■見直され始めている日本の「学校給食」
2021年12月7日・8日、日本政府主催の東京栄養サミット2021が開催された。世界各国で栄養改善に取り組む各国政府や国際機関、企業や市民社会、学術界などの参加者が、世界が共通して抱える低栄養と過栄養の「栄養不良の二重負荷」について、健康、食、強靭性等の観点から話し合った。JICAも、主要な開発パートナーやアカデミアとともに、栄養課題に立ち向かうことは、人間の生命・健康の基礎である『人間の安全保障』にとっても重要であることを議論した。そして、栄養課題に立ち向かうことは、子どもの命を守るだけでなく、子どもの成長・発達を守るためにも必要であるという認識をさらに高めた。
国連の持続可能な開発目標(SDGs)にうたわれているように、「飢餓」や「低栄養」は21世紀の今も、大きな問題だ。全世界で約9人に1人といわれる飢餓状態の人の多くはアフリカやアジアに集中している。5歳未満で亡くなる子どもの45%は、低栄養がその原因だとされている。さらに2020年から続く新型コロナウイルスの感染拡大は、低栄養人口の増加に拍車をかけた。
乳幼児期から思春期に至るまで途切れなく子どもの栄養状態を改善することは、子ども自身が豊かな人生を送ることに加え、国の将来を支える人材を育てるという意味でも重要だ。そこでいま、学齢期の子どもに安定して栄養を提供できている学校給食が栄養改善の取り組みとして注目されている。特に日本の学校給食は、地域資源を活用したり、食育とともに実施するなど、栄養改善に加えて地域に根付いた包括的な仕組みのもとに実施され、国際的にも評価を得ている。日本の知恵がアフリカでどう生かされているか。マダガスカルでの取り組みを見てみる。
■「みんなの学校プロジェクト」から生まれたマダガスカルの学校給食
マダガスカルは、アフリカ大陸の東海岸から400km離れたところに位置するインド洋の島国だ。JICAが2004年より西アフリカを中心に取り組んできた「みんなの学校プロジェクト」の一環として、この国で持続性の高い学校給食を実現させた。
「みんなの学校プロジェクト」とは、保護者、教員、地域住民の「みんな」が学校運営委員会を構成し、行政と連携しながら学校を運営する、マルチセクトラル(分野横断型)の「コミュニティ協働型学校運営」という取り組みだ。これまでアフリカの8カ国で実施され、そのうちマダガスカルでは2016年に始まり、その取り組みの一環として、翌2017年から、この「コミュニティ協働」の仕組みを使った学校給食がスタートした。
現地で、このプロジェクトの始動に携わったJICA国際協力専門員の國枝信宏さんは、「きっかけは午後の補習授業だった」と振り返る。
「学力向上に向けて授業時間を増やすために補習授業を行う必要が出てきたのですが、時間がどうしても午後になります。給食がないといったん家に帰ってまた来なくてはいけないし、特に米や野菜など、農産物が収穫できなくなる時期に顕著なのですが、朝ご飯を食べずに来ていて集中力も意欲も湧かない子もいる。『みんなの学校』が成果を上げているのは、保護者や地域のニーズに寄り添う仕組みづくりに取り組んできたからです。そのニーズのひとつが、この時期の子どもたちに十分な食事を与えたいという思いです。そこで、子どもたちが、今与えられた環境で最大限に学ぶために何ができるのだろうと考え、学校給食を始めることになったのです」
低栄養人口が増えているアフリカではこれまでにも学校給食を実施しようという動きはあったが、安定した提供を可能にするためには予算不足などの高いハードルがあった。というのも、日本のように学校給食の制度が整っている国とは異なり、実施にあたっては、まずその土台作りから着手しなければならないからだ。安全な水や食料をどう確保するか、給食を作る担い手をどう集めるか、など多くの課題をクリアして「持続的な学校給食」を実施するには、「みんなの学校プロジェクト」の仕組みを活かし、その一環として、地域の「みんな」が運営を担う「コミュニティ協働」の仕組みを整える必要があった。給食の意味や価値を理解する大人や教員、それを支える地域のコミュニティの存在と彼らの協力も欠かせない。つまり、「持続的な学校給食」には、保健、農業・食料、水・衛生、教育などさまざまな分野にまたがった、まさにマルチセクトラルな視点からの多くの関係者の協力が必要になってくるのだ。
■みんながそれぞれの立場や環境で、できることを行う
それまでにマダガスカルで給食を実施していた学校は、政府や、国連WFP(世界食糧計画)などの支援を得て実施しているところを含めても1割に満たず、給食の量や日数が十分とは言えなかった。
「これを少しでも多くの子どもたちに、日数も増やして提供できるかを考えたときに、コミュニティ協働型で運営されている『学校運営委員会』の枠を使うのがベストではないかと考えたのです。地域の住民たちが『学校給食委員会』を設立し、学校給食を提供するために必要なことを話し合う。食材の調達、器具の用意、水や薪の準備など、すべてこの委員会で調整を行っていて、これに行政も、実施前の研修や実施中の状況確認(モニタリング)、助言を行うなどして協力しています」(國枝さん)
重要なのは、地域の人たちが担い手になり、運営主体になることだ。
JICAは、この取り組みを軌道に乗せるまでのプロセスの研修を行う。そして、地域の人たちと学校、行政の3者が協力する枠組み作りをサポートし、あとは委員会が自らの手で運営している。委員会は、地域の人たちに給食の大切さについて話をし、食材の寄付や協力を募りながら、安定的かつ持続的な学校給食の提供に取り組んでいる。
基本方針は「みんながそれぞれの立場や環境で、できることを行う」。よって調理の担当には子どもたちの母親が選ばれることが多い。献立の数は多くはない。マダガスカルは米が豊富なので、皿にご飯を盛り付け、そこに豆や野菜の煮物を乗せて食べる形が一般的だ。家で口にする味以外に他の家庭のバリエーションが3つ4つと加わると、子どもたちも喜ぶ。「今日食べたもの」について家庭での親子の会話も弾むようになったという話もある。苦手な子の多いキャッサバ芋のような食材も、みんなと一緒なら食べられるという楽しさの中で、自然と家でも食べるようになり、好き嫌いがなくなったと保護者が喜ぶ声も聞かれるという。
「たとえば豆は植物性のタンパク質が多くて栄養価が高いのですが、固い豆を柔らかく長時間煮込むには燃料を多く消費するので、家では食べないことも多い。そういった、家では手間がかかる料理を学校給食なら出せるというメリットもありますし、何よりみんなで給食を食べているときの子どもの顔は、この上ない喜びにあふれています」と國枝さん。学習面でも効果が感じられるという。「教員の話を聞く限り、出席率も改善し、授業の集中力も高まっている実感はあるようです」
■マルチセクトラルな仕組みが生んだ持続可能なシステム
このマダガスカルでの自主給食の取り組みは国内の146校で実施され、平均で年間約30日分を賄うまでに成長してきている。その土地に根ざし、多分野にまたがった取り組みが活動の土台となり、給食によって、子どもたちの学習意欲の増加や、学力の発展につながる期待も感じさせる。分野を横断した多くの人による、「みんながそれぞれの立場や環境で、できることを行う」という取り組みが、このような好循環を生み、持続可能な仕組みを築き上げたと言えるだろう。國枝さんは言う。
「限られた資源で持続可能な取り組みを行うには、特定の組織や人に責任を押し付けるのではなく、その地域の人みんなで協力していく姿勢が、これからは世界中、どの地域でも求められてくると思います。日本では学校給食も食育も理想的に発展していますが、一方で特にコロナ禍で困窮する家庭も出てきています。マダガスカルの話は対岸の火事ではないというのが私の印象です。日本においても子どもたちの栄養改善について、家庭や学校だけで考えていくのではなく、みんなで取り組む分野横断型の取り組みが重要になってくるのではないでしょうか」(文:吉田佳代 撮影:和田直樹)