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モーターショーは死んだ?

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
パリモーターショーに展示されたベトナム初の国産車 VinFastのブース=2018年10月3日、Dmitry Kostyukov/©2018 The New York Times

2018年10月のパリモーターショー。新車シーズンの開幕を告げる国際自動車展示会だけあって、集まった大勢の報道陣は、これぞという特別な車探しに必死だった。

このメディアスクラムの中で記者たちを興奮させたのは、つかの間ではあったが、VinFast(ビンファスト)の展示ブースだった。ごくありふれたSUV(スポーツ用多目的車)だが、ベトナム初の国産車だった(ビンファストにはセダンもある)。魅力的な衣装をまとったミス・ベトナムが、伝統衣装のダンサーらと一緒に会場を盛り上げていた。

その向こうのブースでは、けたたましい音楽が鳴り響く中、少人数ながら熱狂的なファンが、フェラーリの深紅の「488ピスタ」に見入っていた。710馬力、基本価格35万ドル(1ドル=113円換算で約4千万円)である。

18年のモーターショーはそんな状況なのだ。ベトナムの新興企業がメディアの称賛を集め、フェラーリは出展したけれど、フォードやフィアット、ボルボやフォルクスワーゲンといったメーカーは出展すらしなかった。

「モーターショーは死んだ」。フォルクスワーゲンのグローバルチェアマン、ヘルベルト・ディースが18年夏、英国で開かれたモータースポーツのイベントGoodwood Festival of Speed(グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード)に出席した際、口にした大胆な宣告だった。オーストラリアの雑誌Motoring.com(モーターリング・コム)に語った言葉だった。彼は「(モーターショーは)1960年代の産物であって、もはや今日的な意味はなくなった」と述べるとともに、「我々が何を求め、買い手が何を欲しているか。モーターショーはもはやそれに応えなくなっている」とも語った。

おそらくディースは、広々とした野原に最新の車を展示し、コンサートがありシャンパンもある楽しい雰囲気の中で、参加者も試乗や試運転ができる、そんなグッドウッドと対比して、従来のモーターショーを批判したのだろう。

グッドウッドは、大きな洞窟みたいなコンベンションセンターで開かれる従来の各モーターショーとは確かに大違いだ。モーターショーの方は、舞台をカリフォルニアに移し、11月末から2018ロサンゼルスオートショーが開幕した。だが、マツダ、ミニ、ホンダ、ジープ、ポルシェといった有名ブランドは同28日からの報道陣向けの公開前でも、展示する新車に関する主要情報を流した。

そうして会場で注目を集めたのは、ボルボの展示ブースだった。そこには1台の車も展示されていなかった。「いまや従来とは異なったことを異なる方法で実行する時だ。今回は、その試行だ」。ボルボの重役マルティン・レベンスタムは報道陣にそう説明した。ボルボは新車に代えて、パートナー会社のLuminar(ルミナ―、米国)と共に、自動運転車用の最新センサー技術「LiDAR」を展示した。レーザー光線を使って車の周辺を認知し、自動運転を補助する技術の最新型だ。

これまで毎年1月に開催されてきた米デトロイトのモーターショーは伝統からの脱却を目指している。開催時期を20年から6月に変え、潜在的な購入者を引き付けようと展示会場を野外に移し、新車をゆっくり眺めてもらいながら試乗もできるようにしたい、と期している。

19年1月のデトロイトに出展しないと申し出ているブランドは、18年11月末現在でも恐ろしいほどの数にのぼっている。ボルボ、BMW、アウディ、それにメルセデスベンツまで不参加を明言している。無論、こうしたブランドメーカーの多くは競合する新車を偵察しにデトロイトに出向くが……。

パリモーターショーで展示されたBMW=2018年10月3日、Dmitry Kostyukov/©2018 The New York Times

トップレベルのモーターショーには数千にのぼるメディアが参集する。メディアの関心を引くには、新車の出展が不可欠だった。だが、そんな時代は過ぎ去った。

アウディの広報担当マルク・ダンケは「モーターショーであっても独自の発表ができないようなら、我々は出展しない」と言った。
「独自の発表」というのは、彼がよく話す「リズムを作り出す(launch cadence)」という選択肢を指している。アウディはジャーナリストたちを一つのイベントに集め、1日ないし2日間、新車と過ごしてもらう。その方がメディアの関心が高まり効果的だ、というのだ。アウディは最近、1200人の自動車担当記者をサンフランシスコに集め、電気自動車(EV)のSUV「E―tron」を発表した。

ダンケはモーターショーの現状について、「重大な発表であっても、メディアはその重大さを十分に理解するだけの余裕がない」と言った。「(記者たちは)1日に10や15ものブランドを取材する。そうすると、もっと複雑かつ重大なトピックの取材はできなくなる」と。

メーカーの中には、モーターショーへの投資と見返りが合わなくなっているところもある。モーターショーの中心は新車の展示と記者会見だが、付随する照明や音楽、軽食や飲み物のサービスや装飾などを含めると50万ドル(同5650万円)、あるいはそれ以上の費用がかかる。

資金は他のところにも集中的につぎ込まれる。フェイスブックやYouTube、インスタグラムを通じて消費者をつかむ。それには、狙いを絞ったメッセージと高解像度の映像、カット写真をつくり出さねばならない。

デジタル化は、従来の商戦を根底から変えている。実際、BMWは17年、最先端テクノロジーを駆使した「M5」をElectronic Arts(エレクトロニックアーツ、米大手ビデオゲーム会社)のビデオゲームで発表した(なお、BMWは18年10月のパリモーターショーで新型「3シリーズ セダン」を発表した)。

フォルクスワーゲンのディースは「モーターショーは死んだ」と宣告したが、モーターショーが見捨てられる風潮の中で、少なくとも米国では一つの例外がある。それこそフォルクスワーゲンだ。

「モーターショーには多くの参加者が訪れる。だから車が売れる」と言ったのはフォルクスワーゲンの販売広報担当、グレッグ・ルシアだった。彼は「モーターショーは、購買意欲のある消費者に、我々の車を見てもらうための基本的な手段だ」と断言した。

フォルクスワーゲン・アメリカの広報担当マーク・ギリースも「我々は米国内ではまだ弱小ブランドに過ぎないが、モーターショーには多くのメディアが集まる。ゼネラルモーターズ(GM)やトヨタはモーターショー以外にさまざまなところで展示できるが、2%プレーヤー(新車販売シェアが2%のメーカー)には、そんなことはできない」とモーターショーの重要性を語った。

ディースの大胆な宣告は、自動車産業界の多くの幹部には耳障りだ。主だったモーターショーは、パリないしフランクフルトで毎年秋に開幕し、春に開かれるジュネーブやニューヨークまで各地で展開する。こうしたモーターショーこそが消費者をショールームに引き付ける大元になっている、と彼らは言う。

「我々のモーターショーを見に来る人の約68%は、新車購入の決め手を見定めようとしている。それこそ投資効果の出発点なのだ」。18年10月のパリモーターショーを訪れた大ニューヨーク自動車販売協会会長のマーク・シャインバーグは言った。同協会は毎春、ニューヨーク国際オートショーを組織運営している。

シャインバーグは言った。「メーカーにとって問題なのは、記者会見の時間がわずか20分しかないことだ。彼らはもっと説明する時間が欲しい。それは分かっている。だが、我々が彼らに強調しているのは、ショーで何かをなせ、なぜなら会場以外で別のことをしたところで6800人もの記者を集めるなんてできないのだから、と」(抄訳)

(Stephen Williams)©2018 The New York Times

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