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「超予測者」の先の読み方はどこが違うのか 大統領選をテーマに聞いてみた

World Now
「超予測者」でもあるウォーレン・ハッチさん

フィラディルフィアの街角で待ち合わせたウォーレン・ハッチさん(54)は、長身で物静か、柔らかな物腰の男性だった。ニューヨークの金融街ウォールストリートでアナリストやポートフォリオマネジャーとして働いた後、2015年からコンサルティング会社「グッド・ジャッジメント・プロジェクト」(GJP)の代表を務めている。

GJPは、予測が得意な約150人を「超予測者」として抱えていて、彼らの分析をもとに世界各国の首相や大統領の選挙、あるいはブレグジットを初めとした政治問題の行方を占っている。企業の依頼で、個別の業界の将来などを請け負うこともある。ハッチさん自身も「超予測者」として認められているひとりだ。

予測って、どうすれば当たるのか。超予測者には決まったやり方があるのか。そんな単純な質問をすると、優しく答えてくれた。「やり方は細かいところは、ひとそれぞれですね。でも基本的なプロセスはあります。では、次の米大統領選を例に考えてみましょう」

思わず「次の大統領選?」と聞いてしまった。再選をめざす共和党のトランプ大統領はいいとして、民主党は候補すらはっきりしない状況だったのだ。候補も分からないのに、どうやって予測していくのか。

すると話は思いもかけないところから始まった。ハッチさんは「候補は考えません」と言うのだ。「候補を先に考えてしまうと、どうしても自分の好みに引きずられます。だから、まずは候補を考えないところから始めます」

ハッチさんが挙げたのは、「現職大統領が再選する確率」だった。次の選挙について直接考えるのではなく、それに似た過去のできごとの確率を考えて、予測の出発点(ベースレート)を決めるという。

現職大統領が当選する確率を過去の実績からはじき出すと、実に約65%という。トランプ氏当選の確率は、今のところはかなり高いのだ。ここから、その後に新たに入ってきた情報にあわせて確率を更新していく。たとえばトランプ氏に有利な情報があれば65%を67%にするだろうし、不利な情報が出てくれば65%を60%に下げる、というふうに確率を細かく更新していくのだ。

人間の予測の天敵は知らないうちに意識の下に入り込んでしまう「偏見(バイアス)」だ。だからベースレートは「外からの視点」で設定することが大事だとハッチさんは言った。「たとえば結婚式を見ながら、そのカップルの離婚の確率を考えるのは難しいでしょう?」

結婚式に出ると、目の前には幸せそうなカップルがいる。両親も友人たちも、いいひとたちばかりに見える。そんなふうに考えていったら、離婚の確率などほぼないような気がしてくる。だが「外からの視点」で考えてみると、米国では結婚経験者の4割ほどの人が離婚も経験していると言われているのだ。

では、こうしたやり方はどの程度、有効だったのか。前回2016年の米大統領選では、超予測者のグループは民主党のヒラリー・クリントン氏が勝つ確率を57%とみていたという。結果的にはトランプ氏が勝ったが、ヒラリー氏が勝つ確率が9割以上だとみていたメディアも多かったことに比べれば、かなり冷静な判断だったと言える。

2016年米大統領選の候補者討論会をパブリックビューイング会場で見る人々=2016年10月9日、米セントルイス、矢木隆晴撮影

このときのベースレートは、「オバマ氏のように2期務めた大統領の後、同じ党の候補者が勝つ確率」。つまり民主党候補が勝つ確率だった。実績からすると、わずか35%。当時、民主党有利との見方が多かったが、彼らの予測はかなり厳しいところからのスタートだった。これがクリントン氏の過大評価を避けることにつながった。

さらに偏見を避けるために超予測者たちが大事にしているのは、意見交換と、情報の細かな更新だ。

意見交換が重要なのは、自分がなにかをよく知っている、と考えることが誤りのもとだからだという。

ハッチさん自身は大学院時代にロシア政治を専攻。金融街で働いていたときも、ロシア関係の分析を手がけることがあった。ところがロシア関係の予測では、ほかの超予測者の方が成績がよいことも多かった。「自分は知っている、という思い込みが情報の見方をゆがめてしまう。柔軟に人の意見をきくことが、いい予測には必要でしょう」

■断定的な人ほど外れる?!

ハッチさんのような「超予測者」たちは、米国の社会心理学者フィリップ・テトロック・ペンシルベニア大教授(65)らが研究の中で見いだした。

話は2011年にさかのぼる。「北朝鮮をめぐる六カ国協議は再開するか」「ロシアの次の大統領は誰か」。そんな地政学的な予測のコンテストが米国で開かれた。主催したのは米インテリジェンス高等研究計画(IARPA)。中央情報局(CIA)、国家安全保障局(NSA)といった情報部門に役立つような研究を進めている機関だ。

4年をかけたコンテストで、テトロック教授らの研究グループは、数千人のボランティアに予測を立ててもらい、特に精度の高い予測をするトップ2%の人たちを選抜した。彼ら「超予測者」たちのチームは、機密情報にアクセスできるプロの情報分析官たちの成績をも上回ったという。

では、彼らの高い予測力は生まれつきなのか、あるいは訓練の結果なのか。テトロック教授は「両方だ」と言う。

ペンシルベニア大学のフィリップ・テトロック教授

たとえば「外からの視点」を使って出発点を考える訓練はできる。一方で、生まれつきの性格も大きい。みんな、謙虚で柔軟(open-minded)なのだという。

ただし、超予測者たちは謙虚で控えめである反面、リーダーシップなどには欠ける傾向にもあるという。「冷静にものごとを見る予測能力と、リーダーシップとを両方持っている人は、ほとんどいないのではないか」とテトロック教授は指摘する。

教授はもともと「専門家の政治予測」という20年以上にわたる長期研究を手がけてきた。

そもそも世の中で政治に関する「予測」の多くはあいまいだ。「ロシアが近いうちに動く」と言った場合、「近い」とはいつで「動く」というのはどういう意味なのか。グレーにしておけばしておくほど、後から説明はつけやすい。

そこであいまいさを排した予測の問いをつくり、期限も区切って専門家に答えてもらう調査を手がけた。その結果わかったことは、「よく知られた専門家ほど予測の精度が低い」ということだった。テレビなどで人気の専門家は、断定的に分かりやすく話す。論理もシンプルで一貫性を持っていることが多い。ところが、こうした人ほど、予測は当たっていない傾向にあった。人間は、分かりやすい説明を好む傾向にあるが、現実は複雑だ。一貫性をもって説明できないこともしょっちゅう起こっている。

「予測できることと、できないことを分けて考えた方がいい」。テトロック教授はそう言った。

まず、日の出の時刻のように確実に予測できる分野がある。多くは物理法則にもとづくものだ。さらに人口なども、予測しやすい部類に入るという。

一方でまったく予測できないできごとがある。コインの裏表のように、偶然に起こるできごとがそうだ。さらに、まったく知られていないできごとの予測もできない。小さなできごとが地球規模の変動につながる、そんな「バタフライ効果」が働くような現象での長期予測も不可能だ。

そして、完全に予測できることと予測できないことの間に、ある程度は予測できる分野があるという。超予測者が他人より得意なのは、こうした分野の予測だ。「コインが表が出やすいようにゆがんでいれば、表が出る確率は高いですよね。超予測者は現実を注意深く観察し、そうしたわずかな兆候にいち早く気づける人たちと言えるでしょう」

それでも、いまは不確実な時代だ。超予測者にとっても予測は難しくなっているのではないか?

テトロック教授はこう言った。「では12年前の金融危機の直前は不確実ではなかったでしょうか? 人間は悪いことを過大評価しがちで、それは実際に悪いことが起こるのを避けるための警告機能でもあります。でも私は、ひとは創造的で、前向きなほうがいいと思っている。だから『かつてないほど不確実』と言われると、いつも聞くんです。『あなたには、それがどうやって分かるの?』って」