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「スガノミクス」を読む5つのポイント アベノミクスとの違いが見えてきた

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経済政策のエンジンとなる成長戦略会議で発言する菅首相=2020年10月16日午後、首相官邸

ポイントその1 じわり進む経済政策の「脱・安倍色」

9月16日に発足した菅新内閣は、閣僚20人のうち8人が再任で、3人が「横滑り」だった。新鮮さに欠けるとして、「安倍亜流内閣」(立憲民主党・枝野幸男代表)などと揶揄された。

経済政策については、菅氏が「アベノミクスを継承する」と断言。このため、「スガノミクスはアベノミクスの焼き直しか」ともいわれた。ただ、就任から1カ月以上が経過し、全体が見えたスガノミクスはアベノミクスの単なるコピーではなさそうだ。トップが交代すれば方針も変わる。

アベノミクスの政策について、おさらいすると、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を促す成長戦略の「3本の矢」からなる。

一方、菅氏は、規制改革を「政権のど真ん中に置く」と明言していることから、アベノミクス継承という観点でみると、「③成長戦略」にフォーカスしていくだろう。それは、自然な選択だ。

安倍政権の7年8カ月、「異次元の金融緩和」は、緩和方向のアクセルを踏み続けた結果、これ以上ふかすことが難しくなった。むしろ、緩和の副作用が大きくなってきた。財政政策は、コロナ危機への対応もあって余力がない。①と②の2本の矢が尽きてしまい、目新しい金融・財政政策を打ち出すことは難しい。

ただ、ほかに選びようがないから、3本目の成長戦略に着目したというわけでもなさそうだ。官房長官の時代を含めた菅氏の経済政策へのスタンスをふりかえると、数々のミクロ政策の実行にこだわってきたからだ。

アベノミクスの成果と語られることが多い「インバウンド(訪日外国人)による観光振興」や「農産品の輸出拡大」などの政策は、官房長官として菅氏が動かしたものだった。すっかり定着した感のある「ふるさと納税」も、菅氏が総務相時代に主導した政策だ。

菅政権における経済政策のエンジンは、自ら立ち上げた「成長戦略会議」だ。政権発足から1カ月目の節目に初会合が開かれたこの会議は、アベノミクスを推進する「未来投資会議」を廃止したうえで、新設された。経済政策では、じわりと「脱安倍カラー」が進んでいる。

ポイントその2 政策の先に「本格政権」のシナリオ

アベノミクスとスガノミクスを比べるとき、それを推進するそれぞれの首相の経済政策へのこだわり度合いに着目すると、違いがはっきりする。

アベノミクスは安倍氏にとって「別のやりたいこと」を実現する手段ともいえた。日本銀行の「大規模な金融緩和」で株高・円安をもたらし、そこで得た支持をバネに、自身がこだわった憲法改正などの政策実現に向けて取り組んだ。金融政策を大きく転換させたアベノミクスはマクロ政策が前面に出て、海外投資家からすると「政策をやっている感」があった。それまで海外勢からはスルーされがちだった日本市場にマネーを呼び込む効果は十分にあった。

一方、安倍氏はミクロ政策への関心は高いとはいえず、その分、成長戦略は中途半端になってしまった。「安倍氏は政権の後期になると、3本目の矢(成長戦略)が的を射なくても構わない、とすら思っていたのでは」。そう指摘するエコノミストは多い。たしかに、8月下旬の辞任会見では、看板政策だったアベノミクスについて、ほとんど言及しなかった。

菅氏はスタンスが異なる。「これ」と見いだした政策をしぼりこみ、そこに注力するスタイルだ。政治の師と仰ぐ故・梶山静六氏の手法にならったようだ。

首相就任から1カ月。首相官邸で、記者の質問に答える菅義偉首相=10月16日午前

首相就任から1カ月、スガノミクスの重点項目は出そろいつつある。①デジタル庁の創設、②携帯電話料金の引き下げ、③地方銀行の再編、④中小企業の再編、⑤不妊治療の国民健康保険の適用、⑦コロナ下での感染拡大防止と経済活動再開の両立、などだ。

とくに、①と②の動きが加速している。首相から直々に「宿題」をもらった担当大臣たちが、競うようにして動き出した。これらのミクロ政策を、一つひとつスピード感をもって実現させ、国民の評価を確実なものにする。そこで、菅氏が思い描くのは「本格政権」のシナリオだろう。

ポイントその3 これをやる、と決めたら譲らない

「この政策をやる、と決めたら譲らない」(霞が関の事務次官経験者)のが菅流といえそうだ。興味深いのは、こだわる政策は、「携帯料金の引き下げ」など、目立つものに限らないことだ。地味な政策の中に、「これもスガ案件だったのか」というものがある。

その一つが、「機能性表示食品」をめぐる規制緩和だ。

「長官(菅官房長官、当時)は、こんなところにもこだわるのか」。安倍政権発足から間もない2013年初め、消費者庁幹部らは驚いた。

安倍政権は、食品が体にどのようによいかを、企業が国の許可なしで表示できる機能性表示食品制度を推進することを決めた。健康関連の食品市場を広げることを狙い、成長戦略の一つにも位置づけられた。

店頭に並び始めた「機能性表示食品」の飲料=2015年6月、東京都中野区

制度では、企業が科学的な根拠を届け出れば、国の審査がなくても、たとえば「目にいい」「体脂肪を減らす」といった健康にかんする表示ができるようにする。当時、消費者団体から「行政がきちんと審査しないと、消費者がリスクを背負わなくてはならない」と批判もあった。ただ、「特定保健用食品(トクホ)」だと、商品ごとに安全性や有効性を調べる臨床試験をして、専門家の審査をへて消費者庁が許可するため、企業にとっては時間とお金がかかった。

菅氏はそこに目をつけ、自ら規制緩和を推し進めた。政策が実現すると、菅氏は雑誌「月刊BOSS」の臨時増刊号である「一冊まるごと機能性表示食品」(2017年6月号)の単独インタビューに登場し、成果を語った。計4ページの大型特集だった。こうした雑誌のインタビューに、官房長官自ら出るのは珍しい。雑誌は当時、多くの同庁の幹部の手元にあった。その1人は、振り返る。「長官(菅官房長官、当時)にとっては、政策の大きい小さいは問題じゃなかった。『重要だ』と判断したら、それが着地するまで目を離さない。そこが、こわいところだった」

ポイントその4 「迎賓館」と「神戸ビーフ」も肝いりだった

ほかにもある。

国賓の接遇などに使われている東京・元赤坂の迎賓館。2016年4月から通年公開がスタートしたが、これも「スガ案件」。毎年夏に10日間、無料公開されていたが、抽選で1日につき約2000人までしか訪れることができなかった。

これを知った菅氏(当時は官房長官)は、通年公開を検討するように、関係省庁に指示した。官房長官はすべての政策課題に目くばりする役割ではあるが、指示を受けた省庁関係者は「ここにも関心があるのか」と驚いた。通年の一般公開が決まると、菅氏は15年秋に迎賓館を視察し、「大胆に開放して、多くの国民と外国人観光客に楽しんでもらう」と満足そうに語った。

さらに、「神戸ビーフ」をめぐっても菅氏が登場した。欧米で人気の神戸ビーフは兵庫県で食肉処理したブランド但馬牛に限られる。県内に、欧米の衛生基準を満たす食肉処理施設が17年春に完成したが、輸出できずにいた。厚生労働省の手続きが進まなかったからだ。

菅氏が動いた。もともと「農産品の輸出拡大」は持論。まして省庁の動きが鈍いということが菅氏を刺激した。関係閣僚による話し合いで取りあげると、ほどなく輸出の認可がおりた。

9月上旬、菅氏が出た自民党総裁選の出陣式の場に、但馬牛を飼育する男性が登場し、「菅さんに話をしたら、あっという間にゴーサインが出ました」と語った。

政治のパワーゲームに関心はあるが、政策そのものにはあまり興味がない政治家もいるが、菅氏は明らかに政策を動かすことに関心がある。官房長官のころには、おりにふれて周囲にこう語っていた。「楽しいですよ。一つひとつの政策が動いていくのは」

ポイントその5 民間にも張り巡らされた人脈

菅氏の政治手法の特徴は、何といっても情報収集。官房長官時代、もしくはそれ以前にも、早朝から深夜まで情報収集に努めていることは有名だった。

とりわけ、夜の会合は「二階建て」(霞が関の官僚)とも呼ばれており、一晩で二つの会合をこなしていた。酒は一切口にせず、出された食事にもあまり手をつけず、炭酸水の「ペリエ」を飲みながら、「○○はどうですか」と相手に質問することが多い。会食の間も、携帯電話にはひっきりなしに電話やメールが入ってくる。そのせいか、電話による会話はごく短い。

人脈の広さはよく知られていたが、どんな人に会っているのかについては公にならなかった。ところが、首相就任をきっかけに、経済人脈などが「見える化」された。首相の場合は、面会の時間や相手、場所などが各新聞にくわしく記される(朝日新聞では「首相動静」)。このため、首相になったとたん、どんな人物と日ごろ会っているかが明らかになったのだ。

東京2020大会の関連イベントに出席した小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏(右から2番目)。菅首相の経済ブレーンの1人だ=2020年2月17日午後、東京都中央区

首相就任直後の9月の連休中の動静を確認すると、元総務相の竹中平蔵氏、インバウンド拡大政策などをとなえるデービッド・アトキンソン小西美術工藝社社長、地銀連合のとりまとめを担っている北尾吉孝SBIホールディングス社長のほか、財界では金丸恭文フューチャー会長兼社長や新浪剛史サントリーホールディングス社長らと面会していた。

その後、10月16日に政府の「成長戦略会議」メンバーが発表され、竹中氏やアトキンソン氏、金丸氏らが名を連ねた。就任直後に会った民間人が、ほぼそのまま実際のブレーンとなった。

歴代の首相と比べても、民間人との面談が群を抜いて多い。官僚の報告や分析だけでなく、民間の専門家から生の情報を聞いて、腑に落ちたことはすぐに着手する。そんなスタイルを貫こうとしているようだ。ただ、首相になると、さすがに官房長官のころと同じ頻度で民間人に朝晩と会い、情報収集できるのかどうか。政策判断の生命線にもなっている「情報」の感度が鈍ることはないのか。こんな観点からも、スガノミクスの行方を占うことができそうだ。