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トランプ氏どうした、驚くほど退屈だったダボス演説 その意味を考えた

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ダボス会議での特別講演で登壇したトランプ米大統領=スイス・ダボス、世界経済フォーラム提供

今年のダボス会議が開かれたのは1月21~24日。現地で取材中だった私に22日の昼ごろ、1通のメールが届いた。トランプ氏の記者会見が急きょ行われることになったと知らせる内容だった。集合時間は10分後。トランプ氏のダボス会議訪問は2年ぶりだったが、当初、記者会見は予定されていなかったこともあり、訪問を締めくくる会見の場で何を語るのか期待が高まった。

毎年開かれるダボス会議は、金融界など自由化路線を支持する「グローバリスト」の総本山だが、今回は「ステークホルダー資本主義」がテーマ。規制緩和や人員削減などを追求する株主資本主義を修正し、社会全体の利益を目指そうとする経済の新潮流を踏まえたものだ。米国など主要国の経済界がこうした問題意識を持つようになった背景には、世界で噴出する反グローバリズムの動きに対する危機感がある。火を付けたのはトランプ氏だ。2016年の大統領選でトランプ氏は、国境を越えてカネ、モノ、人を動かし、巨額の報酬を得るような「グローバリスト」を批判。疎外感を感じてきた白人労働者層から熱狂的な支持を得て、選挙に勝利した。

政治的な立場の違いはあれ、従来のグローバル化や競争のあり方に課題が多いことは多くの人々に認識されている。トランプ氏に託された人々の怒りを真摯に受け止めなければ、資本主義や自由主義を持続可能なものにできないのは確かだ。トランプ氏が自分の主張が正しかったとアピールするなら、ダボス会議ほど絶好の機会はない。もしかすると、トランプ氏は記者会見で、何らかの勝利宣言をし、「反グローバリズムのマニフェスト」を訴えるのではないか。私は会場へと急いだ。

しかし、そんな私の期待は裏切られた。

トランプ氏は、ムニューシン米財務長官ら米政権高官や、会談したばかりの世界貿易機関(WTO)のアゼベド事務局長などを連れ、会見場に姿を現した。会場には30人ほどの記者が集まっていた。

ダボス会議での特別講演で登壇したトランプ米大統領=スイス・ダボス、世界経済フォーラム提供

「ダボスで我々は本当に見事な歓迎を受け、とてつもない成功だった。誰も彼も口にするのは、米経済の前代未聞の成功のことばかり。町中がその話で持ちきり、って感じだったよ」。トランプ氏は会見で、米経済の好調さを棒読みのように繰り返した。ホワイトハウスの米メディア同行記者とのやりとりも、トランプ氏の弾劾裁判などを巡る米国内政局の「内輪」の話題に終始した。私は質問をしようと手を挙げたが、席が最後列だったこともあり、当てられないまま、40分ほどの会見は終わった。

トランプ氏はその前日、数百人を前に講演をしていたが、そのときも同じような調子だった。「米国は、世界がいまだかつてみたことのない好景気のただ中にあることを誇りを持って宣言したい」と、一方的に語り、米経済が減税と規制緩和でどれだけ潤ったかを説明。そして、こう強調した。「未来にはさらにすさまじい可能性がある。『懐疑の時代』は終わった」と。

おそらく、ダボスでのトランプ氏の会見や講演は、これまでで最も退屈なものの一つに数えられるだろう。

■「反グローバリズム」はポーズだったのか

2016年の米大統領選で大方の予想を裏切って当選したとき、トランプ氏には確かに、現状を突き動かそうとするエネルギーがあった。トランプ氏を支持するかどうかは別として、その主張には、米国や世界の政治経済体制が抱える課題に対する強烈なアンチテーゼが含まれていた。

あれから3年。トランプ政権は大規模減税で米国の消費を大きく刺激し、米株式市場の動向を見きわめながら「プロレス」のように続けた米中貿易摩擦の「ディール(取引)」も、19年末に「第1段階の合意」に達した。米株価は史上最高値圏を推移している。

ただ、米国社会や米経済のありようが、トランプ氏の言うほど手放しで称賛できる状態でないことは明らかだろう。トランプ氏はかつての「輝き」を失い、現状を肯定するだけの「退屈な指導者」になってしまったようにも見えた。

ダボスでのトランプ氏の退屈さは、これまで語ってきた「反グローバリズム」が、結局は政治的打算による「ポーズ」に過ぎなかったことの表れであるようにも感じた。トランプ氏の政策で潤っているのは、実際のところ「グローバリスト」たちであり、ダボスでの両者の「融和」も当然の結果だったのかもしれない。

トランプ米大統領のダボス会議での講演に聴き入る聴衆ら=スイス・ダボス、世界経済フォーラム提供

トランプ氏の政策は、グローバリズムと反グローバリズムとの、理念のない寄せ集めから成っている。「減税と規制緩和」という自由化志向の政策と、制裁関税を使った統制経済・保護主義志向の通商政策が主要な柱になっていることからも、それは明らかだ。

たしかに、派手な「関税合戦」などにより、どちらかといえば反グローバリズムのベクトルの方が目立つ。しかし、トランプ氏を支持した「さび付いた工業地帯(ラストベルト)」の人々の期待とは裏腹に、トランプ政権は「ウォール街」出身のムニューシン財務長官を起用し、米金融界との関係も密接だ。政権内では、ニューヨークの不動産業界出身の娘婿クシュナー大統領上級顧問や、ダボスでも登壇した娘のイバンカ氏らが巨大な権力を持つ。こうした現状は、「ステークホルダー資本主義」どころか「クローニー資本主義」に近い。発展途上国などでよく見られる、指導者の家族や財閥などが政治・経済の利権を一手に握る体制のことだ。

08年の世界金融危機後、危機の根源となった「ウォール街」のエリートたちが本来の責任を取らなかったことは米社会に激しい幻滅をもたらし、大統領選でトランプ氏が当選する遠因にもなった。こうしたエリートたちが、トランプ氏に心から共鳴しているとはとても思えない。ただ、彼らがトランプ氏に対し、公の場で異論を唱えることも驚くほど少ない。減税と規制緩和、そして、それによってもたらされた好調な米株式市場の、彼らは最大の受益者であるからだ。

■懐疑なき「軽信の時代」の危うさ

トランプ氏の講演や記者会見が行われたダボス会議の会場=スイス・ダボス、世界経済フォーラム提供

理念なきトランプ政権の性格がわかりやすく現れたのが、トランプ氏が1月15日に署名した米中通商協議の「第1段階の合意」だった。トランプ氏はダボスの演説でもこの「成果」を強調し、「中国との関係はいまほど良くなったことはない」とまで言い切った。

トランプ政権の対中政策には、中国の市場開放という自由化志向のベクトルと、中国経済との「デカップリング(分断)」を求める保護主義志向のベクトルが混在している。「第1段階の合意」も、この混乱をそのまま反映したものだ。

合意では、大統領選でカギを握る米農家の歓心を買うため、中国に対し、農産物などの巨額の輸入目標が設けられた。これは管理貿易と言うべきもので、仮に巨額の輸入が達成できるとすれば、中国政府の統制的な経済があるからこそだ。中国の不自由な体制に乗っかったディール(取引)だと言える。

一方、合意の中核になっている知的財産侵害の防止や米金融界に対する規制緩和などは、中国の市場開放を進め、米企業の中国への進出を促す。トランプ氏が問題視してきた米雇用の流出を促進しかねない「グローバリズム」の流れだ。

トランプ氏が開いた「第一段階の合意」の署名式でも、製造業より金融大手の経営者たちの姿の方が目立った。トランプ氏はダボスの演説で「米経済はブルーカラー・ブームだ」とも訴えたが、いまや米国内総生産(GDP)に占める製造業の割合は1割ほど。19年にはトランプ氏による貿易紛争で米製造業はむしろ失速しており、いま米経済を牽引しているのは、減税で潤ったグローバル企業や金融・IT企業というのが実態だ。

トランプ氏の演説後、世界経済フォーラムの創設者クラウス・シュワブ氏はトランプ氏に向かって、「あなたが米経済、社会に成し遂げたことを祝福したい。あなたのすべての政策が確かに、米国民の包摂をさらに深めることに向けられてきた」とたたえた。しかし、米社会の分断のひどさを取材で目の当たりにしてきた私には、この「社交辞令」は違和感を感じさせるものだった。

「懐疑の時代は終わった」。ダボスでトランプ氏はそう言い切った。「退屈」なトランプ氏の演説の中で、最も印象に残った言葉だ。

トランプ氏の支援者の集会に取材に行くと、ウソを交えたトランプ氏の主張を、100%文字通りに信じ切っている人々が多いことに驚かされる。一方で、トランプ氏から「グローバリスト」と批判されてきたエリートたちが、トランプ氏のウソや誇張に気付いていないはずはない。しかし、目先の株価の好調さに目を奪われ、彼らは「寄らば大樹の陰」とばかりに沈黙している。

かつて福沢諭吉は、あるものの存在を無批判に受け入れる態度を「惑溺」と呼んで繰り返し批判した。政治学者の丸山真男は、この福沢の言葉は、英語の「credulity」という言葉に影響を受けたのではないかと指摘している。「信じやすさ、信じたい気持ち」という意味の単語だ。

民主主義社会の維持には、健全な懐疑精神が欠かせない。米国社会にとっても米経済界にとっても、今ほどそれが求められている時代はないはずだ。しかし、実際に蔓延しているのは、「credulity(軽信)」だと認めざるを得ない。

懐疑の時代は終わった――。そんなトランプ氏のメッセージは、事実としては正しいのかもしれない。複雑な思いを抱いたまま、私はダボスからの帰途についた。