授業料の納付期限がきた。家賃も払わなければならない。だから、ケニアのニエリ地区の大学生メアリー・ムブグア(25)は仕事を探した。最初は保険のセールスをしてみたが、収入は歩合制で、1件も売れなかった。次にホテルの受付の仕事に就いたが、ホテル自体が財政トラブルを抱えた。
最後は、友人が「アカデミックライティング(academic writing=学術的な筆記)」の道に進む手助けを申し出た。米国や英国、オーストラリアの大学生のためにオンラインで学校の課題などをこなすもので、ケニアではおいしい仕事だ。ムブグアは戸惑いを感じた。
「不正な行為だ」と彼女は言う。「でも、他に選択肢があるのか? おカネが必要だ。生活していかなくてはならない」
大学における不正行為は目新しいことではないが、インターネットがそれを世界的かつ産業的な規模にまで押し上げている。Ace-MyHomeworkやEssaySharkといった名前のおしゃれなウェブサイトが出現した。途上国の人たちが入札を通して米国人学生の宿題を仕上げるサイトだ。
そうしたビジネスは10年以上前からあったが、専門家によると、顧客サービスホットラインや返金保証を備えてサイトがより洗練されたことで、最近はビジネスとしての需要が増えている。その結果?
年間、何百万件ものエッセー(essay=小論文)の注文があり、フルタイムの仕事として十分な収入を得られる代筆業者もいるほど巨大で世界的な産業になっている。
エッセー代筆の産業規模は、英語の話者が多く、高速のインターネット接続があり、大卒者の仕事が不足している途上国で著しく拡大している。とりわけ、ケニアやインド、ウクライナといった国々だ。ケニアのアカデミックライター向けのFacebookグループには5万人を超すメンバーがいる。
1カ月の訓練の後、ムブグアは、人類は宇宙を植民地化すべきかどうか(「戦う価値はない」とムブグアは書いた)から安楽死(「神の領域」に触れることになると彼女は書いた)についてまで、あらゆることに関するエッセーを作成するようになった。ニューヨーク・タイムズは、彼女が将来、就職する際に差し障りが出るのを避けるため、彼女の名前はメアリー・ムブグアと記すことにする。
高等教育界では「コントラクトチーティング(contract cheating=契約不正行為)」として知られる有料エッセー注文サイトが、どのくらい広く行き渡っているのかはっきりしない。北米の学生を対象にした2005年の研究によると、学部生の7%は他人が書いた論文を提出したことを認め、3%がエッセーミルズ(essay mills=小論文作成業者)から入手した小論文であることを認めた。この問題の有力な研究者の一人キャス・エリスは、世界中で毎年、何百万点ものエッセーがオンラインで発注されていると言っている。
「とんでもない問題だ」。米カリフォルニア大学サンディエゴ校の事務所長トリシア・バートラム・ギャラントは言う。「何も手を打たないでいれば、適格認定されている大学のすべてがディプロマミル(diploma mill=卒業証書の製造工場)になってしまう」
そうした(論文請負の)サイトが10年以上前に初めて出現した時は、家庭教師や編集サービスといったベールをかぶっていた、と「国際学術誠実センター(ICAI)」の役員でもあるバートラム・ギャランは指摘する。ところが今では、サイトは露骨になっている。
「私たちの信頼できる専門家が、あなたのために最高の品質で100%盗用のないエッセーを書くことがわかれば、リラックスできます。その一方であなたは学生生活でもっと愉快な分野に時間を使えます」。Academizedというサイトにはそう書いてある。このサイトは、大学1年生の小論文を2週間以内で仕上げる場合は1ページ当たり約15ドル、3時間で仕上げるなら1ページ42ドルの料金がかかる。
「どんな学術論文でも、手ごろな料金で簡単・安全にエッセーライターを雇えます」。EssayShark.comというサイトは約束する。「自分自身の時間をもっと節約しましょう」
EssaySharkの広報部は電子メールで取材への回答を寄せ、同社は同社の事業を不正とは考えておらず、エッセーは「調査や参照の目的のみ」であり、自分自身のエッセーのように偽らないよう学生たちに注意したとしている。
「私たちは、盗作その他の学術的詐欺を容認したり、奨励したり、あるいは故意に関与したりすることはない」と同社は言っている。
AcademizedとAce-MyHomeworkは、コメントを求めた電子メールや電話に対して返答しなかった。
オーストラリアでは契約不正が絡んだ大掛かりなスキャンダルが起き、大学当局はこの慣行を厳しく取り締まることになった。この業界に対抗する同じような取り組みは英国でも浮上したが、米国はそうではない。
契約不正は17の州で違法とされてはいるが、罰則は軽い傾向があり、まれにしか適用されていない。専門家が言うには、米国には学術論文の売り買いを禁じる連邦法がなく、ケニアもそうなのだ。
「米国の大学は、オーストラリアのように厳しい取り締まりが行われていない。だから、そうした問題が起きていないようなふりをするのは簡単だ」とビル・ローラーは言う。盗用を検出するソフトウェア開発会社Turnitinの副社長(製品管理担当)だが、「ぜったい問題が起きている」と言い切る。
ローラーは、授業に一度も出ていないか、課題を一つも仕上げなかった学生のいる何校かの大学で働いたことがあると言う。「そうした学生はいずれも契約不正に必死になっていた」
契約不正は盗作を見破るよりも難しい。なぜなら、代筆業者が書いたエッセーは以前に提出されたエッセーのデータベースで照合しても(ヒットを示す)フラグが付かないからだ。それらは一般的にオリジナルの論文で、単に間違った人物が書いただけなのだ。ただし、Turnitinは「Authorship Investigate(筆者探索)」という新製品を発表した。これは、文型やドキュメントのメタデータ(訳注=本体のデータに関する情報が付いたデータのことで、「データのデータ」ともいえる)など多くの手がかりを使って、そのエッセーが当の学生が書いたものかどうかを判断するソフトだ。
いくつかのサイトは、ネットオークションのサイトeBayのように作動し、特定の課題について売り手と買い手が入札する。配車サービスアプリUberのような機能のサイトもあり、必死になっている学生と代筆できる筆者をつなぐ。いずれのケースでも、代筆者と学生がどこの誰かは、画面上で隠されている。(学生に)その課題を出している大学も同様に隠されている。
国民1人当たりの年収が約1700ドルのケニアで、うまくやっている代筆ライターなら月に2千ドルも稼げる。他人のために学術的な小論文を書いていたころは実入りが良かったというのは、ヌイリトゥ(28)だ。
彼は土木工学の学位を取得して大学を卒業、今でもそれが自分の「情熱」の対象だと言っている。就職がうまくいかず、何年か後、フルタイムで他人の代筆を始めた。彼によると、車や土地を買うのに十分なカネを稼いだ。
ケニアで契約不正の仕事をしている人たちにインタビューしたところ、多くはそれを倫理に反した仕事だとは思っていないと語っていた。
グローバル化とアウトソーシング(業務の外部委託)の奇妙な展開で、より多くの外国人ライターがこの業界に参入するにつれ、一部のサイトは米国との絆を広告するようになった。あるサイトは、重要な目標に「仕事を米国に取り戻す」ことを掲げている。1ページにつき30ドルも請求する米国人ライターたちは、エッセーの筆者について疑いが出かねないイギリス英語のつづりや慣用句を避け、質の高いサービスを提供すると言っている。
一方、ケニアの大学生ムブグアは、1ページ当たりわずか4ドルで請け負う。彼女は、映画や小説で出くわした語彙を書きとめるノートを持ち歩くようになったと言う。自分が代筆するエッセーに価値を付けるためだ。
ムブグアは小学2年生だった2010年、糖尿病で母親を亡くした。彼女は学業をがんばると誓った。そうすればいつか、弟や妹を支えてやれるようになるから。
大学に通う学費は、政府の融資とおじやおばが支援してくれた。自分でも働き、米国人学生ら他人の課題を代筆するライターが10人いる事務所に入った。そこの上司は、いくつかのサイトで請け負う仕事の入札を競って徹夜をし、朝までに片をつけた。
「難しい仕事は何であれ、こんな感じになる。『ムブグアに任せな』と」。そう彼女は言っていた。
ひどいこともあった。夏休みの間、仕事がはかどらなかった。米国史に関する論文で大恐慌がどう終結したかを書くのに非常に苦労し、結局、その仕事を断って罰金18ドルを払うはめになった。
それでも、ムブグアは勉強が大好きで、時には自分が論文を代筆している(学生がいる)米国の大学に入学したくなった。ミシガン州立大学のエリ・ブロード・カレッジ・オブ・ビジネス(Eli Broad College of Business)に応募している中国の学生のために入試エッセーを代筆する仕事を頼まれた時、彼女は自分自身がその大学に行けばどんなだろうか夢想したと語った。
ムブグアは今、岐路に立っている。次にどうすべきかが、わからないのだ。彼女は2018年に大学を卒業し、数十の就職希望先に履歴書を送った。最近は、台所用品を販売している。
彼女が言うには、米国などの学生たちの名前で(エッセーを)代筆していたことについて、決して正しいことをしていたとは思っていなかった。
「いつも、何らかの罪悪感を持っていた」と振り返った。
「人は、米国や英国などの教育システムは一流だと言う」とムブグア。「そこの学生たちが私たちよりも優れているとは思わない」と述べ、こう言い添えた。「私たちが学び、私たちが課題を仕上げたのだ」(抄訳)
(Farah Stockman and Carlos Mureithi) ©2019 The New York Times
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