巨大なスクリーンの中を何台ものスポーツカーが塊になって疾走していく。その下には、まるでゲームセンターのように「運転席」がずらりと並び、プレーヤーがハンドルやアクセルペダルを操作している。10月下旬、東京・お台場で開かれた東京モーターショー。目玉の一つが、世界のトッププレーヤーを集めたGTスポーツによるeレースだった。
eスポーツの源流は1980年代のゲーム大会。徐々にスポーツ色を強め、2000年代にはeスポーツの名称が生まれた。格闘ゲームの「ストリートファイター」やサッカーの「ウイニングイレブン」などが人気となり、いまでは高額の賞金が出たり、スポンサー契約を獲得したりするプロスポーツに成長。五輪への採用を目指す動きも出ている。eモータースポーツが盛り上がるのは自然な流れと言える。
ただ、GTスポーツを使ったeレースには、他のゲームと違う大きな特徴がある。際だった「リアルさ」だ。
車を操作する感覚は、実際の運転とほとんど同じ。ハンドルやペダルの動きに対応する車の挙動も、ほぼリアルの車と変わらない。そのため、ゲームで腕を磨いたプレイヤーが、実際に車を運転しても速いことが珍しくないという。非現実的な超人パワーを楽しむ格闘ゲームや、スーパースターの超絶したテクニックを再現するサッカーゲームとは対極にあると言える。
高額の費用やサーキットなど場所の確保の問題から、モータースポーツの敷居は高く、プロの世界では2世レーサーも多い。だが、eレースの参加するコストは、実際のレースの100分の1から1000分の1以下。PSとGTスポーツ、インターネットがあれば、世界中どこでも、誰でも、「リアルな車」による「リアルなレース」を、サッカーのように手軽に楽しめる世界が実現した。
ここに熱烈な車ファンの裾野を飛躍的に広めるポテンシャルを見るのが世界の自動車メーカー。FIA(国際自動車連盟)も、最高峰のF1と並ぶ公認のeレース「FIAグランツーリスモチャンピオンシップ」を2018年に始めた。
--どんな経緯で東京モーターショーで開催することになったのですか。
僕ら「グランツーリスモ」の大きな目的は、自動車文化をきちんと維持し、広めること。そしてモータースポーツに参加する人たちを、これまで以上に増やしたい、減少に歯止めをかけたいという思いがあって、東京モーターショーを開催している自工会(日本自動車工業会)さんと一致したのが大きな理由です。
--FIAの大会は2年目です。
1年目に気づいたのは、「スポーツは何か」ということの一部。人は誰でも祝福されたいし、祝福したい。それがスポーツの本質だと思いました。今年、さらに気づいたのは、FIAグランツーリスモチャンピオンシップは、極めてクリーンでフェアなレース。コンペティションが行われているという意味においては、ものすごくレアで貴重な選手権になっているということです。
人間の不幸せって、割と定義可能じゃないですか。貧困やご飯が食べられないとか。幸せは、人によって様々な形がありうるし、けれども、人間って競争が好きなんだなと改めて思ったし、自分自身が進歩すること、学習し、一段高いレベルに行くことは普遍的な欲求だと気づきました。かつ、それらの競争がフェアに行われていることが大前提。クリーンでフェアな競争は人を幸せにする、と2年目に気づきました。
--次のシーズンは何か新しい試みを考えているのですか。
今年の東京モーターショーに合わせ、アンダー18(18歳以下)の選手権をやります。いまのFIAチャンピオンシップは、本当に世界のトップ・オブ・トップみたいなドライバーたちの、極めてハイレベルな戦いになっているが、もう少し下のカテゴリーのチャンピオンシップもやっていきたい。やっぱり、ウィナー(勝者)はたくさんいればいるほどいいんです。
--今年はポルシェカップやスープラカップがあって、多くの自動車メーカーがGTスポーツを始めました。いまeモータースポーツのムーブメントが巻き起こっていますが、この現象をどうとらえていますか。
昨年はちょっと困惑していたところがあります。6年前にFIAのみなさんとチャンピオンシップの構想をしてGTスポーツをつくり始めた頃には、まだeスポーツ(のムーブメント)がやってくるとは想像していなかったんです。でも偶然、eスポーツのムーブメントとGTスポーツのローンチ、あるいは選手権の開始が重なったということですよね。
第1作目のGTが発売されたのは1997年。初代プレイステーション発売の3年後だった。その後、プレステの進化とともにGTも高機能化され、PS4用で、オンラインのeモータースポーツを想定したGTスポーツが2017年10月に発売された。
数あるレースゲームの中でGTがeモータースポーツのプラットフォームとして選ばれた理由は、他のゲームと一線を画すリアルさへのこだわりだ。コンピューターで車種ごとの動きを解析し、車体の大きさや重さなどのデータも織り込んで車の挙動を再現する。しかもタイヤの摩擦やサーキットごとの路面状況まで反映しており、ゲームの枠を超え、実車の「シミュレーション」と呼べる水準に達している。さらに収録している車種も多彩で、PS3用のGT6の場合、1200種類以上にものぼる。自分の愛車を運転し、クラシックカーの名車や最新のスーパーカー、夢のコンセプトカーとレースすることもできる。
将来は、GTの中で多くのプレイヤーに選ばれることが、実際の世界での人気を高め、販売台数を増やす近道になる時代が来るかもしれない。そんな可能性を評価したトヨタは今年、17年ぶりに復活させたスポーツカー「スープラ」の発売に合わせて、GTスポーツを使ったワンメイクのeレースをスタート。GTの中で、全世界で60万台以上のスープラが購入されたほか、2万人以上がオンラインでレースに参加している。一方で、実車のスープラ用には、現実のサーキットを走りながら、車の挙動やエンジン、ブレーキなどのデータを記録するシステムを開発。将来は、このデータをリアルタイムで送信し、GTの中で再現する構想もある。スープラの開発責任者である多田哲哉は「ゲームのeレースとリアルなレースが融合する」と期待する。
--自動車業界との協力関係について、もう少し詳しく、その思いを聞かせてください。
スープラを例にすると、だいたい60万台ぐらいがGTの中で、ユーザーに購入された。スープラカップは単なるワンメイクのシリーズというだけでなく、スープラに乗ったプレイヤーからのフィードバックを元に、(実車のスープラを改良した)次のイヤーモデルをつくる。そういう野心的なプロジェクトでもあったんですね。フィードバックは7万件以上集まっているが、それが反映されてスープラが生まれ変わるというプロセスを続けて行く。今の時代、例えばスポーツカーが何台売れるかというと、ライフタイムを通じて1万台以上を売れるスポーツカーってそんなにないはずなんです。でもGTの中では、例えば60万人が実際に購入する経験をして、その彼らがいつかは自動車のカスタマーになる。すごくいいサイクルだと思う。
--今後、そういったコラボレーションをどう発展させたいですか。
僕はやっぱり自動車が好きですし、どうやったら、この文化を維持していけるんだろうって、いつも考えています。ですから、こういった試みを、ほかの自動車メーカーさんもぜひやって頂きたい。
--なぜGTのレースはクリーンに行われているのでしょうか。
この20年にわたるGTのカルチャーみたいなものをプレイヤーの皆さんが子どもの頃から共有しているというのが、一つ大きいと思います。あと、リアルなモータースポーツって、どうしてもお金がかかるので、原理的にはフェアにならないんです。やはり必ずお金のある人が勝ちやすい状態になってしまう。だけどGTの場合、極端な話、タイヤ1セット分(のお金)で何年間も本物のコンペティションができるわけじゃないですか。それは大きな違いだろうし、そうした基盤があるから、選手たちは心から競争を楽しめると思いますね。
--2016年の英国のイベントで、GTの最新作は、eモータースポーツのタイトルだと宣言されていた。いまの満足度はどれぐらいですか。
あのとき申し上げたのは、(GTの最新作は)eスポーツのタイトルということではなくて、今後100年のモータースポーツをデザインするという言葉だったと思うんですね。それはいまでも変わっていなくて、モータースポーツはだいたい150年ぐらいの歴史がありますが、もともと貴族のスポーツとしてスタートしています。ヨットとか登山とか、あるいは南極探検、北極探検によく似ているところがあるんですね。時代が変化したのが1970年の頭ぐらいだと思いますが、車にステッカーを貼るだけで、コマーシャルなお金が流れ込んでくると言う、ある種、例外的な時間が訪れたんですね。でも、それは90年ぐらいには終わっていて、いま、リアルなモータースポーツは元の(貴族のスポーツのような)姿に戻ろうとしているんじゃないかと予感しているんですが、それでいいのかという話ですね。
やっぱり僕らはモータースポーツの素晴らしさを知ってしまったし、それを後の世代にも伝えていきたい。だとしたら、そうではないモータースポーツの形を作らないと、ポピュラーなスポーツであり得ないことになってしまう。それがGTスポーツをつくった理由です。
やまうち・かずのり ゲームクリエーター。1992年ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社し、プレイステーション立ち上げとともに、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)に移籍。98年、SCE傘下にGTを開発するポリフォニー・デジタルが設立され、社長に就任。実際のレースに出場した経験もあるほどの車好きで、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員も務める。