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「運ぶだけ」から船の航行そのものをビジネスに 新時代の海運

World Now 更新日: 公開日:
日本郵船の船長、本元謙司・海務グループ安全チーム長

――日本は防衛省設置法の規定「調査・研究」に基づき、オマーン湾などへ自衛隊を派遣を検討していますが、2019年6月にはホルムズ海峡付近で、東京都内の海運会社が運航するタンカーなど2隻が襲撃される事案が起きるなど緊張が高まっています。(注:取材は2019年10月。自衛隊派遣は12月末に閣議決定された)

テロリストは海賊に比べると、対策をたてようがありません。情報収集と、リスクの高い海域は避ける、ということしか民間としてはできません。欧米経由のインテリジェンス情報も集めて分析や判断をしています。

自社での対策、自衛隊などによる艦船の護衛等の国際協力、業界全体の注意喚起というトライアングルが大事で、一角でも欠けたり、手薄になったりすると、海賊やテロの標的になり得ます。

――東南アジアやアフリカの海では海賊の発生がいまも続いています。日本は海賊対処法に基づき、2009年からソマリア沖などで民間船舶の護衛などを続けてきましたが、シーレーンの状況は改善されていますか。

海賊の件数は減っているものの、いまも襲われて実害が出たりしています。アデン湾、西アフリカ等のリスクの高い海域はとにかくフルスピードで走り抜けます。通常は12,13ノット(約24キロ)のところを、20ノット(約37キロ)くらいのフルスピードにしたりします。

海賊対策のため大型貨物船の上を旋回飛行する海自のP3C哨戒機=2014年3月22日、ソマリア沖・アデン湾上空、三浦英之撮影

いまも一部の貨物船や客船は自衛隊などに護衛してもらっています。たとえばですが、船ごとに要請を出すと、何日の何時にどこのポイントで集合という連絡を受けます。自衛隊は日本の船舶だけを護衛しているわけではないし、我々の船を護衛してくれるのが他国軍の場合もあります。また、ほかの船と合流したあとは、危険な海域をお互いのスピードに差をつけて隊列を組んで航行し、ゾーンを護衛してもらうなどのやり方もあります。

――世界の海上輸送量は右肩上がりで、外航海運業は熾烈(しれつ)な国際競争にさらされています。

20年前と比べると、業界は大きく変化しています。まず、コンテナ船の大型化です。かつては一隻に6千個積んでいたのが、いまは3倍強の2万個積みの船がでてきています。また、物流の「ハブ&スポーク」が進み、一カ所に大量輸送したうえで、そこから最終集積地へ運ぶ傾向が強まっています。

業界はアライアンスをつくって再編されてきています。日本郵船、川崎汽船、商船三井の3社の定期コンテナ船事業を統合し、2017年に合弁会社を設立したのも、効率化を進めて生き残るためです。

時代に即応しているのがシンガポールです。政策的判断が速く、利便性の高い新たな港湾拠点を次々とつくっています。アラブ首長国連邦のドバイや、オランダ、スリランカも同様です。日本の港湾は、それらの港から遅れをとらないよう、ハード・ソフト両面から大型化及び、小口輸送に備えることが問題だと思います。

またIT化が進み、モノを運ぶだけでなく、船を航行すること自体がビジネスになっています。世界中の船舶のスピードやルートなどのビッグデータや洋上の天候情報を容易に取得できるようになり、それが売れる時代になりました。

――近年は、地政学的な変化も起きています。中国は巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げ、国外に次々と港湾インフラを築いています。高金利の借款や、債務軽減と引き換えに長期運営権を握るといった手法が批判されています。中国が整備しているスリランカ南部ハンバントタ港やパキスタン南西部グワダル港などは、人民解放軍の艦船や潜水艦による利用が懸念されています。

中国の支援で建設されたパキスタン南西部のグワダル港=2016年1月、武石英史郎撮影

船会社や船長の目線からいうと、大型船が安全に着岸できる港湾であれば、どの国の資本が入っていようが関係ありません。船会社の顧客である荷主側も、ターミナルや倉庫の使い勝手がよいか、陸上配送のネットワークが充実しているかなどの要素で評価します。

ただ、政治的な思惑が絡む港湾はリスクがあります。たとえば中国とインドがもとめたとき、インドの隣国であるパキスタンの港湾は中国の軍事物資の補給や修繕の拠点に早変わりする可能性があります。スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーもです。

――日本に向かう原油タンカーの9割近くが通過するシンガポールのマラッカ海峡は、インド洋と南シナ海を結ぶ要衝です。南シナ海では中国が軍事拠点化を進め、通航できなくなる可能性も否定できません。どうみていますか。

南シナ海にはベトナムやフィリピン、アメリカなど関与する国も増え、物流も増えています。しかし、中国の考える海洋秩序は国際法に基づく既存のものとは違います。万が一に備え、迂回(うかい)するルートとして、インドネシアのロンボク海峡を検討していますが、遠回りをすれば経済的損失は大きく、そのような事態は企業としては避けたいです。

――外航船に乗る日本人船員は1974年をピークに減少しています。船員の生活は変化しましたか。

船員の働き方や福利厚生は改善されています。20年前は1年間続けて乗船することもありましたが、2013年にILO(国際労働機関)海上労働条約が発効し、最低限の労働、雇用条件が定められました。一つの契約では11カ月を超えないことなど厳格に定められ、違反した船主や運航業者には罰が科せられます。いまは数カ月が目安です。

船上の通信環境は劇的に良くなり、船によっては陸上と変わらない環境でWi-Fiを使ってSNSのニュースを読んだり、家族と話したりできる船も登場しています。

――船員不足の対策として、日本郵船は2007年に幹部船員を養成する商船大学をフィリピンに設立しました。人材確保につながっていますか。

たとえば、一隻で乗船するのが25~30人の船の場合、日本人船員は多いときで10人くらい。日本人が2人のときも、まったく乗っていないときもあります。

日本郵船は750隻を運航し、自社の管理下の船員は9千人ほどいますが、日本人は5、6%にあたる約600人です。

フィリピンに設立した理由は、フィリピン人は英語が堪能で、温和な性格の人が多く、船長が日本人でもインド人でも良い関係が築けるからです。またフィリピンでは船員の給与は平均の10倍近くで、社会的地位も高いので、希望者を確保しやすい。大学の学費を援助し、育成した人材を日本郵船が抱える船員として採用しています。

――日本商船隊は約2500隻ですが、9割が外国籍です。2009年から優遇税制などで政府がてこ入れし、日本船籍は1割にまで回復しました。

2011年、東日本大震災後の福島第一原発事故を受けて、被災地を回避したいとする外国人船員、外国船社が一部あったと聞きます。また、朝鮮半島や中東で不安定な状況が続くなか、日本のライフラインが途切れないように、日本船籍や日本人船員の一定数確保は重要です。

――日本郵船は昨年、国際海事機関(IMO)が制定する暫定指針に基づき、自動運航技術の実証実験を世界で初めて行いました。将来、日本の商船が遠隔操船に取って代わったり、無人運航になったりする日がくるのでしょうか。

現在の研究開発では「有人自律」という言い方をしており、ある程度、人は乗っているけれども、技術としては無人でも動かせるようにしようという段階です。人の判断や操作の誤りで起きる事故はAIで防げる面もあるからです。完全無人化は本当にそれで社会が幸せになるか、といった社会の議論が必要です。無人化の技術を志向し、その過程で新しい技術やより安全なものが登場してくると思うので、その副産物を狙っているというわけです。

ほんがん・けんじ 1998年、神戸商船大学卒、日本郵船入社。2010年、船長。17年4月から現職。