まず、「肉ではない肉のバーガー」ができた。すぐに「魚ではない魚」が続くかもしれない。
「インポッシブル・ワッパー」といえば、米ファストフード大手バーガーキングの食肉を使っていないハンバーガーだ。商品名は、肉の代わりになっている人工肉の開発元、カリフォルニア州のインポッシブル・フーズ社に由来する。
その食品テクノロジー企業が、今度は人工的な魚の肉作りに乗り出している。
植物をもとにした「シーフード」や、細胞から作る研究室育ちの「魚」で本物を置き換えられないか――そんな開発へのせめぎ合いは、すでに始まっており、新たな参入で事業化への流れがさらに加速しそうだ。
今のところ、インポッシブル社の開発の焦点は、魚の風味を生化学的にどう作り出すかにある。最高経営責任者(CEO)のパット・ブラウンによると、人工肉を作る際に用いるヘムという化合物を活用することで可能になる。すでに2019年6月には、植物からアンチョビ風味の煮汁を作ることに成功。現在124人の研究開発チームは、20年末までに約200人に増強される予定だ。
「煮汁はパエリア用だったが、シーザードレッシングなどにも利用できる」とブラウンはいう。
この「魚ではない魚」の開発プロジェクトは、壮大な企業目標の一部でもある。2035年までに、市場のあらゆる動物性の食材に代わるおいしい人工食材を考え出すという構想だ。達成できるのかどうか。科学の視点からも、資金という財政上の観点からも、まだ見通すことはできない。ただ、開発に成功した「植物由来の牛肉(訳注=以下、植物肉)」の作り方を応用すれば、新たなたんぱく源をモデル化できるとブラウンは確信している。
もっとも、こうしてできた魚もどきが、植物肉バーガーを食べる人も含めて、広く消費者に受け入れられるかどうかははっきりしない。
人工的な牛肉製品がうまくいったのは、「フレキシタリアン」の存在に負うところがある。肉食を減らしたいが、完全な菜食主義者にはならず、地球を救うための食生活を貫くというほどの信念を必ずしも持ち合わせていない人たちだ。業界の専門筋によると、フレキシタリアンが植物肉に引かれるのは、地球の温暖化要因を減らすというよりは、健康によいという考えの方が強い。
「かなりの人は、肉を食べるとがんのリスクが増えると単純に思っている」と市場調査会社ユーロモニター・インターナショナル(訳注=本部ロンドン)で関連分野を分析しているトム・リースは話す。「魚の場合は、これに相当するものがない」
植物由来の魚(訳注=以下、植物魚)の支持派は、環境保全の上で喫緊の課題だと訴える。世界では、数十億人が魚介類を主なたんぱく源としている。にもかかわらず、乱獲が大きな要因となり、海の魚の資源は9割も失われてしまった(世界経済フォーラム調べ)。
「水産業界は、海洋を露天掘りでもするかのように荒らし、水の世界の生態系を破壊してしまった。これと比べれば、アマゾンの熱帯雨林の収奪なんてささいなこと」と魚・肉類の代替食物の必要性を唱える米の非営利団体「グッド・フード・インスティテュート」を運営するブルース・フリードリックは手厳しい。
水産資源の枯渇についてはインポッシブル社のブラウンも、「メルトダウンが進んでいるようなもの」と例え、これを止めようとする政治的な意志も見られないと批判する。戦略的な対応として魚の養殖が広く行われてはいるが、水質汚染など固有の環境問題を引き起こしている。
「環境への影響ということで、対策の緊急性を考えれば、魚には牛に次ぐ重要性があり、他の動物がこれに続く」とブラウンは自分が見立てる優先順位を説明する。
これには、米水産業の業界団体「シーフード・ハーベスターズ・オブ・アメリカ」の専務理事リー・ハベッガーが反論する。
「この国の水産業の持続可能性については、各社の努力で大幅な進歩があった」とした上で、「米国産の天然の海産物を食べることには、何の問題も付随しない」と強調する。「そればかりか、地元でとれた海の幸を買うことは、沿岸の地域社会と小規模事業者を助けることになる。もちろん、食材としては、健康面でも、持続可能性という面でも、何ら問題はない」
それでも、「魚ではない魚」の開発に携わるのは、インポッシブル社だけではない。グッド・キャッチ(訳注=現在はギャザード・フーズ社のブランド)も、植物性の食材に特化しており、最近、植物ツナの商品シリーズを新たに売り出した。高級スーパーのホールフーズで買い求めることができる。
最初の商品が届き始めたのは、18年の暮れだった。開発を指揮したCEOのクリス・カーは、妻とともに3週間も大はしゃぎをして完成を祝った。
「連日、とろけるチーズ入りのツナサンドを食べまくった」とカーは振り返る。「本当に、夢のようだった」
カーによると、グッド・キャッチのツナは、ひよこ豆の粉や平豆から作ったたんぱく質など六つの植物素材でできている。売る相手も、菜食主義者や完全菜食主義者といった比較的限られた人たちだけではなく、あらゆる客層を想定している。その方が、自分たちのコンセプトを実証するのにもよいからだ。
「海洋の持続可能性の確保に早急に取り組むこと自体は評価する」とビヨンド・ミート社はコメントする。植物肉の開発では、インポッシブル社のライバルとなってきた。
では、ビヨンド社も植物魚の世界に進出するかといえば、少なくとも近い将来はなさそうだ。「新商品の開発は、ビーフ、チキン、ポークという今の三つの中核分野に集中させておきたい」とCEOのイーサン・ブラウンは明言する。「手を広げすぎるのはやめた方がよいから」
海産物にとって代わる持続可能な代替品を開発している企業のすべてが、植物由来のものを目指しているわけではない。
サンフランシスコのワイルド・タイプ社。共同創業者のアリエ・エルフェンベインとジャスティン・コルベックは、細胞培養のテクノロジーを駆使して研究室でサケの肉を育てている。植物由来の製作方法を、あれこれ検討する必要がないのが利点だ。
「植物由来では、本物と同じ食感を生み出そうとしても限界がある。研究室で育ったサケなら、その食感をすでに組み込んでいる。あとは細胞に任せればよい。一部は筋肉繊維に、一部は脂肪組織となり、全体として『肉』と呼ばれるものになる」とエルフェンベインは、研究室で育てる理由を説明する。
ワイルド社は19年6月、オレゴン州ポートランドのレストランで試食会を開いた。ハワイ風の切り身やマリネのセビーチェ・ベルデ、巻きずし。研究室で育った培養サケの料理が、次から次へと出てきた。
それでも、ワイルド社は、資金面でも科学技術の面でも、まだ大きな課題を抱えている。技術的な複雑さを理由に、エルフェンベインもコルベックも、商業生産に移行できる時期を明らかにしようとはしなかった。現在は、生産規模も比較的小さい。試食会で出したサケの肉を1ポンド(約453グラム)作るのに、3週間半もかかっている。
「量産化が問題だ」とカリフォルニア大学バークリー校の専門家リカルド・サンマルティンは指摘する。そして、「生物が気の遠くなるような歳月をかけて歩んできた進化の世界と向き合うのだから、こちらもより謙虚になる必要がある」と付け加える。
少しでも早く植物魚を手に入れようと消費者が騒いでいるわけではないことは、インポッシブル社のブラウンも承知している。それでも、本物の魚と同じような味と食感がする植物魚を自分たちが世に出せば、事態は大きく変わると見ている。
「成功する道は、ただ一つ。これまで乱獲されてきた魚よりおいしい植物魚を作り出すことだ」
そして。こう続けた。「消費者が牛肉ではない牛肉の味を知るようになるまでは、植物肉バーガーをほしいなんて声も聞かれなかったのだから」(抄訳)
(David Yaffe-Bellany)©2019 The New York Times
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