早く死んでしまうところもある。
2000年から17年までの間、幼児死亡の大多数を占める低所得および中所得の国97のうち1カ国を除き、いずれもが子どもの死亡率を低下させた(例外は、壊滅的な内戦が続いたシリアだった)。
この研究報告書は9月17日、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(訳注=マイクロソフト創業者のビル・ゲイツと妻メリンダが2000年に創設した世界最大の慈善基金団体)とワシントン大学の「Institute for Health Metrics and Evaluation(IHME=保健指標・評価研究所)」の研究チームが発表した。研究チームはIHMEの科学工学部門の上級部長スティーブン・リムが率いた。
データによると、幼児死亡の結果には各国間および各国内の双方とも大きな格差があることが判明した。研究者たちは、現在のペースで進展が続くとしても、最貧国では子どもたちの3分の2近くが2030年までには国連の開発目標を達成できない地区に住んでいると予測する。
「進展の不平等は、依然として非常に驚くべきものだ」。ビル・ゲイツは報道陣にそう語った。
研究者たちは、詳細な調査データと統計モデルを組み合わせ、従来の推定値よりも地理的にはるかに詳しい子どもの死亡率図を作製できた。
専門家が言うには、子どもの死亡率の低下は成人の健康で安定した状態を示す指標でもある。ジョージタウン大学の教授(グローバル保健法)で、世界保健機関(WHO)のグローバル保健法センター長であるローレンス・ゴスティンは、それを「炭鉱のカナリア」の保健版と形容した。
子どもの死亡率が低くなると、母親たちが子どもを産む数も少なくなる傾向がある。そうすれば、出産に伴う母親の死亡リスクを減らせるし、家庭の経済状況を改善できることにもつながる。ハーバード大学公衆衛生大学院の医師で同大グローバルヘルス研究所長のアシッシュ・ジャーの指摘だ。彼は「それは家族にとって非常に大きな意義がある」と言っている。
子どもの死のほとんどは予防可能だ。十分な栄養、水、衛生、ワクチン、抗生物質で多くの命を救える。それは必ずしも金銭的な問題ではない。それはしばしば文化的な問題だったり、政治的な障壁だったりする。子どもたちの死の半数近くは栄養不良が原因だ。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の名誉教授(グローバルヘルス学)ディーン・ジャミソンは、推定値を過度に正確視したり、それらを使って特定の保健政策の成功を測ることに注意を促した。そのうえで彼は、時期と場所によって事態がどう変化したかの全体像をつかむために、そうした推定は「恐らくあなたができる最善のことだ」と指摘した。
以下で、世界の5カ所で起きた変化の背景についてみてみよう。
■インド
世界の子どもの死亡率低下の4分の1以上は、世界2位の人口規模インドにおける改善を反映している。インドでは、2017年の子どもの死亡数は00年と比べて120万人減少した。
しかし、その減少の分布は均等ではない。南インドでは著しい改善がみられた。経済成長と州の政策がかみ合って、5歳未満の子どもの死亡数は50人につき1人と少なかった。北インドの各州の場合は子どもの死亡率が比較的高く、割合は10人に1人に近かった。
「インドの保健統計を見ると、どの地域がヨーロッパ東部に似ているかを示すことができるし、サハラ砂漠以南のアフリカに似た場所を指すこともできる」とジャー。「南インドがそれほど裕福なわけではない。だが女性に、そして少女の教育に巨額の投資をしたのだ」と指摘した。
■ナイジェリア
地域的な不平等は、特にナイジェリアで顕著だ。ナイジェリアの最大都市ラゴス周辺で生まれた子どもは、5歳までに死亡する割合は約16人に1人。しかし、最北部のニジェール国境沿いの子どもたちの場合、状況は大きく異なり、死亡率はほぼ世界のどこよりも高い。5歳になるまでに5人に1人が死んでしまう。
専門家が言うには、ナイジェリア各地での異なる展開が傾向として子どもの死亡率地図に反映されている。ナイジェリア北部では長期にわたる暴力と政治的不安定が続き、多くの住民が土地を追われた。「暴力行為のために家を離れ、地域社会の外へと追いやられるなら、病気になった時に必要な医療など基本的サービスへのアクセスが難しくなる」とUNICEF(国連児童基金)の広報官クリストファー・タイディは言う。「いつも移動していれば、食料の確保に影響が出る」
ナイジェリア北部は、サヘルベルト(訳注=サハラ砂漠南縁の半乾燥地帯)に属し、気候変動にも一因があって、干ばつや食糧不足に苦しんでもいる地域だ。
■タイ
対照的にタイは、今回調査した国々の中では国民の平等性が抜きんでている。各地域は、5歳未満で死亡する子どもの割合が40人につき1人以下という国連の開発目標に到達している。タイの経済は近隣諸国と比べてより強力だ。健康管理への投資や、その投資を市民の初期治療に集中させたことも成功につながっている。
タイの近隣諸国も著しい改善を実現した。とりわけベトナムは、子どもの死亡率が国内の大半の地域でほぼ似通った水準になっている。
■南アフリカ
多くの南部アフリカ諸国では、HIV(エイズウイルス)による死者が減ったことが状況に違いをもたらしている。南アフリカやボツワナは最大級の減少を実現した。HIVによる子どもの死者は、2000年は世界で約24万6千人を数えたが、17年には推定7万7千人に減った。
■ハイチ
ハイチを襲った2010年の地震が、この国の子どもの死亡率にとって悪材料になった。子どもの死亡につながる可能性がある要因の多くが悪化した。感染症リスクの増加、食料や安全な住まいの不足、医療を受ける困難さの増大だ。
米ボルティモアにあるジョンズホプキンズ大学の集団医学研究員リー・リウは、ハイチの経験は自然災害が公衆衛生にどう影響を及ぼすかを学者たちが理解する機会になったと言っている。彼女は「グローバルヘルス(国際保健)は、そういう状況下での子どもの死亡率を理解する経験が不足している」とも述べた。
■今後の課題は
幼児期の子どもの死亡率の継続的な改善は、単に保健制度だけではなく、苦闘が続いている国々の政治や環境の安定にも左右される。
先述したハーバード大学のアシッシュ・ジャーは、ナイジェリア北部での経験が訓戒の物語になるかもしれないと心配していると語った。気候変動は、世界の一部の地域で十分な栄養の摂取を困難にさせ、暴力を誘発する可能性がある。ジャーは、(死亡率の継続的な)改善は「気候変動が弱まることなく続いていけば、鈍化するか逆行してしまう」ことを懸念していると言うのだ。
それでも、全体的な傾向は前向きである。そして、新しい詳細なデータは、政府や開発団体が各国内の不平等に対処できるよう資源をうまく集中させるのに役立てることができる。
「子どもたちを大量に死なせてしまう要因はさほど数多いわけではない」とカリフォルニア大学サンフランシスコ校のジャミソンは言う。「そうした要因のほとんどは、あまり費用をかけずに対処できる」(抄訳)
(Alicia Parlapiano, Josh Katz and Margot Sanger-Katz)©2019 The New York Times
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