星空を見下ろす大都会
――早速ですが、都内でお気に入りの場所を教えて下さい。
本国から来賓を迎える時にいつも案内する特別な場所が、六本木ヒルズ51階にある会員制クラブ「六本木ヒルズクラブ」です。その中のレストラン「天川」でひとときを過ごします。
地上220メートル。夜は星空を見上げるのではなく、見下ろして見えます。大都会の夜景に驚いてもらうのです。街が脈々と続く日本の広大さも感じられます。着いた日に案内すると、素晴らしい第一印象が長続きします。
景色とともに味わうのは鉄板焼きのフルコースです。海鮮、エビ、野菜、そして和牛のステーキをウェルダンで焼くのが好みです。シェフが目の前で調理するスタイルは見慣れませんが、何をいただくか自分の目で確かめられるのは良いですね。
クラクションの聞こえない大都会
――外交官としては、欧州での勤務が長かったのですね。
過去25年の外交官のキャリアでは、主に欧州を担当し、ウィーンとパリ、ブリュッセルなどを往復する日々でした。しかし「地球は広いのに、視野が狭いのではないか」と感じていました。3年ほど前、「人生を変えてみたい、地球を反対側から見てみよう」と思ったのがきっかけで、日本に来ることになりました。今は毎日「あの決断は正しかった」と再確認する日々です。
――以前の日本のイメージは?
2つありました。一つは、千年以上の歴史と伝統を持っている国。文化に惹かれていました。大学時代に実は空手をやっていたこともあります。もう一つは、1960~70年代に発展した産業国家のイメージ。自動車、カメラ、バイクに魅せられました。
――日本に来て発見した魅力は?
日本は「清潔で安全」が一般的な常識ではありますが、ウィーンも同じ特徴があります。しかし、中央ヨーロッパから来ると、川崎、横浜、東京といった都市の巨大さに驚きます。それでいて交通渋滞があまりない。
また、東京の交通に感銘を受けています。切符を買うことなく、磁気カードでスムーズに移動ができます。スマートフォンのアプリを持って出れば、時刻表で事前に時刻を調べなくても大丈夫。定刻どおりに頻繁に電車が来ます。
屋台でも安心して食事ができるのも、清潔で治安がよい日本ならではだと感じます。浅草の屋台ではお好み焼きも食べました。
――休日はどのように過ごしますか。
日光、箱根などに「日帰り遠足」をしています。在任中に、各都道府県の都市に行きたいと思っています。日本全国を知ろうと、金沢や富山、奈良など数多くの都市をめぐりました。ただやはり、大使館周辺が落ち着きますね。
東京は平野に人口が密集しているのが特徴ですが、来て早々、実に環境がよいと気付きました。次第に範囲を広げて東京をあちこち見て回りましたが、大使館のあるここ麻布十番がいちばん居心地がいい。2分も歩けば麻布、六本木という繁華街がありますが、物静かな環境で、クラクションもいまだに聞こえません。
クリムトも影響を受けたジャポニズム
――今年は日本とオーストリアの友好150周年です。
2月15~17日のクルツ首相の来日を皮切りに、濃厚な1年の幕が開けました。2月17日には全日空のウィーンへの直行便が就航し、帰国する首相が第1号の乗客として搭乗しました。
4月23日からは、19世紀末に活躍した、わが国を代表する画家・クリムトの特別展「クリムト展 ウィーンと日本1900」(朝日新聞社主催、オーストリア大使館後援)が開かれます。ジャポニズム(日本趣味)が投影された作品や、クリムトが影響を受けた日本の美術品も紹介します。作品から、両国の交流を知っていただければうれしいです。
――クリムトの絵画は日本文化に影響を受けていたのですか?
1873年にウィーンで万国博覧会が開かれ、日本も初めて参加しました。当時のヨーロッパの国民は、日本の工芸品に魅力を感じました。そこで出展されたものが中央ヨーロッパに影響を与え、ジャポニズムやアールヌーボーといった潮流を生み出しました。
――直行便が就航しましたが、ウィーンから日本への訪問者は多いのですか?
年間2万人以上が日本に来ています。人口比で言えば、日本からオーストリアへ行くのとほぼ同じ割合です。ただ、日本からの観光客は多くがウィーン止まりになっています。休暇の日数は限られているとはいえ、他の都市に目を向ける機会がないのは少し残念です。
――では、ウィーン以外にお勧めの場所は?
モーツァルトが住んでいたことで知られるザルツブルクの歴史的な町並みや、私の出身地、チロルの山も見て頂きたい。つややかな牧草地と山脈、まさしく映画「サウンド・オブ・ミュージック」の世界です。
――オーストリアは難民問題で大きく揺れ動いている国の一つです。この問題をどう捉え、安定させていこうと思っていますか。
2015年に、膨大な数の難民がオーストリアに押し寄せ、10カ月で10万人の難民を受け入れました。日本の人口比でいけば150万人に相当します。想像してください。この人数を人道的に支援しないといけない。最終的に歯止めがきかないような事態を招いてしまいました。
そこで2つの戦略を打ち出しました。一つは流入の制限。そして入国した難民には、よりよい条件で社会に統合させるため、住居、仕事、健康保険を提供しました。難しい作業ではありましたが、2年前に比べると状況は改善されたと考えています。
多くの日本人がウィーンを訪れていますが、危険な目に遭ったという報告はありません。大勢の難民が街頭でデモをするような状況でもありません。警察も日本と同じレベルの安全を保障しています。ぜひ安心してオーストリアを訪れていただきたいと思います。
<六本木ヒルズクラブ>六本木ヒルズ森タワー51階に入る会員制クラブ。9つのレストランとバーと2つの宴会場があり、各店内から東京の眺望を楽しむことができる。内装は英国の建築設計事務所・コンラン&パートナーズが手がけた。
<オーストリア大使館>所在地は東京都港区元麻布1丁目。大使公邸は大名屋敷があった場所に位置し、現在の建物は世界的建築家の槇文彦が設計した。公邸の家具などは19世紀後半に西洋で起こった世紀末様式で整えられている。