1. HOME
  2. World Now
  3. ペンギンの住まいを守るため、人間の住宅地をまるごと移転させた大決断

ペンギンの住まいを守るため、人間の住宅地をまるごと移転させた大決断

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Penguins walk up from the shore at dusk on Phillip Island, Australia, July 10, 2019. An Australian state restored a habitat for the world's smallest penguins by removing every home from a coastal development. (Asanka Brendon Ratnayake/The New York Times)
豪フィリップ島で2019年7月10日、日暮れとともに海から上がって巣穴に向かうコガタペンギン=Asanka Brendon Ratnayake/©2019 The New York Times。「ペンギン・パレード」と呼ばれ、観光の目玉になっている

まるで、魔法のようだった。日が暮れ始めると、何千羽という小さなペンギンが、波打ち際から姿を現した。よちよち歩きの一群は砂浜を上り、いつもの道筋をたどってそれぞれの巣穴に向かった。

「ペンギン・パレード」だ。

豪南東部・ビクトリア州のフィリップ島では毎日、この光景が繰り広げられている。主役は、世界のペンギンの中で最も小さなコガタペンギン(成鳥でも背丈は平均13インチ〈約33センチ〉)。海での一日のエサ取りを終え、日没とともに巣に戻る習性がある。

Penguins walk up from the shore at dusk on Phillip Island, Australia, July 10, 2019. An Australian state restored a habitat for the world
日暮れとともに始まった「ペンギン・パレード」=2019年7月10日、Asanka Brendon Ratnayake/©2019 The New York Times。宅地開発の大波をかぶり、一時は1万2千羽まで減った生息数は、宅地をすべて買い取ってペンギンに戻すという地元州政府の決断で、今では3万1千羽が営巣するまでに復活した

1920年代には、観光客はたいまつの明かりのもとでこれを見守った。

しかし、豪第2の都市メルボルンの南約85マイル(136キロ)にあるこの島には、宅地開発の波が押し寄せた。ペンギンは、人間と長い時間をともに過ごさねばならなくなった。ほとんどは簡素な別荘だったが、車やペットと隣り合わせの環境が生まれ、飢えたキツネも出没した。

コガタペンギンは、急減した。そこで、州政府は非常手段に訴えた。宅地化された(訳注=島西端の)サマーランド半島の土地をすべて買い取り、ペンギンに戻すことを1985年に決めた。やり終えたのは、2010年のことだった。

ペンギンの世界は、見事に復活した。生息数は、80年代には1万2千羽ほどだったが、現在では約3万1千羽が営巣している。

Empty land that was cleared of homes and the stands, right, where visitors watch penguins in the evening at Summerland Beach on Phillip Island, Australia, July 20, 2019. An Australian state restored a habitat for the worldユs smallest penguins by removing every home from a coastal development. (Asanka Brendon Ratnayake/The New York Times)
サマーランド半島のかつての住宅団地からは、すべての建築物が消えた=2019年7月20日、Asanka Brendon Ratnayake/©2019 The New York Times。手前のビーチには、「ペンギン・パレード」の観覧用に築かれた二つのスタンドが見える

ここフィリップ島自然公園は、野生動物を見る観光地としては州内で最も人気が高く、18年には74万人が訪れている。19年7月には、この成功を象徴するビジターセンターがオープンした。総工費5800万ドル。人目を引く星形の建物で、営巣地を望む方角の壁はガラスでできている。

海に面した郊外型の住宅地が、野生動物のすみかに戻り、世界的に有名な観光スポットにもなったというこの半島の移り変わりは、行政の先見の明を示す数少ない例の一つだろう。それはまた、この国の観光がありのままの自然という資産をいかに必要としているかを物語り、自然環境の損失がどれほど経済的な脅威にもなるかということを映し出している。

「この事例を分析すると、短い間に下した難しい決断が、長い目では大きな実りを結ぶようになったことが分かる」。世界自然保護基金・豪州で関連分野を担当するレイチェル・ローリーは、こう語る。そして、「科学的にモデルを組み立て、それに基づいてすみやかに方針を決め、周知する――そんな信じられないような政策決定の実例となり、長期的には人間にも、自然にも利益をもたらした」と評価する。

フィリップ島は、メルボルンの南方に開かれたウェスタンポート湾の湾口に位置し、コガタペンギンの集団営巣地としては世界最大の規模を誇る(コガタペンギンは、豪南部の沿岸からニュージーランドにかけて分布している)。

サマーランド半島の土地の所有者たちは、コガタペンギンを保護するため、1930年代に約10エーカー(4万平方メートル余)を州に寄付した。50年代までには、見物客の流れを管理する必要もあり、パレード観察の主な舞台となる観覧スタンドがサマーランド・ビーチにできた。60年代には、ビジターセンターも開館した。

A ranger, right in red jacket, speaks to visitors on Phillip Island, Australia, July 11, 2019. An Australian state restored a habitat for the world
フィリップ島のサマーランド半島のビーチに設けられた観覧スタンドで、赤いジャケットを着た公園レンジャー(写真右奥)の説明に聞き入る観光客=2019年7月11日、Asanka Brendon Ratnayake/©2019 The New York Times。もうすぐ、コガタペンギンたちが海から現れる

州内の多くの人にとっては、パレードは子供のうちに一度は見ておくものという「儀式」にもなっていた(それは、今でも変わりない)。学校の遠足の行き先になり、家族でちょっと出かけるところでもあった。

一方で、息をのむような海の絶景は、開発業者にとっても魅力的だった。ペンギンの営巣地には、「サマーランド・エステート」と名付けられた団地が食い込んできた。190もの建築物(主に住宅)ができ、さらに数百軒もが建てられることになっていた。

これに、欧州からの移民が放って繁殖したキツネが加わり(今はもう駆除されている)、コガタペンギンの生息数は急速に減った。多いときには10カ所もあった島内の集団営巣地は、今でもまだ1カ所にとどまっている。

80年代の初頭には、このままでは営巣地が消滅してしまうという懸念が専門家の間で共有されるようになった。

「それほど、減り方が著しかった」とフィリップ島自然公園の研究部門を率いるピーター・ダンは振り返る。80年代の初めからこの公園に勤めており、サマーランドの土地の買い取りを州政府に決断させることになった研究論文を記した一人でもある。

85年のその決断は、今でも強いインパクトをダンに残している。環境と野生生物の保護のために、開発された団地を一つの行政機関がそっくり買い取ることにした世界で唯一の例と見られているからだ。

Research technical officer Paula Wasiak, left, places her microchip scanning device inside a burrow to scan a penguin during a burrow monitoring session at Phillip Island, Australia, July 10, 2019. An Australian state restored a habitat for the world
フィリップ島のコガタペンギンの巣穴で、ペンギンに埋め込んだマイクロチップを読み取る自然公園の担当者=2019年7月10日、Asanka Brendon Ratnayake/©2019 The New York Times。健康状態や移動範囲を調べている

その功績の多くは、当時の州の自然保護担当相ジョアン・カーナーに帰するとダンは考えている(後の州政府首相、15年没)。

「彼女は島にやってきて、現場をめぐった。どういう状態になっているのか、私が説明した」とダンは話す。「その上で、これこそが正しい解決策だと州政府を説得してくれた。カーナーでなければ、私のいうことが聞き入れられることはなかっただろう」

85年までは、それ以上の開発をやめさせ、まだ手が着けられていない土地を買う措置を州政府はとっていた。しかし、サマーランド・エステートそのものを消滅させるという発想に、住民は驚愕(きょうがく)した。

爆弾を落とされたような衝撃が走った。同時に「すごい悲しみに包まれた」とかつての住民の一人、ジーン・バーウェーは、18年に公共放送・オーストラリア放送協会の番組で語っている。今でも、当時の住まいの跡地を訪れる気にはなれないという。

州政府は、買い戻しの資金として、当初は700万ドル(現在の価値に換算して1700万ドル相当)を用意した。しかし、金がからむ問題だけにすんなりとは進まず、完了は当初の計画より10年も遅れた。

おかげで住民の一部は、愛着のある住まいで過ごす時間を稼ぐことができた。といっても、新築はもちろん、改築すらままならず、中ぶらりんの状態が長引くことにもなった。

自然公園のダンにも、その心痛はよく分かった。自身もこの団地に家を借りて住んでいたことがあり、「共感すら覚えた」という。「みんなここで、数え切れないほど何度もクリスマスを迎え、休みを過ごし、世代を超えた家族の思い出を培ったのだから」

それでも、大きな視点では、自分はやはりペンギンとともにあるといわざるをえない。

新しいビジターセンターは、古いセンターの駐車場の敷地にできた。砂丘と岬の先端と湿地の中間地帯にあり、営巣には向かないところだ。収容能力も、はるかに大きくなった。二つのレストランの他に、催し物のスペースや会議室もいくつか備わっている。

A new visitor center on Phillip Island, Australia, July 19, 2019. An Australian state restored a habitat for the world
2019年7月にフィリップ島にオープンした新しいビジターセンター=2019年7月19日、Asanka Brendon Ratnayake/©2019 The New York Times。古いセンターは、間もなく取り壊しが始まり、やがて格好の営巣地に生まれ変わる。1400羽がすむのに十分の広さがある

サマーランド・エステートの最後の家を州政府が買い取り、取り除いてから、19年8月で9年が過ぎた。

そして、最後の取り壊しが、間もなく始まる。

古いセンターと付随施設がなくなり、生息に最も適した土地に生まれ変わるようになる。

ほぼ15エーカー。コガタペンギン約1400羽がすむのに十分な広さだ。(抄訳)

(Besha Rodell)©2019 The New York Times

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから