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個人発信の時代へ

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米アップルについて、大手メディアを抑えて特ダネを連発している若者がいる。ミシガン大4年生のマーク・ガーマン(21)だ。

アップルの開発者会議が行われる3日前の6月5日。ロサンゼルスのホテルでガーマンに会った。

「開発者会議では、新しい音楽配信のストリーミングサービスが発表される。アップルウォッチのアプリや、改善された地図アプリも出てくるよ」

6月1日付のアップル専門のネットメディア「9to5Mac」で、ガーマンはすでに発表内容を細部まで予想した記事を書き、未発表のアプリの写真も掲載していた。

2011年9月、iPhoneに音声認識機能「Siri(シリ)」が搭載されることをいち早く報じたことで、ガーマンの名は広く知られるようになった。開発の経緯など、ほかでは読めない細部も詰まった記事は、大手ネットメディアが次々と引用した。

新たな地図アプリを報じた2012年の記事は、ウォールストリート・ジャーナルなども引用。発表前にiPhone5の写真を掲載した記事は、瞬く間に100万ページビュー(PV)を記録した。

2013年にはタイム誌の「ベスト・ブロガー25人」に選ばれ、15年、フォーブス誌の「30歳以下のメディア界を代表する30人」に選ばれた。

スティーブ・ジョブズにあこがれて

アップルは、情報管理の厳しさでも知られる。新しい製品やサービスについての記事には、不正確な「ガセネタ」も山ほどある。ガーマンは「だれより早く正確であることを自分に課してきた」という。

10歳の誕生日に、両親から贈られた音楽再生の端末「iPod mini」に夢中になり、アップル製品が大好きになった。創業者の故スティーブ・ジョブズにあこがれて、会社としてのアップルにも興味を抱き、関連情報を集めようと、メールで社内外の関係者に質問を送った。2009年末、アップルのニュースを扱うサイトに製品情報を送ったところ、名前が載った。これがきっかけで、できて間もなかった「9to5Mac」の創設者から誘いを受けた。大学入学後は、勉強や友達との時間も大切にするため、読者が最も求める「大きな特ダネ」に専念している。

「社内だけでなく(部品や組み立てをする)受注先など、あらゆる場所」に情報源を持つ。名もない大学生がそんな関係を築けたのはなぜか。「重要なのは、地道に人間関係を築き、的確な立場の人と話すこと。そして、信頼を勝ち得ること」とガーマンは言う。

「アップルではなく消費者のために」

アップル関連のニュースは、6月の開発者会議、9~10月の新製品発表会の前後に集中する。ガーマンは5月、60本の記事を書いた。報酬はPVで計算され、年収は10万ドル(約1200万円)以上になるという。

ガーマンは、大手の新聞、テレビ、ネットメディアが招待されるアップルの新製品発表会や、開発者会議に一度も招待されたことがない。「アップルに問い合わせても、返事が来ないか、もう満席ですと言われるだけ」。これまで3回、自分でチケットを買って参加した。

「大手メディアにはアップルに近すぎる記事もある。僕はアップルではなく、消費者である読者を喜ばせたい。そのためには適度な距離も必要なんだ」

別れ際、開発者会議当日の予定を尋ねた。「発表内容はもう書いた。友だちとバケーションに行っているよ」。

8日の発表は彼の記事通りだった。

壇上の真っ赤な椅子に座るIT企業トップ。足を組んだり笑みを浮かべたりしてリラックスしているかのようで、どこか落ち着かない。

「今年の末までCEO(最高経営責任者)でいられますか?」「会社のCMはすばらしいことを言っている。でも、実際にはそのサービスは使えない」

600人の観客が見守る中、ウォルト・モスバーグ(68)らがIT企業トップを招いて、容赦のない質問をぶつける「ニュース・ショー」。そのチケットが、1枚6500ドル(約80万円)にもかかわらず、飛ぶように売れている。

「カンファレンス」と名付けられたショーは、2014年にできたオンラインメディア「Re/code(リコード)」が主催する。ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)に40年以上勤めた記者のモスバーグが、同僚の記者や技術者約40人と立ち上げた。

モスバーグは、18年間米国政治や外交の取材、編集などを担当。1980年代、趣味で初めてパソコンを購入したことをきっかけに「テクノロジーは多くの人の関心事になる」と考え始める。新製品の使い方や比較のコラムを1991年に始めた。

「わかりやすく一般の人に伝える」ことに徹したコラムは評判を呼ぶ。その後、一人でパソコンのカメラに話す動画の配信も始めた。新製品を手に最新技術をかみ砕き、どの商品を買うべきかも解説した。「いま見るとひどい出来だが、当時は誰もそんなことをやっていなかったんだ」

03年からはWSJの親会社ダウ・ジョーンズと、大手IT企業のCEOらを招いて話を聞く「カンファレンス」を始めた。IT業界に食い込んでいたモスバーグらの人脈を生かし、故スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツを一緒に登壇させた。マーク・ザッカーバーグ、ラリー・ペイジら有名企業トップが次々と現れた。

モスバーグはこのイベントを「ライブ・ジャーナリズム」と呼び、「企業トップの素顔に迫り、彼らが何を考えているのかを知ることができるニュースの場」と位置づける。ライブの動画はリコードのサイトでも配信される。

注目度が高まるにつれ、ここで新製品を発表する企業も出てきた。イベントでの発言がニュースになるため、リコードの名が各メディアに載る相乗効果も生まれた。イベントは会社全体の収益の柱だ。

モスバーグは、成功の秘訣(ひけつ)について「一人一人の記者が、動画、画像、ソーシャルメディアを使いこなし、講演もできるなど、書くだけではない総合的な力を持っていること」という。「様々なメディアを組み合わせていかに新しいことができるか。記者には、起業家のような感覚も求められている」

リコードは5月、Voxメディア傘下に入ることで合意した。「我々もデジタル化の中でどうすべきかすべてわかったわけではない。ただ、いつも新しいことを試し、変化し続けるのみだ」
(宮地ゆう)(文中敬称略)

6月12日、米議会下院。人影がまばらになった記者室で、政治ニュースサイト、ポリティコの記者、ダグ・パーマー(55)はパソコンに向かっていた。

この日、環太平洋経済連携協定(TPP)のカギを握る貿易法案の一部が否決された。オバマ大統領が2年ぶりに米議会の会合に直接乗り込み、民主党幹部らを説得。それでも大差で否決された、めまぐるしい一日だった。

「この先どうなるかわからないね」。パーマーが記者(五十嵐)にそう言ってまもなく、「オバマの貿易政策に疑問」という見出しの彼の記事がウェブで配信された。

最近までロイター通信に勤めていた、25年以上のキャリアを持つ貿易の専門記者。1999年に米シアトルで開かれた世界貿易機関(WTO)閣僚会議が多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の立ち上げに失敗した際、数千人のデモ参加者で埋め尽くされた現場にもいた。

「新しいメディアを作るというアイデアが気に入った。自分たちがどれだけ読者を取れるか試したかった」。パーマーは、ポリティコに移った理由をそう話す。だが、現場での仕事は多忙だ。250語以内の単文ニュースを一日に何本も書くうえ、週5本のニュースレターや長行の分析記事も担当する。「楽しいけど、要求が高い職場でもある」という。

ポリティコが生まれたのは、2007年。ワシントン・ポスト紙の編集者と政治記者だった2人が中心となり、テレビ局の経営者が出資した。ワシントン・ポストの2人は、政治ニュースでネット配信を優先する「デジタルファースト」のメディアを社内で提案したが断られ、独立した。ポリティコはオンラインに力を入れつつ、議会や政府関係者が手にとりやすい紙の新聞も発行している。


「スピードを敵ではなく、仲間にしようと考えた。世界が変わるなか、自分たちも変わらないと死ぬ」。ポリティコの編集主幹、ビル・ニコルズはワシントンでの講演でそう話した。

ポリティコの記者たちの前職は、新聞や通信社、通商専門誌の記者など。議会や政府関係者に向け、ワシントンや政治関連の情報をまとめたニュースレター「Playbook」の執筆者で、ポリティコを代表する花形記者マイク・アレンは、雑誌タイムから移籍してきた。

ポリティコの特徴は、徹底的な専門性にある。

無料で読めるサイトでも政治の内幕などの詳しい記事が読めるが、有料サイト「プロ」はさらに詳しい。農業、教育、貿易、税、エネルギー、テクノロジー、サイバーなど14分野のメニューが並び、専門記者が連日、記事を配信する。

「プロ」の読者は、弁護士、ロビイスト、医師など、日々の仕事でワシントンの政治、議会の情報が必要な人たちだ。忙しい読者に向け、毎朝、電子メールで要点を絞った「アラート」を送る。

専門性を高めるうえで重視するのが、特定の分野に精通する記者の確保だ。

「我々の目標は専門分野でのスターを雇うこと。メディアの未来において専門性はとても重要だ」。「ポリティコ・プロ」編集長のマーティン・ケイディは、電話インタビューにそう話した。

編集では中立性を保ちつつ特ダネの量産を重視する。「ツイッターのフォロワー数などは気にしない。何人が読んでいるかではなく、誰が読んでいるかが重要だ」

当初30人だったポリティコの社員はいま、400人になり、6月にワシントン郊外の新オフィスに移転した。西海岸のIT企業さながら、果物や飲み物をそろえたカフェもある。収益は公表していないが、設立2年目から黒字になったという。4月には、欧州の行政機関の中枢であるブリュッセルに支局を開いた。

ニコルズは言う。「面白いジャーナリズムを提供できれば利益が出るという考え方に賭けている」
(五十嵐大介、山脇岳志)(文中敬称略)

パソコンやスマホでニュースを読む読者は、個々のメディアのサイトに行くのではなく、様々なメディアから興味あるニュースを集めたアプリやサイトを使う。そんなスタイルが主流になるなかで、億単位の顧客を抱えるアップルやフェイスブックは、ニュースを直接提供する仕組みの導入に動いている。読者の関心が高く「売り物」になるニュースを提供することで、ユーザーを自社のサービス内につなぎとめようとする試みだ。

「最も美しい読む体験」。6月8日、Apple(アップル)のスーザン・プレスコット副社長はこう言って、新しいアプリ「ニュース」のソフトを実際に動かして見せた。「ニュース」アプリは今年秋に更新される基本ソフト(OS)から使えるようになる見込みだ。

このアプリを使えば、様々なメディアのニュースが、それぞれのメディアのサイトに行かなくても読めるようになる。写真や動画もアップルのiPhoneやタブレットのiPadに合うようにデザインされており、これまでのようにあちこちのサイトに移動する必要がなくなる。使えば使うほど個人の関心事を学習し、その人の嗜好に合ったニュースを表示するようにもなるという。

新聞社やテレビ局、オンラインメディア、出版社といったニュースを配信する側は、アップルが用意するフォーマットを使えば、「ニュース」アプリに適合した形で記事を提供することができる。ニューヨーク・タイムズ、CNN、ブルームバーグなど約20社から50以上の媒体が加わる見通しだという。

フェイスブックやツイッターでも

この約1カ月前、フェイスブックもほぼ同じ機能を持つ「インスタント・アーティクルズ」を発表していた。

フェイスブックから離れずに記事が読める点は、アップルのサービスと同様だ。まず、ナショナルジオグラフィック誌、英BBC、バズフィードなど9社と提携した。

両社とも広告費をどのように設定するかについて明確にしていないが、米メディアによれば、基本的に同じ仕組みだ。記事を提供するメディア側が、自分たちで広告主を探して入れれば広告費は100%メディアの収入になる。アップルやフェイスブックが独自に探してきた広告を使う場合は、メディアに7割、アップルやフェイスブックに3割入る。

競合するのはこの2社だけではない。ツイッターもニュース配信を始めている。ニュースを集めて見せるアプリも、フリップボードや日本のスマートニュースなどほかに多くある。さらに各メディアも自分たちで独自のアプリを作っている。

メディアの側にとっては、巨大なポータルサイトやソーシャル・メディア、スマホなどのモバイル端末を通じて、読者を獲得することは大きな意味を持つ。だが、その結果、自社のサイトから読者を奪われ、広告などに影響が出る可能性も指摘される。アップル、フェイスブックの双方と契約したメディアがある一方で、対応を決めかねているメディアもある。
(宮地ゆう)(文中敬称略)

日本では、コンテンツを生産する新聞社やテレビ局が自社のウェブサイトでネット上に記事を流している。だが、各社の記事をまとめて整理し、読者に幅広く流通させる役割は、主にネット企業が担ってきた。

ヤフージャパンが運営するポータルサイト「ヤフーニュース」は月間100億ページビュー(PV)と、日本国内で圧倒的な存在感を誇る。編集部は、提携する国内外のメディアから届く1日4000本以上の記事を取捨選択して、サイトのトップに掲載するニュースの一覧「ヤフートピックス」を作る。ここに記事が採用されることは、影響力のうえで、新聞の「1面トップ」以上の意味を持つ。

一方、スマホでニュースを読む人が増えるにつれて、自動でニュースの価値判断をおこなうキュレーションアプリが存在感を増している。ソーシャルメディア上の反応を元に記事を整理して見せる「スマートニュース」と、ネット上の履歴からユーザーに合った記事を選ぶ「グノシー」は、それぞれ1000万ダウンロード(DL)に達した。メッセージアプリとして絶大なシェアを持つLINEも「LINE NEWS」(DL数は非公開、月間アクティブユーザー数1200万)で参入した。

ニュース配信に乗り出すツイッターやフェイスブックもライバルになる中、ヤフーニュース編集部リーダーの伊藤儀雄は「リッチコンテンツに力を入れる」と強調する。7月16日、お笑い芸人、又吉直樹の芥川賞受賞会見では、ヤフージャパンの系列企業のメディア「THE PAGE」が、現場から動画で中継し、ヤフーニュースなどに配信した。既存のメディアの記事を軸に、足りない部分は補完する。ヤフーはコンテンツ生産との距離を縮めつつある。

ニュースの解説やコメントを、独自のコンテンツとして配信する動きもある。「ニューズピックス」(DL数は60万)は、堀江貴文ら影響力のある人物のコメントを掲載し、独自記事も作成。ニュースそのものより、ニュースへの感想や専門家の見方に関心を持つ人たちの人気を呼ぶ。

日米のメディアに詳しいライターの佐藤慶一は「各メディアにとって、ユーザーの生活動線に入り込めるかが鍵になる」と指摘する。「重要なのはコミュニケーション。ニュースの定義が変わってきている」

朝日新聞は2014年7月、新しいニュースサービス「withnews」を立ち上げた。スマホユーザーに届くニュースの形と、その先にあるビジネス戦略を探っている。
(奥山晶二郎)(文中敬称略)

取材にあたった記者

津山恵子(つやま・けいこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「週刊ダイヤモンド」などに執筆。フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグなどに単独インタビュー。元共同通信社記者。

山脇岳志(やまわき・たけし)
1964年生まれ。アメリカ総局長。論説委員、編集委員、GLOBE編集長などを経て現職。「紙で読みたい派」だが、オンラインメディアに適応すべく努力中。

宮地ゆう(みやじ・ゆう)
1974年生まれ。GLOBE記者などを経て、2014年4月からサンフランシスコ支局長。朝日新聞デジタルで「フロンティア2.0」を連載中。

五十嵐大介(いがらし・だいすけ)
1974年生まれ。GLOBE記者などを経て、アメリカ総局員。メール、ウェブ、ソーシャルメディアを駆使する、ポリティコの記者らの発信力に驚いた。

奥山晶二郎(おくやま・しょうじろう)
1977年生まれ。デジタル編集部記者。withnewsを立ち上げて1年。日々の数字に一喜一憂しながら、記事の質の向上に心を砕いています。