[ワシントン 5日 ロイター] - 来週12日の米朝首脳会談で、朝鮮戦争を正式に終結する平和宣言を、自らの提案通りに実現するならば、トランプ大統領はテレビ向けに用意された世界の大舞台で大いに注目を浴びることになるだろう。
だが、非核化交渉において、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長から大幅な譲歩を引き出すことができない場合、この歴史的会談の広告価値も、すぐさま色あせてしまう可能性がある、と元米当局者や専門家は警告する。
トランプ大統領は北朝鮮・朝鮮労働党中央委員会の金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長と1日会談した後、迅速かつ完全な非核化を求めてきた姿勢を突如、後退させたようにみえる。
その代わり、シンガポールで開かれる史上初の米朝首脳会談における最も現実的な成果は、厳密にはいまだ戦争状態にある朝鮮半島の状況を「文書に署名」して終わらせることだ、と大統領は示唆した。朝鮮戦争は65年前、平和条約ではなく休戦協定によって終わりを迎えた。
トランプ氏はそのことを、首脳会談の外交的な成果だとアピールする手段として捉えているかもしれない。だがそれは、北朝鮮が何十年も追い求めてきたが、核兵器放棄への合意なくしては不可能だと歴代米政権が堅守してきたものを同国に与えてしまうことを意味する。
たとえ条約まで至らなかったとしても、戦争終結を宣言することは、今後の非核化交渉において、もし北朝鮮が譲歩しなかった場合、米国の優位性を損なう可能性があると、専門家は警鐘を鳴らす。また、北朝鮮が、韓国に駐留する米軍の撤退や米韓合同軍事演習の停止を要求する上で、同国により強力な立場を提供することになりかねない。
とりわけ米国本土まで到達可能だとする北朝鮮核ミサイル開発の阻止に手を焼いている中で、トランプ政権内部でも、こうした可能性を巡って疑念が生じている。
「平和条約となれば、それは大きな成果だ」と米朝首脳会談の準備にかかわる米当局者は言う。「だが、北朝鮮の核プログラムや兵器・技術輸出によって周辺国や他の国々にもたらされている脅威が、それで後退することになるかは全く確信がもてない」
実際に、北朝鮮が核放棄の意思を何も示していないこの段階において、共同平和宣言のようなものを出すことは時期尚早だと、同国との交渉に携わったエバンズ・リビア米元国務次官補代理は指摘。「シンガポールで米大統領がはまりかねない数多くの落とし穴の中でも、これは最大級のものだ」とリビア氏は語った。
しかしトランプ氏の側近らは、早期の和平合意により、緊張が緩和し、将来の核交渉に道を開くことで、「敵対的な」米国からの攻撃を阻止するには核プログラムが必要だとする北朝鮮の主張をひっくり返すことが可能だと話す。韓国に駐留する2万8500人規模の米軍部隊は、朝鮮戦争(1950─53年)の遺産と言える。
米ホワイトハウスはコメント要請に応じなかった。
<信じられるだろうか>
しかし、こうしたトランプ大統領の試みは意義あるゴールとなるかもしれない。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金委員長による南北「終戦」に向けた最近の合意とも一致する。
文大統領が米朝首脳会談のためにシンガポールに向かうとの憶測がメディアで飛び交っているが、韓国当局者は同会談が実施された後に3者会談を検討していると強調した。
また、平和条約という考えは、リアリティー番組のスターだったトランプ大統領の心をくすぐるのかもしれない。アメリカの歴代大統領が成し遂げられなかった成果を上げることができるからだ。ノーベル平和賞を受賞するかもしれないというトランプ支持者の期待も高まる。
「朝鮮戦争の終わりについて協議するなど信じられるだろうか」。トランプ大統領は1日、感慨深げに記者団にそう語り、会談が「歴史的に」重要な出来事になると述べた。
だが、歴代の米政権がそのような合意を提供せず、あるいは北朝鮮がずっと求めてきた首脳会談を受け入れなかった理由は、北朝鮮が核軍縮に応じなかったことにある。
米当局者は、長距離ミサイル発射実験の停止や核実験場の閉鎖に関する金委員長の最近の発表を歓迎する一方、こうした措置は覆される可能性があると話す。
トランプ大統領が実際に平和条約に署名する可能性を探るかどうかは明らかではない。それには長期にわたる交渉、あるいは詳細な条約の基礎となり得る両国によって合意された政治的声明が必要となると専門家はみている。
休戦協定を完全な条約に「格上げ」することはまた、北朝鮮や朝鮮戦争時に国連軍を指揮していた米国だけでなく、北朝鮮と共に戦った中国など全ての当事国の署名が必要となる可能性が高い。
中国外務省は「平和のメカニズム」に至る努力を支持するとしているが、中国共産党の機関紙である人民日報系の環球時報は、「合法的かつ歴史的な地位を確かなものとするため」いかなる平和条約であっても中国は調印国とならなければならないと主張している。
どちらにせよ、米国にとって、それは大きな意味合いと、意図せぬ結果を招く可能性がある。
「金委員長は、韓国の駐留米軍を巡る交渉を長引かせることを何よりも望んでいる」と、オバマ前政権で東アジア・太平洋担当の国務次官補を務めたダニエル・ラッセル氏は指摘する。
「だが北朝鮮がシンガポールの会談で頭にあるのは、米朝首脳が平和の維持や恒久的な和平に向けてコミットしているという漠然とした宣言という手っ取り早い勝利を得ることだろう」
Matt Spetalnick and David Brunnstrom(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)