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「マイクロ波」という見えない兵器 外交官の不調と関係は

ニューヨークタイムズ 世界の話題
米外交官らが聴覚障害などを訴えた中国・広州にある米総領事館=2018年6月6日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times
米外交官らが聴覚障害などを訴えた中国・広州にある米総領事館=2018年6月6日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times

冷戦の時代、米政府はソ連(当時)がマインドコントロールを仕掛ける秘密兵器にマイクロ波を転用しているのではないかと懸念していた。

その後、米軍は自ら「マイクロ波兵器」の開発に手を付けた。目には見えないビーム照射で苦痛を起こす大音響を発生させたり、人間の頭の中に直接話しかけたりする。目的は相手の攻撃能力をそぎ、心理戦を展開するためだった。

時を経て今日、この非通常兵器が、医師や科学者たちの関心を集めている。2016年末からキューバや中国で、米外交官やその家族に原因不明の病気が相次いだ。それを引き起こしたのはマイクロ波兵器ではないか、との意見が出ているのだ。

キューバで聴覚障害などを訴えた米外交官21人を検査した医療チームは、18年3月に発行された米医師会の総合医学誌JAMAで詳しい報告書を発表した。だがマイクロ波への言及はなかった。しかし、報告書の主執筆者でペンシルベニア大学脳損傷治療センター所長のダグラス・スミスは、最近のインタビューで発症の主因はマイクロ波によるものとみられる、と語った。同時に、外交官たちは脳損傷を起こしていたとの見方が医療チーム内でも強まっている、と明かした。

外交官が感じたトラウマ(心的外傷)について、スミスは「最初はチームの誰もが少し疑っていた」と言った。

だが、今や何人かの専門家は、耐え難い音響、苦しさ、トラウマといった症例事案は、音響攻撃やウイルス感染などよりマイクロ波による被害とする方がずっと説明しやすい、と主張する。

とりわけ多くの分析医が引用するのが、米科学者アラン・フレイにちなんでつけられた「フレイ効果」という異常現象だ。ずいぶん前の話だが、彼はマイクロ波が人間の脳に幻聴を引き起こすことができる、と気づいた。つまり脳をだまして通常音と同じように認識させる。

この偽の聴覚現象は、今回の外交官の聴覚障害事件――キーンという耳鳴りやブンブンと鳴り響いたり、ぎしぎしきしんだ音がしたりする騒々しい音が聞こえた――の主原因でありうると専門家は話している。専門家は最初、こうした症状は音響兵器(sonic weapon)でひそかに攻撃された証拠だと言っていた。
政府に協力しているエリート科学者だけの内輪のグループJASONのメンバーたちは、国家安全保障への新たな脅威とみている。そのうえで、外交官たちの謎の聴覚障害を詳しく調べ、マイクロ波を含めてあらゆる可能性を追求している、と話している。

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ハバナの米大使館=2015年、Meridith Kohut/©2018 The New York Times

マイクロ波に関して国務省に問い合わせると、調査はまだ原因や加害手段の特定には至っていないという。連邦捜査局(FBI)は調査状況や原因についてのコメントを拒否した。

マイクロ波説には不可解な問題がいっぱいある。

誰がマイクロ波ビームを照射したのか?ロシア政府か?キューバ政府か?それともキューバの親ロシア派のならず者組織か?

だとしたら、連中はどこからこの非通常兵器を手に入れたのか?

マイクロ波は現代社会の日常生活のいたるところに存在する。短波レーダー、食品の加熱、メッセージの伝達、アンテナ塔とつながる携帯電話。これらはいずれも明かりやX線と同じスペクトルを行き交う電磁波の放射だ。ただ波長が違うだけなのだ。

ラジオ放送では1マイル(約1・6キロ)かそれ以上の波長が使えるが、マイクロ波の波長はおおむね約1フィート(約30・5センチ)から1インチ(約2・5センチ)まで幅がある。電子レンジで食品を加熱するといった日常での使用には害がないとみられている。しかし、マイクロ波のように波長が短いと、パラボラアンテナがバラバラの電磁波を集束するように焦点照射ができる。

人間の頭部はマイクロ波信号を受信するのに都合よくできている、と科学者たちは言う。

生物学者のフレイは、1960年に偶然その音響効果に気づいたと語っている。ソ連もマイクロ波の音響効果に気づいた。その脅威は表面化しないまま、国際的に広まっていった。

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メリーランド州ポトマックで暮らすアラン・フレイ=2018年8月9日、Alex Wroblewski/©2018 The New York Times

米国防情報局(DIA)は76年、ソ連が「内部音響知覚(internal sound perception)」に関してマイクロ波の研究をしていると指摘。これは「軍人や外交官の行動パターンを攪乱(かくらん)させるうえでとんでもない効果を発揮する」と警告した。しかし、その一方で米政府も新たな兵器開発を見越していた。米空軍の科学者たちはニューメキシコ州アルバカーキで、マイクロ波を使って敵対する人間の脳内に分かりやすい言葉で話しかける「兵器」を探っていたのだった。

人間の脳を弱体化させたり、脳内に騒音をまき散らしたり、殺人すら可能なマイクロ波兵器の製造方法は、ロシア、中国、それに多くの欧州諸国もすでに持っているとみられる。専門家によると、先進技術を使えば人間の脳内にビームを照射しながら話しかけるといった細工すらできるようだ。こうした不気味な兵器をどの国が保有し、使用しているのか。それを知っているのは諜報(ちょうほう)機関だけだ。

初歩的なマイクロ波兵器は、一見パラボラアンテナのようなもので、手で持ち歩くのも、トラックや車、あるいはボートやヘリコプターに収容するのも、理論的には可能だ。しかも、2部屋ないし3部屋離れた所、あるいは数ブロック先、と比較的短い距離で照射できるといわれる。これが高出力のマイクロ波兵器になると、数マイル離れた目標にも照射できるようだ。

ハバナの米大使館で起きた不可思議な事件については、2018年1月に上院公聴会が公開された。だが、マイクロ波による衝撃にはまったく触れなかった。しかし、同月に出された学術論文では、フレイ効果の調査では第一人者のイリノイ大学のジェームス・リンが、外交官の聴覚障害などはマイクロ波ビームによって引き起こされたと考える方が分かりやすい、と記していた。

論文の中で、リンは高強度のマイクロ波ビームが外交官の脳内に騒音を起こしただけでなく、吐き気や頭痛、めまい、同時におそらく脳組織の損傷まで引き起こしたのではないか、と述べている。マイクロ波ビームは「狙ったターゲットだけ」を極秘に照射でき得る、とも記している。

同年2月には、プロパブリカ(ProPublica、調査報道NPO)が詳細な報告書を出し、連邦捜査員がマイクロ波説に重点を置いていると明かした。また、それとは別に、ある興味深い事実に触れている。大使館員の妻が騒音を聞いた直後に自宅の外をのぞくと、一台のバン型車が猛スピードで走り去ったのを目撃したというのだ。パラボラアンテナなら小型のバンにも簡単に収納できる。

3月のJAMA論文で、キューバの米外交官を検査した医療チームは、聴覚障害などの症状は、高強度の指向性をもった「不明なエネルギー源」によって引き起こされた、と指摘。また、何人かの外交官は耳や頭を覆ってみたが、騒音が低下することはなかった、とも記した。医療チームとしては、外交官たちは頭部に何の衝撃も受けないのに脳振盪(しんとう)の症状が出たようだ、と述べるにとどまった。

だが5月になって、今度は中国駐在の複数の米外交官が同じようなトラウマに苦しんだ。国務長官マイク・ポンペオは、キューバと中国の医療報告内容は両方とも「完全に一致している」と述べた。国務省は6月末までに少なくとも11人の米国人を中国から撤退させた。

今回の事件について、フレイに聞いてみた。すると彼は、すぐに解決されるとは思わない、と言った。いずれも散発的なもので、しかも外国で発生しているため、FBIによる証拠集めが難しい。結論を引き出すのも困難、ましてや犯人を訴追するのは至難のわざだ、とフレイ。

「私が知る限りのことから判断すれば、事件は謎のままだろう」。そう言うのだった。(抄訳)

(William J. Broad)©2018 The New York Times

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