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礼賛でも全否定でもなく 進化する遺伝子技術にどう向き合うか

World Now 更新日: 公開日:
DNAを取り扱うためのピペット=ニューヨーク、宋光祐撮影

■インターネットよりも速い進化

 最先端の設備が並ぶ大学の研究室で、あるいは自宅のガレージで、何度も耳にしたのは「革命的」「加速度的な」という感嘆の言葉だった。遺伝子という命の設計図の読み解きと、その設計図を書き換える編集手法と。二つの技術がつむぐ進化は、インターネットがもたらしたデジタル革命同様、技術が社会の在り方を変える可能性をもっている。
 異なっているのは、技術進歩のスピードと、その範囲の広がりだ。インターネットはその普及まで30年近いゆとりがあった。一方、ゲノム編集と遺伝子解析の二つの技術は、10年足らずの間に当事者たちも驚くスピードで進化している。そして、その技術は、生命にかかわるほぼすべての分野に応用できる。
 とくに遺伝子ドライブの技術は、それぞれの種そのものを消滅させてしまう可能性をもっている。ゲノム編集技術を受精卵に用いれば、改変した遺伝子が将来の世代に引き継がれていく。それは私たちの生きる時代だけの短期的な視点を超えた問題になる。
 現状の技術はどこまで進んでいるのか。なにを基準に、どんなルールを考えていくべきか。そして、もし、悪意が働いたり、偶発的な事態が起きたときはどうなるか。その備えはあるのか。様々な分野の関係者が集まり、議論する時期がきているのは間違いない。

■まず、めざす社会の姿を考える

 ボストンで開かれたクリスパー関連の会議はこうした視点を念頭に、医療、食品、環境など、ゲノム編集が関連する主要分野の多彩な関係者が一堂に集い、その可能性とリスクについて、自由に意見を戦わす仕組みになっていた。
 ゲノム編集した農作物をめぐる議論では、GMO(遺伝子組み換え作物)への消費者の不信感は、情報共有や議論が一部の関係者の間にとどまっていた閉鎖性が背景にあるとされ、より開かれた議論の必要性を指摘した。
 遺伝子ドライブ技術のセッションでは、クリスパー技術をつかった遺伝子ドライブの可能性を最初に指摘したケビン・エスベルトが参加し、社会の自覚や倫理観の不在が最大のリスクだとの持論を展開した。
 日本でも、すべてのステークホルダーを交えた議論の場が欠かせなくなっている。ただし、それは、技術の危うさだけを強調するためではない。
 生まれる前の子どもの遺伝子を書き換えるデザイナーベビーやクローン人間を生み出しはしないか。確かに、遺伝子を扱う技術には、人間の領分を超え、命そのものを操る居心地の悪さがつきまとう。しかし、この技術をもちいれば、これまであきらめざるを得なかった命を救うことも、人々を苦しめてきた感染症を根絶することも可能になる。
 問われるのは、先端技術の礼賛でも全否定でもない。自分たちはどういう社会を目指すのか。そのビジョンが共有できれば、技術の向かう先はおのずと定まってくるだろう。だが、議論を急がなければならない。加速する技術にコントロールが及ばなくなる前に。