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【石弘之】『感染症の世界史』著者の眼 都市というウイルスの温床を作った私たち

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環境ジャーナリストの石弘之さん=半田尚子撮影

いし・ひろゆき 1940年、東京都生まれ。東京大学教養学部を卒業後、朝日新聞社でニューヨーク特派員、編集委員などを経て、国連環境計画(UNEP)上級顧問に出向し、94年に退社。東京大学や北海道大学大学院教授、ザンビア大使を歴任。この間、国際協力事業団(現・国際協力機構)参与、東中欧環境センター理事などを兼務。主な著書に「地球環境報告」、「名作の中の地球環境史」、「環境再興史」などがある。

■ウイルスを広げたのは「人」

――中国で「原因不明の肺炎患者」が見つかった後、新型コロナウイルスは、瞬く間に世界中へ広がりました。なぜ地球規模で感染が拡大したのでしょうか?

人が動けば病気も動く。新型コロナウイルスは勝手に広がったのではなく、人間が広げたものです。

歴史上これほど人が動いた時代はないんです。現代はまさに「移動の世紀」と言えます。

多くの新興国で、よりよい生活を求めて地方から大都市に大勢の人が移り住み、さらに仕事や観光のために外国に向かう人の流れが生まれました。高速で大量に運ぶ交通網も発達して人類の移動範囲が拡大し、同時にウイルスが拡散する地域も広がったのです。

――世界に広がったウイルスはその先々で感染者や死者を増やしています。

世界中でものすごい勢いで進む都市化が影響していると思います。

20世紀の初めには世界の都市人口は全体の2割程度しかいませんでした。それが2007年には都市人口が農村人口を上回り、一気に都市化が進んだ。今では世界の人口の半分以上がぎゅうぎゅう詰めになり、都市部に暮らしています。

都市部は、まさに感染予防のために避けるべき「密閉」「密集」「密接」の3密の社会です。新型コロナは、私たちの社会が抱えるその弱点につけ込んでいるのです。

人間とウイルスとの接点が増えたことには、我々の食生活も関わっています。過去半世紀、世界的に肉食嗜好が広がり、身近に家畜が増えました。家畜は動物由来の感染症を媒介します。家畜と人間の接触が増えたことで、感染症が入ってくる機会も増えたと言えます。

また、森林破壊などによる野生動物の居住環境の変化も人間とウイルスの接点が増えた一因でしょう。すみかを失った野生動物が人間の居住地域に侵入し、彼らが持っているウイルスに人間が触れる機会も増えました。

■感染症も運ばれたシルクロード交易

――WHOは新型コロナウイルスをパンデミック(世界的な大流行)と認定しました。人類の歴史で、パンデミックを防いだことはあるのでしょうか?

残念ながら、これまでの歴史で人間がパンデミックを防いだ例はありません。

太古の昔から人類は数々の感染症に苦しめられてきました。古くはシルクロードの時代にさかのぼります。かつて東西を結ぶ交易により栄えたシルクロードでは、商品とともに人や家畜によってウイルスも運ばれました。西から東へは天然痘やはしか、東から西にもペストが広まり、どちらの地域でも大流行しました。シルクロードの起点の漢と古代ローマは世界を二分する大帝国で、人口が激減する大惨事となりました。

14世紀に大流行したペストによる死者は約7500万人から約2億人と推定されています。第1次世界大戦中に感染が広がったスペイン風邪は数千万人以上の命を奪ったとされます。

■サッカーゴールVS米粒

――どうすれば感染から逃れることができるでしょうか?

3月、トランプ米大統領は「私はこの戦争に勝つ」と宣言しましたよね。でも、ウイルスの大きさはたった100ナノメートル(1万分の1ミリ)なんです。ウイルスの侵入をマスクで防ごうとしても、サッカーのゴールネットに米粒大のボールをシュートしているようなものです。

そんな小さな敵に対し、私たちの武器は手洗いとマスク着用、免疫力を高めてダメージを最小限にするくらいしかありません。近代戦を竹やりで戦っているようなものです。

――石さんはこれまで130カ国以上でお仕事をされてきたと聞きました。どのように感染症対策をとられてきたのですか?

一度、人間ドックの問診書類に既往症をまじめに書いたら、看護師さんにびっくりされたことがあります。「マラリア4回、コレラ、デング熱、アメーバ赤痢、リーシマニア症、ダニ発疹熱各1回、原因不明の高熱と下痢数回…」と記入しました。「忙しいんですからふざけないで下さい」と言われたほどです。

虫に刺されないように気を付けたり、アルコール綿を持って行って拭きながら仕事をしたり、最大限の注意を払いましたが、それでも感染してしまいました。

――感染のリスクを完全に排除することは難しいのですね。私たちはどのようにウイルスと向き合っていけばいいのでしょうか?

過密した都市部はウイルスの温床になりやすいという側面を持っています。

国連の統計では、2030年には都市人口は51億7千万人(60.4%)になると予測されています。今回の新型コロナによる感染拡大が終息したとしても、都市部はますますウイルスの温床になりやすい環境となっていくでしょう。

人口の過密化が進み、人の往来も増えると、さらに未知の病原体と人間の距離は近くなっていきます。犠牲者を出しながら人間が免疫を獲得したり、新薬を開発したりしても、いつどこで新たな病原体が現れるかも分かりません。人間対ウイルスの「軍拡競争」に終わりはありません。

人間は移動範囲を広げることで、様々なものを得てきました。ただ、物事にはプラスの面があればマイナスの面もあります。そのマイナス面が、感染症の拡散です。移動の自由や喜びを得た当然の副作用として、人類はウイルスとの共生を覚悟する必要があります。