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各国の言い分を「宣伝戦」と引いた眼で見る 池内恵氏の「中東を読むヒント」

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「安定」が消え、国のまとまりも消えた

「アラブの春」が広がった2011年までの中東の国々は、政治体制は行き詰まっていたけれど変化に乏しく、それを「安定」とも言っていました。それが11年以降、とにかく変化する時期に来ています。14年前半に、過激派組織「イスラム国」(IS)が台頭すると、国際政治が反ISということで一致するように。17年ごろからISが支配地を失っていくなかで、今度は反ISでまとまっていた国々の一致点が失われていきました。超大国レベルでも地域大国レベルでも、いろんな方向を向くようになってきました。

簡単にみても、この3段階ぐらいがあって、どの視点で見るかによって、見える色というのが全然違ってきます。ミクロに現地に生きている人の視線で見れば目の前で起きていることは非常によく見えるのですが、立場が違う人の視線からはまるで違うものが見えているので、全体の大きな流れは分からないのです。

 

11年には、エジプトで人々がタハリール広場に集まって声をあげたことで政権が変わり、自分たちの運命を自分たちの手に取り戻したという歓喜があり、近隣諸国にも伝播しました。そして、それまでの不合理や矛盾といったものをすべて洗い出す、という意識が強まりました。

欧米では、中東も自由や民主主義という方向に進んでいくと期待を持った人たちも多かったですね。中東の中にも、それに賛同した人たちはいましたが、社会の中の12割ぐらいだったと思います。彼らは外国向けに発言するのが上手で、国際的には目立ちましたが、選挙をすると、ムスリム同胞団のようなイスラム主義団体が出てきます。そうした社会の底にある「大きなもの」が表面に出てくると、当初声をあげていた人たちは押しつぶされて隅に行ってしまいました。

 

エジプト・カイロのタハリール広場で、ムバラク大統領の退陣を求めて気勢を上げる市民たち=2011年2月

そこに、ISが台頭しました。イスラム主義を生み出して広めたエジプトでも、イスラムを掲げた運動が結局ISを産んでしまったということに対しては相当衝撃が大きかったと思う。ムスリム同胞団だってISのように、そのうち国民の生活を規制するようになるんじゃないかと怖がる人はかなりいて、ムスリム同胞団が国家権力を握るということに強い抵抗感を持つ人が多かった。だから、強い軍人をトップに頂いて押さえつけておかなければならないという考え方を、積極的ではないけれど、消極的に多くの人が受け入れたのです。

カイロのタハリール広場で、「ムバラク政権打倒」の気勢を上げる市民たち=2011年2月、越田省吾撮影

 宗派や部族にしがみつく「まだら状の秩序」

今の中東の状況を表すとすると、「まだら状の秩序」としかいいようがないです。人々が国家単位ではまとまれず、宗派や部族や血縁、あるいはイスラム法の秩序を目指す者など、それぞれのよりどころにしがみついて政治的に結集しています。

そのため、例えばイラクやレバノンではスンニ派の人たちがチェックポイントを通るたびに、「銃を構えているのはシーア派の人たちなんじゃないか」とかドキドキしなければいけません。逆にスンニ派が多い地域ではシーア派の人が同様に不安になる。でも自分の宗派の人がまとまっているところにいる限りは、安心できる。まだら状に秩序の担い手が複数いて、その間を横断するのがとても難しい世界になっています。

インタビューに答える池内恵氏

正統性を主張するキャンペーン合戦が起きている

こうした複雑な秩序の中で、中東では国家を持っている勢力も持っていない勢力も、メディアを駆使し、どう自分たちの正統性を表現するかでしのぎを削っています。正統性を一方的に主張し、相手の考えを批判し、敵と味方がどういう理屈で分かれるかを表現するのです。ここで立ち戻るべきは、40年前のイラン革命です。サウジは近年、「イラン革命や過激派によるメッカ占拠事件があった1979年を起点に、われわれはやむを得ず宗教的に厳格・強硬な政策を打ち出さなくてはいけなくなった」と言うようになりました。

 

ヨルダンの国王アブドラは、シーア派の台頭を「シーア派の弧」と表現しました。その言葉にサウジアラビアや米ワシントンは飛びついたのです。サウジは米国の有力なメディアを使って、「時代は宗派対立。相手側の中枢はイランで、シーア派をまとめて『弧』をつくっている。イランによるシーア派の弧の拡大を抑制するのが対中東政策の重要な部分」という国際世論を醸成させようとキャンペーンを張っています。

 

テヘランの革命記念日会場で、トランプ米大統領の人形を燃やす参加者ら=2017年、神田大介撮影

ここで認識が一致し、国際世論への影響力が大きいイスラエルと蜜月の関係になって、パレスチナ問題などこれまで掲げてきた正統性の根拠をないがしろにするようになりました。しかし「イラン脅威論」をかき立て、「弧」があるから、それに対抗してサウジを中心にスンニ派の国がまとまらないといけないと主張することで、結果的に「弧」がいっそう現実化するというジレンマがあります。

 

イラン側は以前からスローガンとして米国やイスラエルへの「抵抗」を標榜して正統性の根拠とし、レバノンのシーア派勢力やシリアのアサド政権などへの影響力を強めてきましたが、サウジは、正統性を奪われまいと「異端のシーア派」などといった宗教・宗派紛争に持ち込みがちになる。「イランの方がうまくやっているから、イランを同盟国にしてしまおうか」という国が出てこないように、あまり根拠のない主張をすることも含めて、あらゆる手を尽くすのです。

 

インタビューに答える池内恵氏

サウジからすれば、米国のオバマ前大統領はイランに歩み寄ってサウジを見捨てようとしました。トランプ大統領にもそうさせないためには、トランプ一家と側近を抱き込んで、イスラエルと手を組んででも、相手側がいかに悪いかを言い続けないといけません。そうした宣伝戦にのめり込んでいるサウジは、自らのイエメン内戦介入の泥沼化や、派手に宣伝したサウジアラムコの上場を棚上げにしたことなどで、かえってイランやカタールなど相手側の宣伝に根拠を与え、接近しかけていたイスラエルからも距離を置かれ、「正統性」をめぐる中東の戦いで不利になっているようにも見えます。中東情勢を理解するには、そうした舌戦を「宣伝戦」だと認識して、一歩引いて見る必要があります。

いけうち・さとし 1973年生まれ。東京大学イスラム学科卒、同大大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員などをへて東大先端科学技術研究センター准教授。【中東大混迷を解く】(新潮選書)の「サイクス=ピコ協定 百年の呪縛」に続くシリーズ第2弾として5月に「シーア派とスンニ派」を出版。

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