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動いた掃除機、手を叩いて喜んだ 大規模停電で見えた、電動車の新たな使い方

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停電した千葉県で電力を供給するトヨタ自動車の燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」=東京電力HD提供

大規模停電が発生したのは、大型の台風15号が千葉市に上陸した9月9日早朝。千葉県大網白里市の不動産会社、大里綜合管理では、自家用発電機のほか4台のプリウスPHVを延長コードでつなぎ、電話など事務所の機器を動かした。「屋根に穴があいた」「木が倒れた」など被害を訴える顧客からの電話に、3日間で約300件対応できたという。

千葉県の大規模停電の中、事務所に電気を供給する大里綜合管理のプリウスPHV=大里綜合管理提供

4台のPHVは、2011年の東日本大震災を教訓に「災害時の電源確保が非常に重要だ」として購入した。社長の野老(ところ)真理子さん(60)は「いまのオフィスは電気がなくては何も動かない。PHVなら燃料を満タンにすれば10日以上は使える」と話す。

一方、住民は日常生活でも問題を抱えた。停電は当初の想定を超え、最長で3週間にのぼった。スマホの充電のほか掃除や洗濯、お風呂などが困難になった。災害用の電源車が避難所などに配備されたが、個人の住宅までは手が回らない。部屋のほこりや汚れた洗濯物が増え、住民はストレスをためていった。

被災地のショッピングセンターに並ぶトヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」=東京電力HD

この苦境を救ったのがトヨタなどが派遣した電動車。掃除機が動くと、ある女性は手をたたいて喜んだ。洗濯のほか炊飯器でご飯を炊く人もいた。自衛隊が設置した風呂場の横にはドライヤーが置かれ、子供らの髪を乾かした。倒木の片付けに、バッテリー式のチェーンソーを使うこともできたという。

災害時に使われることが多い小型発電機も活躍したが、「騒音で眠れない」という苦情もあった。室内で使用し、一酸化炭素中毒で病院に搬送される事故も相次いだ。野老さんは「PHVならとても静か。もっと広まってほしい」と期待する。停電の後、すぐにプリウスPHVに買い替えた人もいるという。

トヨタに電動車の提供を依頼したのは東京電力だ。これを受け、トヨタは愛知県豊田市の本社などからFCVを送ったほか、関連会社や首都圏の販売店などにも協力を要請。例えば、トヨタ直営の販売会社であるトヨタモビリティ東京は、試乗車や社用車など19台を急いで集めた。トヨタの派遣台数は多いときでFCVの「ミライ」23台、PHV28台、ハイブリッド車(HV)20台のほか、燃料電池バス「SORA(ソラ)」も投入して計72台。トヨタ以外にも日産自動車や三菱自動車などが協力し、現地で電動車が活動した。

日産自動車や三菱自動車もEVやPHVを提供した=東京電力HD提供

電動車の大きな特徴が内蔵のバッテリーやエンジンなどを活用した電力量の大きさだ。しかも遠方の被災地まで自力で移動できる。トヨタの先進技術統括部水素・FC推進Gの三谷和久さんは「一般のユーザーさんが自宅に1台置くだけで、分散型電源が整っていく。国や自治体が本気でやろうとすればすごい予算がかかる」と期待する。

トヨタによると、FCVが供給可能な電力量は約60キロワット時でスマホ約6000台分にあたる。車載コンセントの利用でも出力は最大1.5キロワットと、冷蔵庫や液晶テレビ、照明器具が同時に使え、一般家庭の1軒分の電力を賄える場合もあるという。車載バッテリーの電気で家電を使えるようにする給電器を使えば出力は最大で9キロワットに増え、500人規模の避難所にも対応できる。FCVは水素を燃料とするので、排出するのは水だけ。騒音や排ガスの問題もない。

自らも千葉で活動した同じく先進技術統括部水素・FC推進Gの佐藤功主幹は「感謝の声が届いてうれしかった。さらに普及するよう頑張りたい」と意欲を示す。

昨年9月の北海道胆振東部地震でも、FCVは市役所などでスマホの充電など様々な用途で活用された。ただ、地域によっては確保できる台数が限られる。そのため経産省や自治体と連携し、災害時に備えた態勢整備の動きも広がっている。

鹿児島県は10月、トヨタ系販売会社と防災を含めた包括連携協定を締結。災害時に避難所へPHVを派遣することなどを盛り込んだ。岡山県も三菱自動車やその販売会社と、災害時に電気自動車(EV)やPHVなどを無償で借りる協定を結んだ。また鳥取県は、FCVやPHV、EVを所有する県内の住民や企業を登録し、災害時に出動してもらう制度を作った。

ただ、こうしたシステムが広がるには、電動車の普及台数を増やす必要もある。いまは同じ車種でも、標準装備でないため、電源として使えないこともある。車によっては不可欠な給電器は価格が高い。台数が増えてコストが下がり、さらに台数が増える好循環をつくるには、災害時以外にも多様な使われ方をする必要があるかもしれない。

そこでトヨタが提案しているのがキャンプでの活用だ。三谷さんは「100年に1度、50年に1度の災害の時に移動式発電所として使えるだけでなく、普段はキャンプなどで楽しんで頂き、まさかの時にも使って頂く、そういう使い方がいい」と説明する。

10月上旬、世界耐久選手権(WEC)のレースが開かれた富士スピードウェイ。駐車場の一角に大小のテントが並び、煌々と明かりが灯っていた。電動ミニカーのコースで子供たちが歓声を上げ、その横では、温かいコーヒーも振る舞われた。大きなテントの中には、映像を映すスクリーンもあった。

大小のテントに電気を供給するトヨタの燃料電池車「MIRAI」=10月5日、富士スピードウェイ、中川仁樹撮影

これはTOYOTA GAZOO Racingが企画した「電気のあるキャンプ体験」。抽選で選ばれた3組がFCVのミライを東京からドライブ。レースでトヨタを応援するとともに、ミライを電源に使ったキャンプを体験するというものだ。テントの近くには5台のミライが停車し、そこからすべての電気を供給していたという。

この企画には、元F1ドライバーで、トヨタの「TS050 HYBRID」を操縦して富士のレースで2位に入った小林可夢偉選手が監修として参加。レーシングドライバーで、GAZOO Racingのアンバサダーでもある脇阪寿一さんとのトークショーでもジョークを交えて思いを語り、観客を楽しませた。

トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」からの電気を使ったトークショーも開かれた=10月5日、富士スピードウェイ、中川仁樹撮影

小林さんは6年ほど前からキャンプを始め、仲間と楽しんでいるという。ただ、日本では、発電機が禁止されているキャンプ場が多く、設備が整った一部のキャンプ場を除いては、電気がないキャンプが当たり前だという。「山とか寒いとバッテリーがなくなるのが、むちゃくちゃ早い。だから電気は絶対に必要なんです。海外のキャンプは電気があるのが当たり前。アメリカなんかは電気もあってWi-Fiまである」と訴える。

キャンプでは、仲間とテントを張り、食事をつくり、寝る直前まで一緒の時間を過ごす。SNSによるコミュニケーションと違い、「顔を見合わせて話すのは、コミュニケーション能力にとても大事。互いに理解し合い、うわべだけのつきあいでなく、中身のある人間関係がつくれる」と、日常生活では得がたい効果があると実感している。

元F1ドライバーで、世界耐久選手権にTOYOTA GAZOO Racingの「TS050 HYBRID」で参戦する小林可夢偉選手=10月6日、富士スピードウェイ、中川仁樹撮影

鳥のさえずりや風の音を聞くことによるリラックスする効果も大きく、「僕は、キャンプに来ると普通に12時間寝ている」という。

それだけに、電気があればキャンプの敷居を下げ、手軽に楽しみたい人が増えると期待。最近のキャンプ人気で、週末は予約なしでは宿泊できないこともあるとして、「サーキットでもキャンプは出来るよ」とも伝えたいという。「車も『ミライ』化しているんだから、キャンプも『ミライ』化していい」と笑った。