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中国「小皇帝」の大学進学と過保護な親たち

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
中国の天津大学で、新入生の子どもたちの世話をする親たち。学内には親たちのために無料の「愛のテント」が提供されている=2018年9月5日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times

ヤン・チョーユイ(18)は今秋から始まる新学期に向け、新入生にとっての必需品をそろえて天津大学に着いた。冬用のコート、辞書、靴4足、歯磨き粉などだ。
彼が入る学生寮から数百メートル離れた体育館には特設のテントが並び、その一つの色鮮やかな青いテントに彼の言うことなら何でも聞いてくれる母親が陣取る。いつでも息子に即席めんを届けられるし、せっけんがほしければ買ってあげ、寮の床を拭きにも行ける。

「母がそこにいると、安心する」とヤンは言う。ここ天津市へ、1120キロ以上離れた中国中部の町から来た。「これまで、郷里から出たことがなかった」とヤン。
彼の母親で農民のティン・ホンイエンは、この9月、大学生活を始める子どもの世話をするためにテント暮らしをしている。そうした親たちが1千人以上もいる。

親たちは、ヒマワリのたね(訳注=おやつなどとして食べる)を手土産に、トイレットペーパーを詰めたハローキティのバックパックでやって来て、なんだかんだと求められてもいない事柄にも口出しする。蒸しギョーザの値段は1.5ドル程度なら悪くないとか、最もカネになる専攻は何か(工学系が好まれる)とか、デートはどうすべきか(勉強している期間は避けるのがベスト)といった類いのことだ。 北京から南東へ約2時間の距離に位置する天津大学は、2012年以来、新入生に付き添ってくる親たちが無料で利用できる「愛のテント」を提供している。経済的に余裕のない親の負担を軽減するためである。

新入生の子どもたちの世話をする親たちのために学内に用意された「愛のテント」=中国・天津大学、2018年9月5日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times

この現象は中国各地でいくつかの大学にも広まったが、それは一人っ子政策世代の子どもに対する親の甘やかし過ぎか否かをめぐる論争にも火をつけた。一人っ子政策は1979年に導入され、2015年まで続けられた。

すさまじい貧困と1960年代から70年代にかけての文化大革命による混乱をくぐってきた年配の世代は、遠路はるばる子どもに付き添ってテント暮らしをする親たちを非難し、苦労知らずの子どもを育てたとなじる。そうした子どもたちは「小皇帝」と嘲笑されている。一方、経済ブームの中で育った若い世代は、自分たちは自立していると断言する。

「自分のことは自分でできるようにする」とヤン。「何にも心配はない」と言い添えた。愛のテントをめぐる論争はインターネット上でも展開されてきた。そこには、中国社会の急激な変化や、これまでなじみが薄かった大学生活のさまざまな慣行などが反映されている。

学内に設けられた「愛のテント」に寝泊まりする親たち=中国・天津市の天津大学、2018年9月5日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times

今日の中国では、家族の中で大学教育を受けるのは自分が最初という若者が多い。政府は近年、新たに大学を数百校開設。学生総数は昨年時点で3780万人に達した。2010年から20%以上も増えている。

天津大学の場合、親たちは、遠くに子どもをひとりで送り出すことを心配しつつも、かといって大都市で寝泊まりする経済的余裕がないため、大学体育館でのテント暮らしを申し込んだというのだ。そうした親の多くは農村部から出てきた人たちで、農業や教師、建設労働といった仕事をしている。

この天津大学は1万7千人超の学部生を抱え、中国で最も古い大学の一つだ。渤海に臨む天津市は、高層ビルが立ち並び、19世紀末から20世紀初めにかけてここを支配した外国勢力が建てた教会や邸宅が点在する国際都市である。

中国東部の江蘇省で幼稚園の運営に携わるチー・ホンユイが、その天津にわざわざ足を運んだのは娘のことを誇りに思っているからだ。その娘が入る大学を見てみたかったとも言っていた。「彼女は、私の夢をかなえようとしている」とチー。

農場で働きながら育ったチーに言わせれば、娘も娘の同級生たちも以前の世代よりずっと快適な暮らしを送ってきた。だがチーは、娘たちには家から遠く離れた場所で、もっと自立した生活を営んでほしいと願っている。

「娘たちは温室育ちだ」とチー。「リアルな生活のことをまったく知らない。いつも勉強ばかりしてきた」と彼は付け加えた。

テントが並ぶ体育館では中国各地の言葉が飛び交い、それが混じり合って不協和音を奏でる。多くの親たちが意思の疎通に苦闘していた。 それぞれが寝る準備をしながら、お互いに、朝食はどこでとるのが一番いいか、子どもたちの寝具を安く買えるのはどこかといった話をしていた。子どもの入試の成績の比べっこや、将来稼ぎのいい仕事に就かせるには、どう励ませばいいかなども話題にしていた。

中国の地方から来た英語教師のヤン・ルーピン(左)と娘のルー・イーフオ=中国・天津市の天津大学、2018年9月5日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times。娘は「天から授かった贈り物」という

中国の田舎から来た英語教師のヤン・ルーピンは、彼女の娘に、もう大学生なのだから自分で洗濯ができるようになりなさいと念押ししていた。娘のルー・イーフオは「もう自分でできる」と母の言葉をさえぎった。 自らを「タイガー・マム(tiger mom=厳しい教育ママ)」と呼ぶヤンは、娘をいい大学に進学させるために何年も働いてきたのだという。娘が幼かったころ、もっと勉強させようと、バービー人形を買い与えたこともある。寄宿制の学校に入れ、毎週末、娘が持ち帰る洗濯物を洗ってやっていた。

ヤンは娘のことを「天から授かった贈り物だ」と形容した。娘には家族の支援を得て大学生活が始まるという感覚を持ってもらうことが大事、と彼女は言う。
「私は、娘が安全で幸せでいられるよう寄り添っていたい」とヤン。「私はいつも娘に、もう一度生まれかわっても、また母と娘でいたいと話している」(抄訳)

(Javier C. Hernandez)©2018 The New York Times

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