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私たちは中国にどう向き合うか ADB前総裁が考えた7年間

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アジア開発銀行(ADB)の中尾武彦・前総裁=五十嵐大介撮影

アジア開発銀行(ADB) 1966年に設立、本部はマニラ。現在68の国・地域が加盟する。アジア地域の貧困解消をめざし、途上国や新興国へのインフラ、環境、保健衛生などへの融資を手がける。日本は最大の出資国で、現在の浅川雅嗣総裁まで歴代トップ10人はすべて日本人。アジアにはいまも1日1.9ドル(約200円)未満で暮らす貧困層が2億人以上いるとされる。


――新型コロナウイルスの影響が世界的に広がっています。

コロナの広がりとその影響を見通すことは今の時点で難しいが、少なくとも各国の今年の成長率に大きな影響を及ぼすだろう。ただ、永久に続くわけではないことを考えると、いずれ消費も投資も戻ってきて、成長率も回復するだろう。

中国を含めた各国のグローバル・バリュー・チェーンが見直される可能性については、中国は賃金が上がっているし、中国に生産を集中させるリスクはもともと感じられていた。「チャイナプラスワン」という言葉があるように、他の国に生産拠点を移す動きや国内生産を増やす動きなど、ある程度の調整はおこなわれるかもしれない。ただ、20世紀初めのスペインかぜの後もそうだったように、グローバル化の流れが完全に逆戻りすることはない。観光は非常に影響を受けているが、その分抑圧された需要が後で出てくる可能性はある。在宅勤務、新しい働き方、新しい技術を使う流れも広がるかもしれない。

■中国との関与、大きなテーマだった

――総裁としての7年間、主に取り組んだことは?

中国との関与をどうするかというのが、一つの大きなテーマだった。AIIBが出てきた時、中国一国のアイデアでできた機関に多額の税金を使ってまで慌てて入る必要はないだろうと、日米とも参加しないという選択をした。だが、欧州やオーストラリア、カナダなどは中国との関係に配慮して別の選択をした。そのようにしてできた国際機関と対立関係になっても仕方がない。AIIBにはプロジェクトの環境・社会への配慮や国際入札に基づく調達などについての技術協力をしてきた。協調融資もこれまで10件決めているが、ADBがプロジェクトの準備や実施に手間をかけているので、AIIBの協調融資部分にフィー(手数料)をいただいている。

アジアインフラ投資銀行(AIIB)の金立群総裁=五十嵐大介撮影

AIIBの金立群総裁には個別に10回以上会っている。昨春、私が中国に行けなかった時は、金総裁がマニラにわざわざ駆けつけてくれた。彼は黒田東彦元総裁(現・日本銀行総裁)のもとでADBの副総裁だったが、AIIBの総裁としてADBを訪問するのは2回目だ。その後5月に、私がAIIBに2回目の訪問をしてAIIBのスタッフほぼ全員を前に講演するなど、よい関係を築いてきた。日米が入っていないからこそ、国際的なスタンダードに従って一緒にやっていこうというメッセージが有益だと思ったからだ。

――中国が豊かになり、融資をする必要はないという声があります。

1人当たり所得も上がり、「中国に対する貸し付けはいらない」という議論もわかるが、1986年にADBに入って以降、中国はADBを非常に大事にしてきた。全体の貸し付けに対する中国の割合は1割程度で、だいぶ減らしている。環境、保健、気候変動分野の融資に絞ってきている。隣国や地域、世界にもいい影響を及ぼすので、当面、貸し付けを続けることは意味があるというスタンスを取ってきた。

米国でも日本でも、中国を助ける必要はないということは、安全保障面ではあるのだろう。だが開発に関しては、ADBが中国に貸し付けを通じて関与し、緊密な対話の機会を持ち、よい政策に誘導することは、ADBが地域の中で重要性を維持するうえで重要だろうし、日米を含めた国際社会にとっても有益だと思う。

■AIIBとの協調融資、すでに10件

――AIIBの進み具合をどうみていますか。

これは明確に申し上げていいが、AIIBが環境への配慮や調達の面で、国際基準に合わないことはやらないと思っていた。中国はもともと中国輸出入銀行や中国開発銀行を持っているので、自分たちがやりたいようにやるという意味でいえば、すでにそうしているわけだ。わざわざ国際機関を作るのは、むしろ中国が国際社会のなかで一定の発言力やプレゼンスを持っていることを示すためであり、国際的に非難されることをやる意味がない。

フィリピン・マニラにあるADBの本部=ADB提供

AIIBがADBの存在を脅かすのではないかと心配している人がいるが、あえていえば、AIIBは職員の数が二百数十人、ADBは3500人ぐらいだ。ADBは55年近い歴史があり、各国に事務所があるが、AIIBは各国に事務所を持たない方針だ。貸し付け規模はADBが昨年220億ドル(約2.3兆円)、AIIBは30億ドル(約3200億円)ほど。インフラ銀行なので、我々のように社会、教育、保健分野の融資もやっていない。加盟国は多いが、だからといって今の時点でADBを圧倒する存在ではない。

ADBの加盟国・地域は現在68だが、これを増やすことを目標にしていない。アジア域内国はほぼ入っているし、ロシア、中東、中南米、アフリカの域外国を入れることには現在の加盟国の支持がない。AIIBは加盟国・地域数が100に達し、貸付先もアジアに限っていないが、ADBはアジアの開発に目的を絞り、それを支援したいという米国、カナダ、欧州各国だけが域外加盟国だ。加盟国の数が増えると、いくら出資額に応じた投票権であっても、機関の運営は難しくなる。

■米中の完全な分断、あり得ない

――米中の覇権争いによるアジア地域への影響をどうみますか。

アジアが、より米国の影響を受ける地域になるのか、より中国の影響を受ける地域になるのかという議論がよくなされているが、私はそう単純にどちらかにいくことはないと思っている。インドネシア、フィリピン、ベトナムは、海洋問題を含めて中国とは利害が一致していない。ベトナムは中越戦争で激しく戦った時期もある。アジアはタイ以外は植民地だった国がほとんどで、多くがいわば血で独立を勝ちとった国だ。正直言って、そう簡単にどこかの影響下に入るということはない。それぞれ自分の安全保障上、経済上の利益にのっとって判断しているということだろう。

政治面でも経済面でも、グローバル化が一方向に進んでいかないといけないと考える必要もない。技術や研究活動とかいろんな意味で国家が再注目されて、その辺の垣根が多少高くなることはそれほど驚くべき話ではなく、ある程度調整の過程と考えてもいいのではないか。一方で、完全に分断されることはありえない。

――米国による中国の華為技術(ファーウェイ)などへの対応では、米中の「デカップリング(切り離し)」という話もある。日本は米国と足並みをそろえているが、日本企業への影響をどうみますか。

そこはちょっとよくわからない。日本にとって安全保障上は米国が最大の同盟国であることは確かだが、経済、文化、観光の面では中国との関係も大事だ。日本もそうだが、他の国もそれぞれの国益に従って、米国、中国、あるいはその他の国とのつきあい方を考えている。

ADB本部=ADB提供

――ADBが最近出した本「アジア開発史」には、どんなメッセージを込めたのですか。

日本語版も年内に出るので、ぜひ手に取ってほしい。いくつかあるが、一つは民間活動や市場の機能がとても大事だということ。中国や日本の戦後の成長が、国家主導によるものという面が強調されすぎている。日本の明治以来の発展は民間主導だと思っている。鉄道を見ても、中央線、東北線も最初はみんな民間が作っているし、都市圏の私鉄網は世界一だ。戦争直前から1960年代ぐらいまで、経済活動への国の影響が大きい時期があったがむしろ例外だ。

メッセージを端的に表す言葉が欲しいと考えて自分で思いついたキャッチフレーズが、「アジアン・コンセンサスというようなものはない」ということ。「ワシントン・コンセンサス」に対抗する考えがあるが、安定した財政・金融政策、貿易、資本、金融の自由化、民間セクター重視ということは、アジアでもあたりまえにやってきた。中国などは、より現実的に漸進的に改革を進めてきたというが、もともとビッグバンでいきなり改革をするほうが無理なので、それは北京コンセンサスとか、アジアン・コンセンサスというほどのものではない。

――本の隠されたメッセージは中国に対するものだと?

メッセージはアジアのどの国にも、あるいは世界に向けられたものだが、中国には特に関係があるだろう。1970年代後半以降の中国の成功も、市場の力を使う、人々のそれぞれのやる気を促すというところから来ていると思うので、その基本を大事にし続けてほしいということがある。中国は政治体制も違うから、欧米とは違うやり方でも成功するということを強調したいのだと思うが。

■中国は格差の解消を

――本では格差の拡大にも触れています。

アジアでは貧困削減は進んでいるが、所得分配はむしろ格差が広がっている。先進国もそうだが、グローバル化と技術の進歩により、資本を持っている人、高い教育を受けた人に大きな利益がいくようになっている。日本の場合は1970年代ぐらいまでに、所得分配を公平にする方向を保ちながら成長した。日本は公共事業、農業政策、地方財政、公的な教育や医療制度、累進的な所得税や相続税で、所得の公平な分配は徹底してやってきた。相続税はいまも高い。

中国に言っているのは、所得分配にもっと力を入れないと持続的な成長もうまくいかなくなる可能性があるということだ。オーストラリアもそうだが、中国も相続税はない。社会主義はもともとみんなが平等で、私有財産も認めないという前提にたっているから、再分配というアイデアがないが、事実上はほとんど資本主義になっている。中国人の富裕層はヨットやワイナリーを買って、どうやってお金を使えばいいかわからなくなっている。

もちろん、モノも人も資本も自由に動けるようになっているので、国内で課税して再分配するのが難しくなっているということはある。例えば、GAFA(米グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのIT大手4社)への課税をどうするかが世界的な課題になっている。難しくなってはいるが、所得や資産の再分配の機能は、先進国を含めてもっと重視しないといけない。

ビッグデータ、AIといった先進的な技術、企業経営について、中国は国が主導している要素が強くなっている。ビッグデータを集めて利用するには、国の力が強い方がいいという人もいるし、実際にそういう部分もあるが、長期的に果たしてうまくいくのか。中国の発展は、鄧小平が1978年以降に改革開放を急速に広げて、外資や民間を活用してきたことによる。2000年代以降の成長も、WTO加盟で貿易が促進されたことによって急速に伸びた。シリコンバレーや米国の大学、企業との結びつきは日本より強いぐらいだ。国家、党を前面に出すのは、中国自身の成長にも良くないのではないか。

中国の幹部、歴代の財政部長、李克強首相や旧知の劉鶴副首相にも一対一でも会って言ってきたことだが、中国は自分たちの発展の成功が何によっていたのかに立ち返り、開放的な市場制度を維持するとともに、特許権の保護や研究活動、企業活動の公平性など、各国から批判されている部分についても引き続き前向きに対応していってほしい。