子どもらしさも強みではないのか?
6月初め、ハイヤー配車サービス「ウーバー」のサンフランシスコ本社。最高経営責任者(CEO)のトラヴィス・カラニック(38)は開業5周年のイベントで、30分近くを費やし語った。「私たちが進出しようとするたび、強力な業界が強固に団結して阻んできた」
ウーバーは車の現在地や運転手名、車種などを明示しつつ配車するアプリを開発。利用者は現在地を入力して車を呼べる。これに既存の業界や規制当局は反発。各地で新たな規制の動きが出ているだけでなく、欧州ではデモやストが起きている。日本では福岡で始めた事業が「白タク」として国土交通省から指導を受け、3月に中止を発表した。
既存業界にも配慮しつつ事業を進めるのが「大人の企業」だとすれば、ウーバーはその対極にあるとも言える。アジア担当トップのアレン・ペン(31)は取材に対して語った。「起業家は日々アイデアを考え、世界を新鮮な目で見ることが必要だ。子どもらしさは大事になってくる」
「規範に従わない型破り」はシリコンバレーのDNAだ。1950年代の半導体産業の草創期、大御所の研究者の元を出て起業した若者を「反逆の8人」と呼ぶ。彼らはインテルの共同創業者などに。カラニック自身、以前の起業で訴えられたり、共同創業者に裏切られたり、波乱に富んだ経歴で知られる。
ウーバーのペンは言う。「でも、単に子どもであるだけでは壁にぶち当たる。経験に基づいて意思決定する成熟さとの両方が大切だ」
「若くて何も知らない方がよかったりする」
ウーバーは昨年9月、デビッド・プラウフ(48)を政策・戦略担当の上級副社長に迎えた。オバマを2008年に米大統領に初当選させた選対本部長だ。「長年競争を阻んできた、敵対する巨大タクシーカルテル」(カラニック)と対抗できる「大人」を求めた判断と言える。
グーグル会長のエリック・シュミットは評価するコメントを寄せたが、彼もグーグルが招き入れた「大人」。20代だった共同創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンに、投資家が「経験ある人物をCEOに」と助言し実現した。フェイスブックでは、グーグル幹部だったシェリル・サンドバーグ(45)が最高執行責任者(COO)に転じ、若きCEOをサポート。アップルは創業者の故スティーブ・ジョブズが28歳の時、ペプシコ社から当時44歳のジョン・スカリーをCEOに迎えた。ジョブズはその後、一時アップルを追われるが、大組織の幹部として経験豊富な40代以上の彼らが、新興企業の「大人」の役割を果たしてきたと言える。
急成長する企業に「大人」を迎え入れるには、タイミングも大事だ。サンフランシスコで約2年半前に生まれた「ズームフォース」は映像を駆使した採用担当者向けサイトを企業に売り込んでいる。総勢9人の平均年齢は20代後半だ。
共同創業者兼CEOのクリス・マーフィー(28)は「大手に営業をかける僕らには、経験のある人物をいずれ入れる必要は出てくる」と話す。ただ、「でもね」と付け加えた。「まだそこまでたどり着いていない。まず必要なのは工夫や実験。それには若くて何も知らない方がよかったりするんだ」
(藤えりか)
企業が求める大人とは?
職場の人間関係改善を目指すコンサルタントとして日々実感するのは、極めて自己中心的で他人への配慮に欠けた「子ども社員」が近年増え、企業のパフォーマンス低下をもたらしていることです。
子ども社員化が進んでいるのは若い世代よりむしろ中高年です。中間管理職が部下や上司との直接の対話を避け、ネット上のやりとりに逃げ込むケースが増えている。でも、言いづらいことをメールで伝えると直接的で子どもっぽい表現になりがちで、人間関係を崩壊させてしまうこともあります。
「大人社員」と「子ども社員」を分けるのは、「他人志向か自分志向か」という違いです。大人社員は「職場の仲間のために何ができるか」と考えるが、子ども社員は自分のことしか頭にない。自分はいつも正しいと考え、自分よりも他人を変えようとします。
大人社員ができるだけ上機嫌に振る舞おうとするのに、子ども社員は不機嫌さを表情に出す。大人社員は自分から積極的に話しかけるが、子ども社員は話しかけられるのを待っていて、しかも限られた人としか話さない。
仲間のことより自分のことに関心が向かう子ども社員
やっかいなのは、子ども社員ほど自他の関係を客観的に捉えられないため、「自分は大人で、周囲の他人こそが子ども」と考えがちなこと。「自分は案外、子どもなのでは」と胸に手を当ててみる人の方が大人だったりします。
社員の子ども化には、日本の職場環境が不安定になったことが影響しています。自分がいつ役職から外されたり、リストラされたりするか分からない状況では、どうしても仲間のことよりも「自分自身は生き残れるのか」ということに関心が向かってしまう。
だけど、自分の将来のことばかり考えていると、逆に不安が膨れあがり、うつ状態にもなりかねない。心の健康を保つには、適度に他人を気遣う人の方が有利だし、企業の人事も「他人からどれだけ好印象を持たれているのか」という評判に左右される面が大きい。
子どもの自覚がない人に「もっと大人になるように」とアドバイスしても、無駄なだけ。私が子ども社員対策で力を入れるのは、個人ではなく企業内の各部署、集団ごとに「一体感に欠けてはいないか」「自律性は十分か」などの点を診断し、その改善を目指してもらうことです。
自分にばかり集中している関心を「職場の雰囲気を変えるため、自分に何ができるのか」という方向に向かわせることで、「子ども化」の悪循環を断ち切り、大人への一歩を踏み出せると考えています。
(構成 太田啓之)
「大人にならなくてもよい時代」は来るのか?
近代社会が「大人になるための条件」として個人に求めてきたのが、他者や世界と向き合い、自律的に振る舞う主体を確立することでした。
だが、主体の確立には常に困難が伴う。その葛藤が様々な症状となり、人々を苦しめてきました。
かつての日本で多かったのが、「対人恐怖」という神経症です。対人恐怖の人は親密な人でも赤の他人でもなく、「顔見知り」程度の人に強い恐怖を抱く。それは日本人にとって、共同体から自立し、主体を確立することがいかに困難だったかを示しています。
一方、現在の日本で大きな問題となっているのが発達障害です。
発達障害は脳の機能障害とされていますが、それだけが原因ではない「発達障害的な心のありよう」も存在するのではないか。
それは「主体がそもそも存在しない」という状態です。主体がないと、自己と他者の区別が明確でなくなり、他人の心が理解しづらくなる。葛藤や罪悪感も乏しくなる。
主体の確立には、社会の何かとぶつかり、もまれる体験が必要です。団塊の世代にとってそれは社会体制との対決だったし、新人類世代にとっては受験戦争だった。
ポストモダン型人間
だけど、現代は価値観が多様化し、何かと対立する機会は減っている。親に進路を強要されることはないし、大学は全入時代。結婚しなくても定職を持たなくても構わない。そんな社会では主体は形成されにくいし、主体がなくても何とかやっていけます。
ただ、そういう「個人の主体のなさ」を問題視するだけでよいのか。江戸時代には「頑固一徹でろくに口も利かないが、仕事へのこだわりはすごい」という職人が普通でした。これは見方を変えれば発達障害の症状そのものです。家族関係でも「夫」「妻」「父親」「母親」「嫁」としての役割は明確で、主体性を発揮しなくても十分に生きていけた。
むしろ、社会の構造が弱くなった結果として「主体の確立」が必要になったために、「主体のなさ」が目立ち、障害とされるようになったのではないか。
今後の社会には二つの方向があります。もはや近代的主体の確立という課題は重要ではなくなり、主体のない「ポストモダンの意識」を目指すのか。それは「大人にならなくてもよい時代」が来ることを意味します。
それとも、主体の確立というのは今後も永遠の課題として立ち現れ、それに対する挫折として新たな症状を作り出していくのか。
ただ、心理臨床の現場を見る限り、何からの形で従来型の主体性を取り入れ、回復に向かう人が多い。本物の「ポストモダン型人間」は、まだ存在していないと思います。
(構成 太田啓之)
取材にあたった記者
藤えりか(とう・えりか)
1970年生まれ。GLOBE記者。昔紹介された米男性は両親と同居。米友人はダメ出ししたが日本の友は「親孝行」と称賛。その認識差を今回かみしめている。
太田啓之(おおた・ひろゆき)
1964年生まれ。GLOBE記者。イスラエル取材は通訳兼運転手のション・オハッド・ツファティさんにすごくサポートしてもらった。オハッドさん、ありがとう!
宋光祐(そう・こうすけ)
1977年生まれ。名古屋報道センター社会グループ記者。大人になるための通過儀礼を調べるうちに出た結論は、大人になるのはやっぱり難しい、でした。
渡辺志帆(わたなべ・しほ)
1979年生まれ。ヨーロッパ総局員。英国では18歳の政治家や親元を離れて全寮制学校に通う10代を取材。大人として扱われ、人は大人になるんだな、と実感。
後藤絵里(ごとう・えり)
1969年生まれ。GLOBE記者。初任地の鹿児島で芋焼酎が飲めるようになった。すごく大人になった気がした。
イラストレーション
Noritake(のりたけ)
イラストレーター。幼い頃は点みたいに小さく見えたものが、今は大きな丸に見えたり、それが邪魔になったり、楽しく思えたり。描きながら「大人って何だろう?」を思いました。