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アフリカで考えた子どものいじめ自殺

アフリカ研究者 白戸圭一 16

ルワンダの子どもたち

アフリカの暮らしに学ぶ


 私事で恐縮だが、4月から大学の教壇に立つことになった。学部の学生と修士課程の大学院生を対象に、いくつかの講義を受け持つ。担当科目の一つに「アフリカ研究」という講義がある。アフリカに関わることであれば、どのような内容でも話すことが可能であり、講義の内容は当然ながら私に任されている。


 社会科学的な見地からアフリカをテーマに講義する場合、奴隷貿易や植民地支配の過去を踏まえた近現代史や、飢餓や貧困といった低開発の問題、さらには独立後の国家建設を巡る混乱や武力紛争、著しい人権侵害の歴史(例えばアパルトヘイト)などの話をすることが一般的である。1980年代末から90年代初頭に学生・院生としてアフリカを学んだ私自身も、おおむねそうした話を聞かされてきた。


 だが、こうした視座からアフリカにアプローチする方法には弱点があると、常々感じている。奴隷貿易や植民地支配の歴史は避けて通れない重要なテーマだが、そこではアフリカの人々は「被害者」として語られるのが普通である。飢餓や貧困の話では、アフリカの人々は「救済の対象」や「援助の受け取り手」として認識される。独立後の国家建設を巡る混乱や武力紛争の話では、アフリカの人々は「不幸な境遇にある人々」と見なされがちである。

 アフリカの悲しい過去や解決すべき今日の諸課題について学ぶことは重要だ。しかし、そうしたアプローチの仕方だけでは、戦後70年にわたって世界最高水準の平和と繁栄を享受してきた日本人にとって、アフリカは暗黙の裡に「援助」や「啓蒙」や「救済」の対象と化し、日本よりも遅れた「格下」の存在になってしまいがちである。


 われわれ日本人が、逆にアフリカの人々の暮らしから学ぶことがあってもよいのではないだろうか。あるとすれば、それは何だろうか。


(次ページへ続く)

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