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中ロが握る、新興国の原発市場 「核の未来」は誰の手に

World Now 更新日: 公開日:
インド南部にロシアの協力で建設された原発。一帯では、津波による事故を心配する住民の反対運動も起こった=インド南部クダンクラム、奈良部健撮影

■反対運動、それでも インドで増えるロシアの原発

インド最南端のコモリン岬から東に約30キロ。海岸沿いにクリーム色のドーム形の建屋が見えてきた。ロシアの支援で建てられたクダンクラム原発1、2号機(計200万キロワット)。2017年には3、4号機が本格着工し、さらに二つを建設して計6基のロシア製原発が稼働する計画だ。

現在、インドで稼働する原発は22基。経済成長にともなうエネルギー需要の急速な伸びと地球温暖化への対策として、政府は31年に原発の発電能力をいまの3倍超に拡大し、50年には発電量に占める原発比率も約3%から25%に高める大胆な目標を掲げる。

原発の近くでは、風力発電の巨大な風車も建っていた。急速な経済成長にあわせ、インドは発電能力を増やそうとしている=インド南部、奈良部健撮影

ただ、クダンクラム原発のある一帯は04年のスマトラ沖地震が引き起こした津波で壊滅的な被害を受けた。近くの村に立ち寄ると、コンクリートでできた平屋建ての家があった。土台が地面から1メートルほど高くなっている。「津波ハウス」と呼ばれ、NGOが建てたものだという。そこに住む主婦のアンソニー・アマル(55)は「家財道具はすべて流された。フクシマの悲劇をここで繰り返してほしくない」と原発への不安を訴えた。

原発から近い小さな魚市場ではロブスターやエビが売られていた。販売する男性は「原発の完成後、収穫量が10分の1に減った」と嘆いた=インド南部、奈良部健撮影

その思いは多くの住民も同じだ。11年の東日本大震災による東京電力福島第一原発事故の後、原発への反対運動が激しくなった。ハンガーストライキや原発入り口の封鎖……。これに対し政府は、住民の移動制限や銀行口座の凍結など弾圧姿勢を強めた。アマルも12年、抗議行動中に警察に拘束され、82日間収監された。結局、計画は強行され、1号機が14年末に稼働した。

インドにはロシアのほか、米国やフランスも参入を狙うが、原発事故が起きれば、国外のメーカーの責任も問うとする法律もあり、交渉が進まない。ロシアには、冷戦時代からの友好国であるインドをつなぎとめる戦略的な狙いも見える。インドは1970年に発効した核不拡散条約(NPT)に参加せずに核兵器を開発。長く外国と原子力分野で協力できなかった歴史がある。反対運動を引っ張る元大学教授のウダヤクマルは「政府が本当にほしいのは、核兵器開発のためのプルトニウムだ」と批判する。

ロシアの原子力業界は、ソ連時代の86年にチェルノブイリ原発事故を引き起こした。危ういイメージがいまもつきまとうが、実は97年からの20年余りでロシアが国内外で建設した原発は約20基。中国に次ぐ世界第2位で、米国や日本を大きく上回る。イランの原発にも協力した。業界団体によると、現在もバングラデシュやインドなど4カ国で計7基が建設中だという。

ロシアの強みは政府や軍と一体化した原子力の開発態勢。原発は兵器と並び、世界で競える数少ない商品だ。プーチン大統領も4月にロシアであった原子力関係のフォーラムに寄せたあいさつで「ロシアには伝統的にこの分野で優秀な技術力がある」と、国際協力の拡大に意欲を示した。

ロシアの戦略的な動きは、欧州にも浸透している。東欧のハンガリーのパクシュにある同国唯一の原発。ビジターセンターを7月上旬に訪ねると、案内の職員が「昨年は国内発電量の5割を発電した」とPRし、「ドイツは原発をやめ、(火力発電で)空気が汚染されている」と、2022年末までにすべての原発を止めると決めた欧州の大国を皮肉った。

原子炉2基の増設が計画されているパクシュ原発。近くにドナウ川が流れる=ハンガリー、大室一也撮影

この原発は1980年代、旧ソ連の手で4基の原子炉が完成。老朽化のため2030年代にも廃炉になる可能性があり、ハンガリーが頼ったのがロシアだ。国営の原子力企業ロスアトムが2基を輸出する見返りに、実に建設費用の約8割、100億ユーロ(約1兆2000億円)をハンガリーに融資すると決めた。今年6月にあった関連施設の起工式で、担当相のシュリは「原発がなければ安い電力も温暖化対策も実現できない」と強調した。

パクシュ原発のビジターセンターには敷地の模型がある。男性が指さす辺りに原子炉2基が増設される見通しだ=ハンガリー、大室一也撮影

ただハンガリーが加盟する欧州連合(EU)はウクライナ問題などでロシアと対立する。費用も丸抱えで原発増設を後押しする裏には、ハンガリーへの影響力を強めてEUの結束を乱す思惑があるとの批判もある。原発を「トロイの木馬」(ハンガリーの元国会議員)とやゆする声も出ている。

野党議員のウンガー(28)は、政府とロシアの交渉経過が不透明だなどと批判。以前隣国オーストリアで完成した原発が国民投票を受けて稼働されなかったことを念頭に、「建設に使う巨額の金は納税者が負担する。国民投票で最終的な意思表示をするべきだ」と主張する。

パクシュ原発増設に反対するハンガリー国会議員のウンガー=ブダペスト、大室一也撮影

実際、町で聞いた住民の声は割れていた。コンサートに来たトマシュ・バログボルデル(49)は「原発はベストな技術でなく、政治的にもロシアの奴隷になりたくない」と反対。時計店を営むラーニ・ミクロシュ(64)は「多くの電力を外国に依存しており、将来、価格を上げられるかもしれない」と賛成の立場だった。

■世界一の原発大国は目前? 勢いづく中国

そのロシアとともに勢いを増すのが中国だ。日本原子力産業協会によると、18年に原発の発電能力で日本を抜き、世界3位に躍り出ており、運転可能な原発の数でも44基に増え、14基が建設中。米国(98基)やフランス(58基)を抜いて、世界一の原発大国になるのも時間の問題に思える。

中国は米仏の技術をベースに最新の原発「華竜1号」を開発。15年発表の産業政策「中国製造2025」で原発の製造レベルを高めるとうたう。テピア総合研究所主席研究員の窪田秀雄(65)は「積極的に輸出しようとしている」と指摘する。現在、パキスタンで2基が建設中。アルゼンチンへの輸出にも合意した。日立が計画を凍結した英国では、廃炉となる原発が増えることもあり、華竜1号の審査が進む。

燃料となるウランの主な輸入先が、隣国のカザフスタン。ウラン生産量で世界1位を誇るが、国営ウラン会社カズアトムプロム(KAP)でマーケティングなどを担当するリアズ・リズビ(46)によると、昨年の産出量2万1700トンのうち、約3分の1が中国向け。ここ数年、中国が輸出先の1位となっている。「隣国でもあり、鉄道で直接輸送できる」と話した。さらにトルコやインドなど、ほかの新興国への輸出にも意欲を示す。

東電の原発事故後、先進国では原発建設にブレーキがかかったが、元ロスアトム社員で、原子力コンサルタントのアレクサンドル・ウバロフ(53)の見方は違う。「事故を教訓に、原発の安全性を高めた」と原発の未来に自信を示す。

かつて先進国が描いた「核の夢」はいま、ロシアと中国の手に握られているのかもしれない。ロシアは高速増殖炉の開発で先行。2015年に商用化の一歩手前となる実証炉が稼働し、送電網につなげた。中国も実用化を目指しており、中ロが核エネルギーの技術で、世界のトップランナーになる可能性も現実味を帯びてきた。新興国や途上国の一部は、エネルギー需要の増加や地球温暖化に対応して「国の未来」をつくるには核技術が不可欠だと主張し、ロシアや中国に期待をかける。

一方、原発に強い関心を示すサウジアラビアやイラン、トルコなどは核兵器保有の意欲があるとの見方もある。核不拡散に詳しい米プリンストン大名誉教授のフランク・フォンヒッペルは「原子炉を持てば、核技術者を育成する理由になる。技術者なら核爆弾の設計はできる」と話す。

核を使ったテロや原発事故への懸念も高まる可能性がある。「核」の広がりは、人類の未来に大きな影を落とす恐れも潜んでいる。