1. HOME
  2. LifeStyle
  3. NYで出あった日本の自然栽培米 作り手をたどったら、日本の移住事情が見えてきた

NYで出あった日本の自然栽培米 作り手をたどったら、日本の移住事情が見えてきた

LifeStyle
長野県の限界集落で作られたお米がニューヨークやハワイで買える=細谷啓太さん撮影、提供

超がつく程の限界集落で米を作ってニューヨークやホノルルで売ってマス。

この夏、ツイッターを見ているとこんな投稿が目に飛び込んできた。ニューヨークに生活の拠点を移して以来、食べるのはほとんどカリフォルニア米だったので興味がわき、その玄米を早速購入して炊いてみる。炊きあがる頃になると,独特の甘い香りが漂ってきた。

この投稿をしたのは、日本ではただ一人、自然栽培研究分野で博士号を持つ細谷啓太さんだった。研究職に就いていたが、玄米の海外輸出を行う「Wakka Japan」の社長に請われ、2017年に同社に入社。同僚5人と長野県の中山間地の限界集落に移り住み、自然栽培で稲作を始めた。

作っているのは胚芽部分が普通の米の3倍もあるのが特徴の「カミアカリ」という玄米。「自然栽培とは外部からの資材を投入せず、作物が育ちやすい環境を整え、土と作物の潜在力を高める農業です」(細谷さん)。健康志向が強く玄米消費量が多いニューヨーク、ホノルルのほか、シンガポール、香港などにも輸出、現地で精米して販売している。私は炊きたての「カミアカリ」を噛み締めながら、日本の限界集落とニューヨーク、生産者と消費者がダイレクトにつながる時代を実感した。

■ツイッターで野菜が売れる

「地方移住」、「田舎移住」などのキーワードで検索すると驚くほど関連情報が出てくるが、地方移住でいち早く注目を浴びたのはブロガー&ユーチューバーのイケダハヤトさんだろう。2014年に東京から高知に移住したイケダさんの著書のタイトル、「まだ東京で消耗してるの?」に、はっとした人も多かったのではないだろうか。

2016年の衆院選に立候補し、山本太郎参院議員(当時)と共に展開した「選挙フェス」で注目を集めたミュージシャンの三宅洋平さんは、2011年に東京から沖縄へ、その後岡山県に移住し、日本国土の7割を占める中山間地復興を目指して活動しつつ、SNSで発信を続けている。

こうした著名人が田舎暮らしのイメージを変えてきたことや、ストレスの多い都会での生活を続けていくことに対する疑問や不安などから、地方移住を考える人が増え始めた。最近はコロナ禍でさらに地方への関心が高まっているようだ。

数年前からニューヨークや東京のような大都市がかつての輝きを失いつつあるような気がしていた。それがコロナ禍以降加速しているように思える。逆に日本では地方が見直されているのではないか。そう思ってツイッターで検索すると、都会からの移住者や若い担い手によって第一次産業が息を吹き返しつつある印象があった。

都会からの移住・就農組の一人が恵良裕一郎さんだった。東京の会社勤めを辞め、2012年に家族とともに佐賀県の中山間地に移り住み、農業を始めた。都会を離れる決断をしたのは2011年の東日本大震災がきっかけだった。「都会で生活することに不安を感じました。退職したら農業をやりたいと考えていましたが、いつ何が起こるからわからない。やりたいなら今始めようと思いました」(恵良さん)

農作を楽しむために農業以外の収入源も持つことを勧めている恵良裕一郎さん=恵良五月さん提供

だが、知る人もない農村で一から農業を始めるのはらくではなかった。空き家を借りることはできたが、地元の人たちはよそ者にはなかなか土地を貸したがらない。「借りられる農地は少なく、最初の頃は耕作放棄地を随分自分で開墾しました」と振り返る。地域社会に受け入れてもらうために、地域の人たち総出で行う草刈りや村祭りなどのイベントには “全参加”の意気込みで臨んだ。

現在は夏野菜を中心に通年30種類以上もの野菜を無農薬で栽培。野菜は地元のスーパーなどに卸すほか、宅配もしている。最近は消費者に直販できるプラットホーム「食べチョク」も利用するようになり、販路が広がった。半年ほど前から積極的にツイッターで発信するようになると、ツイートや野菜の写真を見て買ってくれるフォロワーが増えてきた。「ツイッターで野菜が売れるなんて思ってなかった。野菜を気に入ったフォロワーさんたちがリツイートしてくれるんです」(恵良さん)

農業を始めて9年目。現在は夏野菜を中心に30種類もの野菜を栽培=野川慎吾さん提供

■農業以外の収入源も確保

ひとくちに脱サラ・地方移住と言っても農業を始める人ばかりではない。美術印刷の営業職だった鈴木孝平さんは職場の人間関係からくるストレスで体調不良になり、滋賀県の「地域おこし協力隊」の自伐(じばつ)型林業に応募、補助金で伐木研修を受けて技術を身に付けた。

「地域おこし協力隊」からの収入は毎月手取りで15万円ほど(地域により異なる)。夫婦と子供2人の生計を立てるために、コテージや古民家宿の管理清掃、営農組合での田植えや草刈り、グリーンウッドワーク講師、木の器やカトラリー販売、映像制作、ブログ、アフィリエイトなど複数の収入源を持っている。「移住生活を成功させるためには、移住先に自分と価値観を共有できるコミュニティーがあるかどうかが大事だと思います」(鈴木さん)

鈴木孝平さんは「地域おこし協力隊」の補助金で研修を受け、滋賀県に移住した=目野美輝代さん提供

日本とニューヨークの時差は、夏は13時間。昼ご飯の後お茶を飲みながらツイッターを見ていると、「おはよう!今日も2時起床。朝活楽しもう!!」という元気いっぱいの投稿が飛び込んでくる。「田舎暮らし案内人ブロガー・こっこ」(ブログ名)さんだ。レストランやカフェのサービス担当として働いていたが過労で倒れ、9年前からスキー場で働いている。「自分を削って生きていくことに限界と疑問と感じていました。自然の中で働きたかった」という。移住先はそれほど田舎すぎず、田舎に仕事がなくなっても都会に通って働くことができ、親元にも近いところという条件で選んだ。

スキー場は観光客誘致のためにレストランやアスレチックなどの施設建設が進んでおり、最近は夏でも仕事があるという。こっこさんは単発のバイトやブログでも収入を得ている。「家族4人の生活にはぎりぎりです」というが、自分でリノベーションした広々とした木造の家で子供達が遊ぶ様子や、冬は薪ストーブで暖をとる生活には都会暮らしにはない豊かさがある。

広々とした木の家と薪ストーブのある暮らしを手に入れたこっこさん一家

移住まではしないが、平日は会社勤務、週末は田舎で養蜂という二拠点生活を送っているのは新卒入社2年目の会社員、山口拓人さん。農業に興味があり、大学時代はボランティアで援農をしていた。「農業に興味を持つようになったのは“牧場物語”というシミュレーションゲームをやっていたからかもしれません」と笑う。

週末だけ京丹波に小さい畑付きの空き家を借り、そこで同僚と二人養蜂にいそしむ。今は準備段階でまだ養蜂からの収入はなく、遊ぶ時間もない日々だが、「平日と週末でふたつの人生を楽しめています!来春はサクラの蜂蜜が取れる予定です」と楽しそうに語ってくれた。

平日は都市部で会社勤め、週末は田舎で養蜂家の二拠点生活を楽しむ=山口拓人さん提供

■地方移住を後押しするサービス

前述の「地域おこし協力隊」以外にも、多くの地方自治体が様々な移住支援策を打ち出している。2019年からは地方公共団体が主体となって、東京都一極集中の是正を目的とした「地方創生起業支援事業」、「地方創生移住支援事業」が進められている。条件を満たせば、最大で300万円の支援を受けることも可能。また、移住して就農を考えている人を対象に農業研修をしたり、居住費支援をしたりしている自治体も少なくない。

就農し作物が収穫できるようになると、次の課題は販売先の確保だが、ここ数年、注目されているのが「ポケットマルシェ」や「食べチョク」といった生産者と消費者をダイレクトにつなぐプラットホーム。ウェブサイトには新鮮な野菜や果物、魚介類などの写真がずらりと並び、その中から商品を選んでクレジットカードで代金を支払うと生産者から直接農産物が届くシステムだ。

ポケットマルシェのウェブサイト

ポケットマルシェは2016年にサービスを開始した。同社の審査基準を満たした生産者はこのプラットホームで販売することができる。生産者とダイレクトに繋がれるので消費者には安心感があり、生産者は消費者からの反応が返って来るので生産意欲が高まる。

同社広報によると、2020年8月28日現在の登録生産者数は3250名、登録消費者数は21万6000名。登録生産者の平均年齢は44歳で、29歳以下の生産者の割合は2019年の調査時より4%増加し、登録生産者の平均年齢は2.5歳低くなっているそうで、新規就農者が増えているかどうかはわからないが、若い生産者によるネット直販が拡大していることが推測されるという。

■地方移住を支える環境が整ってきた

恵良さんが佐賀へ移住した2012年ごろは、脱サラして農業を始める人は珍しがられた。しかし、ここ数年は移住者も少しずつ増え、空き家や耕作地も借りやすくなってきた。移住希望者の相談にも乗っている恵良さんは、「相談者も増えています。最近はコロナが地方移住を考える理由のひとつになっています」と話す。地方自治体には移住の相談窓口が設けられ、移住をサポートするさまざまな助成金も充実してきた。また、鈴木さんや、こっこさんのように、積極的に自分たちの移住体験をブログやSNSで発信している人も増え、情報も得やすくなった。

恵良さんは今、農業から「農ある暮らし」にシフトしていこうとしている。新規就農者にとって農業を大規模化することで収益を上げていくのはリスクが大きい。しかも、近年は大雨被害や大型台風が増えており、収入を安定させることが難しくなってきている。そこで、農ある暮らしを楽しむためにも、積極的に農業以外の収入源を持つことで生活を豊かにし、安定させることを考えるようになったのだという。

私が住むニューヨークではロックダウンが始まると一斉にリモートワークに切り替わった。それ以来、一度も会社に行っていないという人は多く、私の周りでも、出勤の必要がないならと郊外の別荘や貸家に避難している人が少なくない。日本でもこのくらいリモートワークが一般的になれば、自然が豊かな田舎に移り住んでこれまで通り会社の仕事を継続しつつ、空いた時間で畑仕事を楽しみ、家族で消費しきれないほど収穫できた農作物は販売して収入を得るという生活は、もっと普通のことになっていくだろう。これからは都会ではなく田舎が引っ張っていく時代になる。私にはそんな気がしてならない。

取材に協力してくださった方々のブログ

https://www.zakki-blog.net/entry/change-of-living (恵良さん)

https://the-jibatsu.work/#container (鈴木さん)

https://coccoblog.org (こっこさん)